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11.礼儀ってものがなってない
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――ハル。俺がお前を幸せにしてやる。
意識がウトウトとする中、ハルはゼインの微かな声を聞いた。でも朝の日の光を浴びて目覚めたときには、ベッドにはハルひとりしかいなかった。
あの声は、なんだったんだろう。
もしかしたら都合のいい夢かもしれない。
ゼインがそんなことを言うわけがないし、もし本物だったとしたら、今ごろゼインはハルのことを初夜で抱いてくれていたはずだ。
あれから夜にゼインがこの寝室に戻ってきたかどうかもわからない。ゼインが戻るより前に、ハルが眠ってしまったからだ。
ハルはゆっくりと起き上がり、普段着に着替えてから寝室を出る。
「妃殿下、おはようございますっ」
居間にはロランがいて部屋の清掃を行っていた。ロランは布巾を置き、律儀に頭を下げてハルに挨拶をする。ハルも「おはよう」と笑顔を返す。
「妃殿下、朝食は食堂にご用意しております。そちらまでご案内いたします」
「う、うん。ありがとう……」
頷くものの、ハルの目の前を朝食らしきものを載せたワゴンが通る。これはいったい誰の食事だろう。
「ああ、これはゼイン殿下の朝食です。殿下はご家族とは一緒に召し上がりません。食事は基本的におひとりです。貴族の方々との会食ですら避けていらっしゃるようですから」
「へぇ……ひとりなんだ……」
食事を運んできた給仕係は、慣れた手つきで居間のテーブルの上にひとりぶんの朝食を並べていく。
ハルの主観だが、ゼインの家族、国王のカーディンと王妃、兄のオルフェウスはとてもいい人たちだ。食事くらい家族と一緒に食べればいいのに、ゼインはそんなに孤独が好きなのだろうか。
「オルフェウス殿下はあんなに穏やかな御方なのに、弟のゼイン殿下はなんであんなに怖いんでしょうね」
ロランのあまりにはっきりとした物言いに、ハルは思わず笑ってしまった。
ハルだけじゃない。みんなゼインに恐れを抱いているようだ。いくら能力が高くても、あんなに無愛想では人との会話がまともに成立しない。将来、一国の王がゼインに務まるのだろうか。
「まぁ、殿下はひとりでなんでも完璧にこなされる御方ですから。誰の手伝いも必要ないのでしょうね。殿下が失敗したところなんて見たことありません」
「そうだね……」
ロランの言うとおり、ゼインは何をやらせても常に一番だ。ゼインを助けることなど何もないのだろう。
でも、それをゼイン本人はどう感じているのだろう。
ロランと話をしていると、部屋にゼインが戻ってきた。それに気がついてロランは口をつぐむ。
「ハルヴァード、ロラン、邪魔だ。この部屋から出て行け」
ゼインはろくに目も合わせずに、左手で追い払う仕草をする。
「申し訳ございませんっ、すぐに失礼いたします!」
ロランはゼインに深々と頭を下げて急いで部屋からいなくなったが、ハルは動かない。そんなハルの態度に、ゼインが振り返り、不遜な顔をしてハルのほうに近づいてきた。それでもハルは視線をそらさない。
「ゼインさま。人に向かっていきなり邪魔だなんて、いったいなんですかっ?」
「は……?」
ゼインがぴくりと眉を動かした。
「身分は関係ありません。誰に対しても礼節をもって接するべきです。ゼインさまの態度は最悪ですよ」
黙っていられなかった。これでもハルのほうが二歳年上だ。ゼインにしっかりと礼儀のなんたるかを教えてやらなければ。
「最悪? 俺が……?」
「はい。朝、その日最初に人に会ったら何と言うべきかご存じですか?」
「なんだよ」
「おはようございます、ゼインさま」
ハルはゼインにずいと顔を近づける。
「挨拶です。それも、できるだけにこやかにお願いいたします」
