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9.気難しい旦那さま
婚礼の儀式とパーティーを終えたあと、ハルは従者に王太子夫婦専用の部屋へと案内された。今は夕刻、窓の外には燈色に燃える空が見える。
ここには大きな部屋が三つある。一つは応接室、その隣にプライベートな居住のための居間、一番奥が寝室だ。どの部屋も輝くような調度品がセンスよく並んでいる。
今日からずっとゼインとふたり、ここで生活することになるのだ。
「素敵な壺だね」
ハルは居間の棚の上に置いてある壺に手を触れる。銀色と青色の色彩が美しく混ざり合い共存している見事な壺だった。
「それは国一番の職人が先代の王の戴冠式の際に贈った世界にひとつだけの品です」
「へっ?」
従者にさらっと恐ろしいことを説明され、ハルは二度と壺に触れるのはやめようと誓った。
まさかこの部屋には価値のあるものしか置いていないのだろうか。王太子の部屋にまで貴重なものが溢れているとは、王家と貴族のあいだにはどうやっても敵わない、大きな隔たりがあるようだ。
「妃殿下のお持ちになった服はすべてこちらにしまってあります。それと妃殿下がお使いになられるのではと思ったものはこちらに並べています。その他ご入用のものがあれば、なんなりとおっしゃってください」
「ありがとう。十分だよ」
ハルの持ってきた物も綺麗にワードローブと引き出しに収納されているし、その他、新品の生活用品の数々が並んでいる。
従者はとても気が利く性格のようだ。聞けばずっと殿下つきの従者だったと言う。あのゼインの下で働けるとはとても優秀な従者なのだろう。
「妃殿下、私のことを覚えていらっしゃいますか?」
「えっ?」
「いつか、私がオルフェウス殿下からの手紙をお渡ししたときに、妃殿下は私に大変優しく接してくださいました」
「ああ!」
そこまで言われてやっと思い出した。手荒れのひどかった従者だ。
「ロランと申します。本日より妃殿下付きとなりました。妃殿下のもとで働かせていただけること、大変嬉しく思っておりますっ」
ロランは嬉々として挨拶をしてくれた。ハルもあのときの従者と知ってなんだか深い縁を感じた。
「こちらこそよろしく。この城のことは何もわからないし、いろいろ助けてくれると助かる」
「はい、なんでも申しつけください!」
ロランは元気よく返事をくれた。ロランと少し会話をしたら、ロランはハルと同い年の二十歳、侯爵家の五男でバース性はベータだと話してくれた。
よかった。この城には馴染みの者はごく少数しかいない。そばに力になってくれる人がいるのは、とても心強い。
「これは……」
ハルの物が置いてある場所の隣にはゼインの私物が置いてある。その中に、銀色の鞘に入った長剣を見つけた。この長剣の柄の中央には水色のアクアマリンが輝いている。
「綺麗だな」
ハルは長剣を手に取り、太陽の光を求めて窓際に行き、それを眺めてみる。角度を変えて宝石の輝きを見るとわかる。これはかなり良質なアクアマリンだ。
まさかという考えがハルの頭の中をよぎる。
いつかハルはゼインにアクアマリンを贈ったことがある。そのときの石かなと思ったが、アクアマリンは世の中にいくつもあるし、嫌いな人からもらったものをわざわざ剣の装飾に使うわけがないだろう。
「ハルヴァードさまっ! その剣に触れてはなりませんっ!」
慌てた様子でロランが止めに入る。
「それはゼインさまがもっとも大切にされている剣で、誰も触れるなときつく注意を受けているのですっ!」
「そうなのっ?」
そんなこととは知らなかった。ゼインはこだわりが強そうな性格に見える。触ったことがバレたら怖い顔で睨まれるに決まっている。
ハルが急いで元の位置に長剣を戻そうとしたときだった。
「で、殿下……! お帰りなさいませっ!」
ロランの声で振り向くと、そこにゼインが立っていた。部屋に入ってくるなら少しくらい声をかけてよと思ったが、そういえば、ここはゼインの部屋だった。
