婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖

文字の大きさ
8 / 41

8.気持ちがわからない

しおりを挟む
 やがて教会に着き、カーディンの従者が左右にひとりずつ付き、ゆっくりと重厚な扉を開く。
 見上げるほど天井の高い教会だ。大理石の太い円柱が立ち並び、上からは色とりどりのガラスでキラキラと輝いた光が差し込んでくる。中央にはロイヤルレッドと称される天鵞絨のカーペットがあり、入り口から祭壇までの道のりを結んでいる。総石造りの重厚な教会だった。
 真紅のカーペットの途中、黒髪の男が膝をつき祈りを捧げている。その男こそゼインだった。
 ゼインは婚礼のための華美な白服に、表地は輝く白に裏地が上品な紫色のローブを身につけている。ゼインは立ち上がり、おもむろに近づいてくる。

「父上、もう式の時間ですか?」

 ゼインが最初に視線を向けたのは、ハルではなくカーディンだった。

「あぁ。ゼインも心の準備をしておけ」
「はい。かしこまりました」

 ゼインは形式的にカーディンに返事をしただけで、すぐに踵を返し、立ち去ろうとする。

「ま、待ってっ!」

 思わず声をかけてしまった。
 だってハルは曲がりなりにも今日から王太子妃になる。それなのに、夫が目もくれないとはいかがなものか。

「何か用か? ハルヴァード」

 振り返ったゼインから向けられる冷たい視線。ゼインはいつのころからか、ハルのことを愛称で呼んでくれなくなった。
 厳しい視線だけで心が挫けそうになるが、ハルは負けない。

「ゼインさまは今日、ご自身が誰と結婚するのかご存知ないのですか?」
「は……?」
「この私です。ハルヴァード・フラデリック。このとおり婚礼着を着ています。この格好を見て、ひと言くらい声をかけていこうと思いませんでしたか?」

 ハルはゼインに迫る。ゼインのほうが頭ひとつ背が高いが、背の高さなんて関係ない。下からだってゼインを睨みつけてやる。

「くっ……」

 ゼインがハルを見て、口元を緩ませた。

「相変わらずだな、ハルヴァードは」
「どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。子どものころから何ひとつ変わっていない」
「は、はぁっ?」

 ハルのほうがふたつも年上だ。それを未だに子どもみたいだとからかうなんて!

「覚えている。俺はそこまでバカじゃない。自分の婚約者か誰かくらい把握しているよ」
「だったら、ひと言くらい……!」

 ハルが食ってかかろうとすると、反対にゼインのほうから迫ってきた。
 まさか近づかれると思っていなかったハルは勢いを失い、半歩後ずさった。

「金色の冠も、婚礼着も、とてもよく似合ってる。可愛いよ」

 ゼインが信じられないような言葉をハルの耳元で囁いた。
 ゼインの透き通るような声。ほのかに感じた吐息。そして優しい、愛の言葉。
 ハルは急に顔が熱くなるのを感じた。

「……そう言ってほしかったんだろ?」
「なっ……!」

 ゼインのことが許せなくてハルが腕を掴んでやろうとしたのに、ゼインに難なくかわされてしまった。

「そうじゃないっ! ……挨拶くらいしてほしいってこと!」

 ハルが言い返してやったのに、ゼインは余裕の表情だ。その顔がまた憎らしい。

「挨拶……? なんだ。てっきり見た目を褒めてほしいのかと思ったぞ」
「……違います」

 ゼインは失礼すぎる。人をおちょくって何が楽しいのだろう。
 悔しい。さっきゼインに一瞬でもときめいた事実を消し去りたいくらいだ。
 ゼインと言い合いしていたとき、教会に続々と人が集まってきて、ハルはさすがに口をつぐんだ。ゼインは相変わらず涼しい顔をしている。

「あ……」

 教会に来た人たちの中に、オルフェウスの姿もあった。
 ハルは思わず目で追ってしまう。オルフェウスは五年間ずっと、もっと言うならつい一ヶ月前まで婚約者だった。
 オルフェウスは若草色のローブを身にまとっている。正装だが、それは参列者の服装だ。ハルが結婚するのはオルフェウスではなくゼインだ。

「ハルヴァード、よそ見をするな。式の準備をしろ」

 ゼインに事実を突きつけられ、ハルはゼインに従って決められた場所へと向かう。
 覚悟を決めなければ。
 オルフェウスのことは綺麗さっぱり忘れる。これからは隣にいるゼインを愛することにする。
 ゼインはたったひとりのハルの夫だ。ずっと寄り添って、助け合って生きていく大切なパートナーだ。
 ハルはそっとゼインの横顔を覗き見る。
 髪はオルフェウスよりも少し短い。この日のために切り揃えてきたのかもしれない。
 端正な顔つきは、双子だからオルフェウスと造りは同じ。決定的に違うのは、オルフェウスはいつも笑顔で、ゼインは無表情だということだ。

「ハルヴァード、ヴェールを被れ。もうすぐ始まるぞ」

 ハルの視線に気がついたゼインは、早くしろと言わんばかりに冷たく言い放つ。

「は、はいっ」

 ハルは従者からヴェールを受け取り、冠を外してヴェールを頭から被る。その上から再び冠を載せてヴェールを押さえる。

「お前はひどいな」
「えっ?」
「それじゃ格好が悪いだろう? やり直しだ。じっとしてろ」

 ゼインはハルの冠とヴェールを持ち上げ、丁寧にやり直してくれる。
 ヴェール越しの視界の向こう側にゼインが見える。これはゼインの優しさなのだろうか。それともハルがみっともない格好をしていては、隣にいる自分も不快だからだろうか。

「これでいい」

 最後にヴェールを整えていたゼインの手が、ハルの金髪に触れた。その手は妙に優しかった。

「ありがとうございます」

 ハルが礼を言ったのに、ゼインからの反応はなにもない。ゼインはサッと前を向いてしまい、無表情のまま式の始まりを待っている。
 今、ゼインは何を考えているのだろう。
 昔からゼインの心の中はわからない。感情が表に出なさ過ぎる上に、口数が少ないのだ。
 やがて式は厳かに始まった。
 先祖にご挨拶をして、皆の前で結婚することを誓い、互いに結婚の誓約書にサインをする。これで終わりだ。この国の結婚の儀式は他国と比べると至極簡単なものらしい。

「これよりハルヴァード・フラデリックはゼイン王太子の正式な伴侶となり、我がアレドナール一族の一員となる!」

 祭司の役割を担っているアレドナール血筋の年長者が、高らかに宣言した。それと同時に、結婚を承認するような盛大な拍手がふたりに贈られた。
 これでハルは正式な王太子妃となった。ハルは拍手に応えて軽く微笑んでみせるが、隣にいる夫のゼインは相変わらず無表情のままだった。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

幼馴染を溺愛する旦那様の前からは、もう消えてあげることにします

睡蓮
恋愛
「旦那様、もう幼馴染だけを愛されればいいじゃありませんか。私はいらない存在らしいので、静かにいなくなってあげます」

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

そんなに妹が好きなら死んであげます。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』 フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。 それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。 そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。 イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。 異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。 何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……

処理中です...