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6.政略結婚だけれど
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そのまましばし静けさが訪れたが、おもむろにオルフェウスが口を開いた。
「俺はアルファで、ハルはオメガだろう?」
「はい。そうです」
「俺の父上とフラデリック公爵が約束を交わしたことは知っているよな?」
「はい。存じております。お互いの子どもを結婚させる、という約束のことですよね?」
この約束はいわゆる政略結婚だ。家同士のつながりを強固にして生き残るための、大切な生存戦略だ。
「ハルは、そういうものは嫌ではないのか?」
オルフェウスに問われてハルは考えを巡らせる。でもやっぱり答えは変わらない。
「私は家族が大好きです。オメガは発情期って言われるヒートも起こすから嫌われることも多いのに、父上も、兄弟もオメガの私を気遣って、みんな優しくしてくれます」
本当に優しい家族に恵まれたと思う。ハルがオメガと判明してから、ハルが相談しやすいようにオメガの使用人を雇ってくれたし、初めてのヒートのときも気味悪がることもなく、みんなで配慮してくれた。
「いつも家族に恩を返したいと思っています。でも、私にできることなんてなにもなくて……」
本当に何をやってもダメなのだ。学校の成績は悪い、魔法も使えない、剣技も下手。それでも家族は誰もハルを責めたりしない。だからこそ、いつも申し訳なさを感じている。
「でも、唯一、私が家族の役に立てることがあって。それが父上たちの約束を果たすことです。そうすれば家族を守れます。こんな私でも家族の役に立てるから……」
王太子妃になれるのは兄弟で唯一オメガのハルだけだ。政略結婚をしっかり果たすのが、ハルの役割だとずっと思っていた。
「そうか。俺もそうだし、ハルも覚悟はしていたんだろうけど……」
オルフェウスもハルと同じだ。ゼインより数分早くこの世に生まれたときから、ハルと結婚することが決められていた。それをずっと考えながら十三歳まで生きてきたのだろう。
「俺、ずっとハルに聞きたいことがあって」
「なんでしょうか?」
「今だけ、今だけでいいから正直に答えてほしい」
「はい……」
ハルはうなずく。
また、少しの間があった。
「ハルは、好きな人はいないのか……?」
ハルがハッとして隣にいるオルフェウスを見ると、ふたり目が合った。
婚約を目前にして、オルフェウスもハルと同じことを考えていたようだ。
相手の本心が気になる。
もし、この婚約を相手が嫌だと思っていたら、と不安が募っていたのだ。
オルフェウスの気持ちが痛いほどわかる。
たとえ人に決められた結婚だったとしても、相手に想われていないなんて嫌だ。
微塵も愛情をくれなかったら、別の人ばかりを見て自分は見向きもされなかったら。愛されてもいないのに世継ぎを作るためだけに、義務で抱かれるなんてことになったら。
そんな結婚生活をずっと続けるなんて耐えられそうにない。
「……好きな人はいません」
ハルはオルフェウスの目を見つめて言った。
ハルは十五歳で、まだ恋愛云々がよくわからない。もともと自分の結婚に自由がないことはわかっていたし、いまだに誰とも恋愛らしきものをしたことがない。
「そうか。いないのか……」
オルフェウスは穏やかな様子だった。好きな人はいないと知って安心したのかもしれない。
「ではこのまま婚約の話が進んでも構わないのだな?」
「はい、構いません。私はこの身をオルフェウスさまに捧げます」
それが両家のためだ。そして結婚するなら、オルフェウスだけをまっすぐに愛したい。家のため、夫のために尽くしたい。
「そうか。ありがとう、話してくれて。ハルの気持ちがよくわかったよ」
オルフェウスがハルの方を向いたと思ったら、突然、ふわっと身体が包み込まれた。