無表情なゼインの視線は、ハルの手にしている長剣に向けられている。
「殿下、これは私のミスですっ! 私が妃殿下に注意事項をお伝えするのを忘れてしまったのです。だから、どうか私を責めてくださいっ!」
ロランはハルを庇うようにして前に立ち、ゼインに必死に許しを乞う。
「違うよ、ロランが悪いんじゃないっ、勝手に人の物を触った私のせいですっ!」
ハルも慌ててロランを庇う。ハルの身代わりになんてさせられないし、させたくない。
「お前なら、触ってもいい」
ゼインの言葉に一瞬耳を疑った。
ハルだけじゃない。ゼインの後ろに控えていた従者たちも、ロランもゼインを見て目を丸くしている。
「ロラン。他の奴には一切触らせるな。ただしハルヴァードは例外とする。いいな?」
「は、はい、かしこまりましたっ!」
ロランは姿勢を正してゼインに頭を下げる。
ハルにはなぜ自分だけが許されたのかがわからない。でもそのおかげでゼインに怒られずに済んでしまった。
「今日は疲れた。湯を浴びてくる」
「はいっ! お供いたします!」
ロランが申し出たのに、ゼインは「お前はハルヴァードについていろ。他の者を連れていく」と断り、他の従者に支度をさせ、すぐに部屋を出て行った。
「な、なんで私だけ許されたんだろう……」
「わかりません……」
ゼインが出て行ったあと、ロランとふたり呆然とする。
「妃殿下は、今後、同じ部屋で暮らすことになるからでしょうか……」
「うーん……」
その理由は少し弱いように感じる。他人に触れられて困る物なら、ひと言ハルに「触るな」と言うだけで済むことだ。
「わけがわかりませんが、よかったですね。怒られないで済んじゃいました」
ロランは人懐っこい笑顔を向けてくる。
「そうだね。ありがとう、ロラン、さっき庇ってくれて」
「とんでもございませんっ、あれは本当に私の説明不足でしたから。こちらこそ、ありがとうございました。思っていたとおり妃殿下はお優しいかたです。お仕えできて本当に幸せです」
そう言ってくれるロランならば、安心して世話を任せられる。こんなにいい従者を遣わせてくれた人に感謝をしなければ、とハルは思った。
ここには大きな部屋が三つある。一つは応接室、その隣にプライベートな居住のための居間、一番奥が寝室だ。どの部屋も輝くような調度品がセンスよく並んでいる。
今日からずっとゼインとふたり、ここで生活することになるのだ。
「素敵な壺だね」
ハルは居間の棚の上に置いてある壺に手を触れる。銀色と青色の色彩が美しく混ざり合い共存している見事な壺だった。
「それは国一番の職人が先代の王の戴冠式の際に贈った世界にひとつだけの品です」
「へっ?」
従者にさらっと恐ろしいことを説明され、ハルは二度と壺に触れるのはやめようと誓った。
まさかこの部屋には価値のあるものしか置いていないのだろうか。王太子の部屋にまで貴重なものが溢れているとは、王家と貴族のあいだにはどうやっても敵わない、大きな隔たりがあるようだ。
「妃殿下のお持ちになった服はすべてこちらにしまってあります。それと妃殿下がお使いになられるのではと思ったものはこちらに並べています。その他ご入用のものがあれば、なんなりとおっしゃってください」
「ありがとう。十分だよ」
ハルの持ってきた物も綺麗にワードローブと引き出しに収納されているし、その他、新品の生活用品の数々が並んでいる。
従者はとても気が利く性格のようだ。聞けばずっと殿下つきの従者だったと言う。あのゼインの下で働けるとはとても優秀な従者なのだろう。
「妃殿下、私のことを覚えていらっしゃいますか?」
「えっ?」
「いつか、私がオルフェウス殿下からの手紙をお渡ししたときに、妃殿下は私に大変優しく接してくださいました」
「ああ!」
そこまで言われてやっと思い出した。手荒れのひどかった従者だ。
「ロランと申します。本日より妃殿下付きとなりました。妃殿下のもとで働かせていただけること、大変嬉しく思っておりますっ」