ハルが挑戦的な笑みでゼインを見上げると、ゼインはなぜか「くっくっ……」と口元を手で覆って笑い出した。
「なんなんですか、笑うなんて失礼ですよ。こちらは教育的指導をしているんですが」
ハルは半分怒っているのにゼインは終始楽しそうだ。
「お前といると本当に飽きないな」
「はぁっ?」
「昨日の夜といい、今朝といい、本当に面白い」
「あ……っ」
昨晩のことを言われた途端に恥ずかしくなってきた。あれはハルなりの決死のお色気作戦だったのに見事に玉砕し、早くもハルの黒歴史と化している。
「おはよう、ハルヴァード。初めてのベッドでも昨日は眠れたようだな」
ゼインは笑顔だった。
さっきまで笑っていたせいかもしれないが、ゼインがハルに笑顔を向けてくれたのは初めてのことだ。
なんだろう。妙に胸がドキドキする。
ゼインの笑顔のあまりの眩しさに、ハルは呼吸を忘れた。
「どうした? 挨拶をしろと言ったのはハルヴァードのほうだろう?」
「えっ? あっ、おはようございます……」
ハルは我に返り、急いで返事をする。
「ハルヴァードの言うとおりにする。人には礼節をもって接し、ハルヴァードにその日初めて会ったら『おはよう』と言う。それでいいのだな?」
「あれ……? よろしいのですか?」
ハルは拍子抜けだ。注意したのはハル自身だが、こんなにあっさりと受け入れてくれるとは思っていなかった。
「いいよ」
ゼインはハルの髪を撫でる。
ごく自然な動きだった。ふわっと触れた一瞬のその手が、普段のゼインからは考えられないほど優しかった。
ゼインはそれきりハルとの会話をやめ、用意された朝食のティーポットを手に取り、丁寧な所作でカップにお茶を注いでいる。
周りにはハル以外に誰もいない。ゼインは食事のときに、ひとりの従者もそばに置かないようだ。
「妃殿下、そろそろまいりましょう」
ハルがなかなか来なかったからか、ロランがハルを呼びに来た。ハルはゼインが気になって後ろ髪を引かれる思いだったが、ロランについていった。
意識がウトウトとする中、ハルはゼインの微かな声を聞いた。でも朝の日の光を浴びて目覚めたときには、ベッドにはハルひとりしかいなかった。
あの声は、なんだったんだろう。
もしかしたら都合のいい夢かもしれない。
ゼインがそんなことを言うわけがないし、もし本物だったとしたら、今ごろゼインはハルのことを初夜で抱いてくれていたはずだ。
あれから夜にゼインがこの寝室に戻ってきたかどうかもわからない。ゼインが戻るより前に、ハルが眠ってしまったからだ。
ハルはゆっくりと起き上がり、普段着に着替えてから寝室を出る。
「妃殿下、おはようございますっ」
居間にはロランがいて部屋の清掃を行っていた。ロランは布巾を置き、律儀に頭を下げてハルに挨拶をする。ハルも「おはよう」と笑顔を返す。
「妃殿下、朝食は食堂にご用意しております。そちらまでご案内いたします」
「う、うん。ありがとう……」
頷くものの、ハルの目の前を朝食らしきものを載せたワゴンが通る。これはいったい誰の食事だろう。
「ああ、これはゼイン殿下の朝食です。殿下はご家族とは一緒に召し上がりません。食事は基本的におひとりです。貴族の方々との会食ですら避けていらっしゃるようですから」
「へぇ……ひとりなんだ……」
食事を運んできた給仕係は、慣れた手つきで居間のテーブルの上にひとりぶんの朝食を並べていく。
ハルの主観だが、ゼインの家族、国王のカーディンと王妃、兄のオルフェウスはとてもいい人たちだ。食事くらい家族と一緒に食べればいいのに、ゼインはそんなに孤独が好きなのだろうか。
「オルフェウス殿下はあんなに穏やかな御方なのに、弟のゼイン殿下はなんであんなに怖いんでしょうね」
ロランのあまりにはっきりとした物言いに、ハルは思わず笑ってしまった。