オルフェウスに、抱きしめられたのだ。
突然のことでハルの頭は真っ白になった。
ハルだって兄弟や友人と喜びを分かち合うときなどに抱き合ったことはある。
でも、これはその類のものとは全然違う。
すごく心臓がうるさくなる。身体が触れ合うだけで、どうしてこんなにドキドキするのだろう。
ハルがオメガで、オルフェウスがアルファだからだろうか。それとも、オルフェウスに惹かれているからだろうか。
ハルは今日、オルフェウスに自分のことをどう思っているか確認してみようと思っていた。でも、この抱擁がオルフェウスからの答えのように感じた。
ハルを抱きしめているこの手は、とても優しい。
大切なものを壊さないように、強い想いを込めて抱きしめる、そんな感覚だ。オルフェウスから何かを言われたわけでもない。でも、この抱擁から強い愛情が伝わってくる。
オルフェウスに身を寄せると、ふわっと甘い花のようないい匂いがした。
それを感じただけで身も心も蕩けそうになる。こんな不思議な体験は初めてだった。もしかしたら、これがアルファのフェロモンかもしれない。
気持ちいい。フェロモンだけで相性が決まるなら、間違いなく完璧な相性だと思う。
ハルがうっとりしかけたところ、オルフェウスは急にハルから身体を離した。夢から覚めたみたいな感覚で、ハルは呆然とする。
「ハル。ここは寒いから、もう戻ろうか」
「あっ、はい……」
オルフェウスはハルを気遣ってくれているのだろうが、ハルとしては、あと少しオルフェウスと一緒にいたかった。
でも、そんなことは言い出せるわけもなく、ふたりで城へと戻る。
送らなくていいと言ったのに、オルフェウスはハルを最後の最後、客間の扉の前まで送ってくれた。そして別れ際、オルフェウスはハルに微笑みかけてきた。
「さよなら、ハル」
「あ……う、うん。さよなら……また明日」
オルフェウスはさっとマントを翻し、ハルの前からいなくなってしまった。
オルフェウスが去ったあとも、ハルの胸の高鳴りは収まらない。
今日のオルフェウスはいつもよりも大人びて見えた。今までずっと年下の子どもだと思っていたのに、ハルが初めてオルフェウスにときめいた瞬間だった。
「俺はアルファで、ハルはオメガだろう?」
「はい。そうです」
「俺の父上とフラデリック公爵が約束を交わしたことは知っているよな?」
「はい。存じております。お互いの子どもを結婚させる、という約束のことですよね?」
この約束はいわゆる政略結婚だ。家同士のつながりを強固にして生き残るための、大切な生存戦略だ。
「ハルは、そういうものは嫌ではないのか?」
オルフェウスに問われてハルは考えを巡らせる。でもやっぱり答えは変わらない。
「私は家族が大好きです。オメガは発情期って言われるヒートも起こすから嫌われることも多いのに、父上も、兄弟もオメガの私を気遣って、みんな優しくしてくれます」
本当に優しい家族に恵まれたと思う。ハルがオメガと判明してから、ハルが相談しやすいようにオメガの使用人を雇ってくれたし、初めてのヒートのときも気味悪がることもなく、みんなで配慮してくれた。
「いつも家族に恩を返したいと思っています。でも、私にできることなんてなにもなくて……」
本当に何をやってもダメなのだ。学校の成績は悪い、魔法も使えない、剣技も下手。それでも家族は誰もハルを責めたりしない。だからこそ、いつも申し訳なさを感じている。
「でも、唯一、私が家族の役に立てることがあって。それが父上たちの約束を果たすことです。そうすれば家族を守れます。こんな私でも家族の役に立てるから……」
王太子妃になれるのは兄弟で唯一オメガのハルだけだ。政略結婚をしっかり果たすのが、ハルの役割だとずっと思っていた。
「そうか。俺もそうだし、ハルも覚悟はしていたんだろうけど……」
オルフェウスもハルと同じだ。ゼインより数分早くこの世に生まれたときから、ハルと結婚することが決められていた。それをずっと考えながら十三歳まで生きてきたのだろう。