ロランは嬉々として挨拶をしてくれた。ハルもあのときの従者と知ってなんだか深い縁を感じた。
「こちらこそよろしく。この城のことは何もわからないし、いろいろ助けてくれると助かる」
「はい、なんでも申しつけください!」
ロランは元気よく返事をくれた。ロランと少し会話をしたら、ロランはハルと同い年の二十歳、侯爵家の五男でバース性はベータだと話してくれた。
よかった。この城には馴染みの者はごく少数しかいない。そばに力になってくれる人がいるのは、とても心強い。
「これは……」
ハルの物が置いてある場所の隣にはゼインの私物が置いてある。その中に、銀色の鞘に入った長剣を見つけた。この長剣の柄の中央には水色のアクアマリンが輝いている。
「綺麗だな」
ハルは長剣を手に取り、太陽の光を求めて窓際に行き、それを眺めてみる。角度を変えて宝石の輝きを見るとわかる。これはかなり良質なアクアマリンだ。
まさかという考えがハルの頭の中をよぎる。
いつかハルはゼインにアクアマリンを贈ったことがある。そのときの石かなと思ったが、アクアマリンは世の中にいくつもあるし、嫌いな人からもらったものをわざわざ剣の装飾に使うわけがないだろう。
「ハルヴァードさまっ! その剣に触れてはなりませんっ!」
慌てた様子でロランが止めに入る。
「それはゼインさまがもっとも大切にされている剣で、誰も触れるなときつく注意を受けているのですっ!」
「そうなのっ?」
そんなこととは知らなかった。ゼインはこだわりが強そうな性格に見える。触ったことがバレたら怖い顔で睨まれるに決まっている。
ハルが急いで元の位置に長剣を戻そうとしたときだった。
「で、殿下……! お帰りなさいませっ!」
ロランの声で振り向くと、そこにゼインが立っていた。部屋に入ってくるなら少しくらい声をかけてよと思ったが、そういえば、ここはゼインの部屋だった。
無表情なゼインの視線は、ハルの手にしている長剣に向けられている。
「殿下、これは私のミスですっ! 私が妃殿下に注意事項をお伝えするのを忘れてしまったのです。だから、どうか私を責めてくださいっ!」
ロランはハルを庇うようにして前に立ち、ゼインに必死に許しを乞う。
「違うよ、ロランが悪いんじゃないっ、勝手に人の物を触った私のせいですっ!」
ハルも慌ててロランを庇う。ハルの身代わりになんてさせられないし、させたくない。
「お前なら、触ってもいい」
ゼインの言葉に一瞬耳を疑った。
ハルだけじゃない。ゼインの後ろに控えていた従者たちも、ロランもゼインを見て目を丸くしている。
「ロラン。他の奴には一切触らせるな。ただしハルヴァードは例外とする。いいな?」
「は、はい、かしこまりましたっ!」
ロランは姿勢を正してゼインに頭を下げる。
ハルにはなぜ自分だけが許されたのかがわからない。でもそのおかげでゼインに怒られずに済んでしまった。
「今日は疲れた。湯を浴びてくる」
「はいっ! お供いたします!」
ロランが申し出たのに、ゼインは「お前はハルヴァードについていろ。他の者を連れていく」と断り、他の従者に支度をさせ、すぐに部屋を出て行った。
「な、なんで私だけ許されたんだろう……」
「わかりません……」
ゼインが出て行ったあと、ロランとふたり呆然とする。
「妃殿下は、今後、同じ部屋で暮らすことになるからでしょうか……」
「うーん……」
その理由は少し弱いように感じる。他人に触れられて困る物なら、ひと言ハルに「触るな」と言うだけで済むことだ。
「わけがわかりませんが、よかったですね。怒られないで済んじゃいました」
ロランは人懐っこい笑顔を向けてくる。
「そうだね。ありがとう、ロラン、さっき庇ってくれて」
「とんでもございませんっ、あれは本当に私の説明不足でしたから。こちらこそ、ありがとうございました。思っていたとおり妃殿下はお優しいかたです。お仕えできて本当に幸せです」
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