ハルだけじゃない。みんなゼインに恐れを抱いているようだ。いくら能力が高くても、あんなに無愛想では人との会話がまともに成立しない。将来、一国の王がゼインに務まるのだろうか。
「まぁ、殿下はひとりでなんでも完璧にこなされる御方ですから。誰の手伝いも必要ないのでしょうね。殿下が失敗したところなんて見たことありません」
「そうだね……」
ロランの言うとおり、ゼインは何をやらせても常に一番だ。ゼインを助けることなど何もないのだろう。
でも、それをゼイン本人はどう感じているのだろう。
ロランと話をしていると、部屋にゼインが戻ってきた。それに気がついてロランは口をつぐむ。
「ハルヴァード、ロラン、邪魔だ。この部屋から出て行け」
ゼインはろくに目も合わせずに、左手で追い払う仕草をする。
「申し訳ございませんっ、すぐに失礼いたします!」
ロランはゼインに深々と頭を下げて急いで部屋からいなくなったが、ハルは動かない。そんなハルの態度に、ゼインが振り返り、不遜な顔をしてハルのほうに近づいてきた。それでもハルは視線をそらさない。
「ゼインさま。人に向かっていきなり邪魔だなんて、いったいなんですかっ?」
「は……?」
ゼインがぴくりと眉を動かした。
「身分は関係ありません。誰に対しても礼節をもって接するべきです。ゼインさまの態度は最悪ですよ」
黙っていられなかった。これでもハルのほうが二歳年上だ。ゼインにしっかりと礼儀のなんたるかを教えてやらなければ。
「最悪? 俺が……?」
「はい。朝、その日最初に人に会ったら何と言うべきかご存じですか?」
「なんだよ」
「おはようございます、ゼインさま」
ハルはゼインにずいと顔を近づける。
「挨拶です。それも、できるだけにこやかにお願いいたします」
ハルが挑戦的な笑みでゼインを見上げると、ゼインはなぜか「くっくっ……」と口元を手で覆って笑い出した。
「なんなんですか、笑うなんて失礼ですよ。こちらは教育的指導をしているんですが」
ハルは半分怒っているのにゼインは終始楽しそうだ。
「お前といると本当に飽きないな」
「はぁっ?」
「昨日の夜といい、今朝といい、本当に面白い」
「あ……っ」
昨晩のことを言われた途端に恥ずかしくなってきた。あれはハルなりの決死のお色気作戦だったのに見事に玉砕し、早くもハルの黒歴史と化している。
「おはよう、ハルヴァード。初めてのベッドでも昨日は眠れたようだな」
ゼインは笑顔だった。
さっきまで笑っていたせいかもしれないが、ゼインがハルに笑顔を向けてくれたのは初めてのことだ。
なんだろう。妙に胸がドキドキする。
ゼインの笑顔のあまりの眩しさに、ハルは呼吸を忘れた。
「どうした? 挨拶をしろと言ったのはハルヴァードのほうだろう?」
「えっ? あっ、おはようございます……」
ハルは我に返り、急いで返事をする。
「ハルヴァードの言うとおりにする。人には礼節をもって接し、ハルヴァードにその日初めて会ったら『おはよう』と言う。それでいいのだな?」
「あれ……? よろしいのですか?」
ハルは拍子抜けだ。注意したのはハル自身だが、こんなにあっさりと受け入れてくれるとは思っていなかった。
「いいよ」
ゼインはハルの髪を撫でる。
ごく自然な動きだった。ふわっと触れた一瞬のその手が、普段のゼインからは考えられないほど優しかった。
ゼインはそれきりハルとの会話をやめ、用意された朝食のティーポットを手に取り、丁寧な所作でカップにお茶を注いでいる。
周りにはハル以外に誰もいない。ゼインは食事のときに、ひとりの従者もそばに置かないようだ。
「妃殿下、そろそろまいりましょう」
ハルがなかなか来なかったからか、ロランがハルを呼びに来た。ハルはゼインが気になって後ろ髪を引かれる思いだったが、ロランについていった。
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