「俺、ずっとハルに聞きたいことがあって」
「なんでしょうか?」
「今だけ、今だけでいいから正直に答えてほしい」
「はい……」
ハルはうなずく。
また、少しの間があった。
「ハルは、好きな人はいないのか……?」
ハルがハッとして隣にいるオルフェウスを見ると、ふたり目が合った。
婚約を目前にして、オルフェウスもハルと同じことを考えていたようだ。
相手の本心が気になる。
もし、この婚約を相手が嫌だと思っていたら、と不安が募っていたのだ。
オルフェウスの気持ちが痛いほどわかる。
たとえ人に決められた結婚だったとしても、相手に想われていないなんて嫌だ。
微塵も愛情をくれなかったら、別の人ばかりを見て自分は見向きもされなかったら。愛されてもいないのに世継ぎを作るためだけに、義務で抱かれるなんてことになったら。
そんな結婚生活をずっと続けるなんて耐えられそうにない。
「……好きな人はいません」
ハルはオルフェウスの目を見つめて言った。
ハルは十五歳で、まだ恋愛云々がよくわからない。もともと自分の結婚に自由がないことはわかっていたし、いまだに誰とも恋愛らしきものをしたことがない。
「そうか。いないのか……」
オルフェウスは穏やかな様子だった。好きな人はいないと知って安心したのかもしれない。
「ではこのまま婚約の話が進んでも構わないのだな?」
「はい、構いません。私はこの身をオルフェウスさまに捧げます」
それが両家のためだ。そして結婚するなら、オルフェウスだけをまっすぐに愛したい。家のため、夫のために尽くしたい。
「そうか。ありがとう、話してくれて。ハルの気持ちがよくわかったよ」
オルフェウスがハルの方を向いたと思ったら、突然、ふわっと身体が包み込まれた。
オルフェウスに、抱きしめられたのだ。
突然のことでハルの頭は真っ白になった。
ハルだって兄弟や友人と喜びを分かち合うときなどに抱き合ったことはある。
でも、これはその類のものとは全然違う。
すごく心臓がうるさくなる。身体が触れ合うだけで、どうしてこんなにドキドキするのだろう。
ハルがオメガで、オルフェウスがアルファだからだろうか。それとも、オルフェウスに惹かれているからだろうか。
ハルは今日、オルフェウスに自分のことをどう思っているか確認してみようと思っていた。でも、この抱擁がオルフェウスからの答えのように感じた。
ハルを抱きしめているこの手は、とても優しい。
大切なものを壊さないように、強い想いを込めて抱きしめる、そんな感覚だ。オルフェウスから何かを言われたわけでもない。でも、この抱擁から強い愛情が伝わってくる。
オルフェウスに身を寄せると、ふわっと甘い花のようないい匂いがした。
それを感じただけで身も心も蕩けそうになる。こんな不思議な体験は初めてだった。もしかしたら、これがアルファのフェロモンかもしれない。
気持ちいい。フェロモンだけで相性が決まるなら、間違いなく完璧な相性だと思う。
ハルがうっとりしかけたところ、オルフェウスは急にハルから身体を離した。夢から覚めたみたいな感覚で、ハルは呆然とする。
「ハル。ここは寒いから、もう戻ろうか」
「あっ、はい……」
オルフェウスはハルを気遣ってくれているのだろうが、ハルとしては、あと少しオルフェウスと一緒にいたかった。
でも、そんなことは言い出せるわけもなく、ふたりで城へと戻る。
送らなくていいと言ったのに、オルフェウスはハルを最後の最後、客間の扉の前まで送ってくれた。そして別れ際、オルフェウスはハルに微笑みかけてきた。
「さよなら、ハル」
「あ……う、うん。さよなら……また明日」
オルフェウスはさっとマントを翻し、ハルの前からいなくなってしまった。
オルフェウスが去ったあとも、ハルの胸の高鳴りは収まらない。
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