婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました

雨宮里玖

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15.側室はお迎えにならないのですか

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 うなじにくすぐったさを感じる。
 同時に甘い花のような懐かしい匂いがハルの鼻をかすめた。
 なんだろう。ハルは記憶を手繰り寄せてみるが、それはぼんやりとしたままの夢の中に溶けていった。

「あれ……?」

 ハルはベッドの上で目が覚めて、敗北を知る。
 外はしっかりと朝日がのぼり、ハルが読んでいたはずの本は、昨日座っていたソファの上に置いてけぼりになっている。
 あれからハルはゼインより早く眠ってしまったのだ。というより本の内容をほとんど覚えていないので開始早々寝てしまったのだろう。

「やっちゃった……」

 ハルは両手で顔を覆う。
 ゼインが「先に寝ろ」とうるさいから、ムキになって起きていようと思っていたのに。これではゼインとハル、どっちが年上かわからない。
 ふと、ハルの頭に疑問符が浮かぶ。ソファで寝てしまったのに、どうしてベッドにいるのだろう。

「まさか、ゼインさまがっ?」

 ハルが慌てて飛び起きると「俺がどうしたって?」と、ちょうどゼインが寝室に入ってきた。

「あのっ、起きたらベッドで寝てて……ゼインさまが運んでくださったんですか?」
「ああ。そうだ。お前が俺に寄りかかってくるから重くてかなわなくてな」
「え……」

 誰が誰に寄りかかったって……?

「お前は俺の肩が好きなのか?」
「えっ、あっ……とそれは、本当に、も、申し訳ございません……お手間をおかけいたしました……」

 言い訳のしようもない。ゼインの読書の邪魔をする気はなかった。でも結果的にものすごく邪魔になってしまった。
 男をベッドまで運ぶなんて、さぞかし面倒だったろう。
 またゼインに嫌われたに違いない。

「変に遠慮をするな、そのくらい構わない」

 ゼインは落ち込むハルを見て、慰めるようにぽんと肩に触れた。

「今の俺はハルの夫だ」

 何気ない雰囲気でゼインが言った言葉が、ハルの胸を打つ。

 今、ゼインさまはなんて言った……?

「ゼインさま、今、ハルって呼んでくれた……しかも、夫って……」
「今だけだ」

 ゼインはサッと身を翻して寝室を出ていこうとするが、ハルはゼインを逃がさない。

「嬉しいです、ゼインさまっ。抱きついてもいいですかっ?」
「ダメだっ!」
「ええ……じゃあさっきのもう一回、言ってください。俺はハルの夫だって」
「言えるかっ!」

 ゼインは頑なだったが、本気で嫌がっていないのはわかる。
 ゼインとこうして話ができることが嬉しい。あの無愛想なゼインがハルに心を許してくれた。

「ゼインさまったら!」
「俺は食事にするっ。こら、ついてくるなっ」

 ふたりは戯れ合いながら寝室を出る。すると、ふたりの目の前を給仕係が通りすぎる。給仕係はちょうど朝食を運んでいるところだった。

「おい。これはいったいどういうことだ?」

 運ばれてきたものを見て、ゼインが顔をしかめる。
 朝食の皿はふたつある。バスケットに入ったパンもふたつ、ティーポットはひとつだがカップはふたつ。
 ゼインの動きが止まった。それに合わせて給仕係の手も止まる。みんなゼインに怯えている様子だ。

「殿下、これは妃殿下のご指示でしてっ!」
「妃殿下……?」

 ゼインはハルを見る。

「あぁ、これですか? 私の朝食も部屋に運ぶよう命じたのです。今日から私も部屋で食べようと思いまして」
「はぁっ?」

 ゼインはまったく知らなかったようで、ひどく驚いている。別にゼインに隠していたわけではない。ただ伝える機会がなかっただけだ。

「ゼインさまが食事の際に、誰も入れるなとおっしゃっていたことは存じておりますっ! しかし、妃殿下の指示を無視することはできず……。へっ、部屋をわけましょうか……?」

 給仕係がおずおずとゼインに申し出る。何も悪いことはしていないのに、ゼインに見下され、小さく縮こまってとても可哀想だ。

「ゼインさま、すべて私の我が儘のせいですっ!」

 給仕係を庇うように立ち、ゼインに向かって訴える。ハルの命令に従っただけの給仕係を責めるなんて絶対にダメだ。

「……別に俺はまだ何も言っていない」

 ゼインは相変わらず無表情のままだ。

「そのままでいい。食事を並べてくれ」
「よろしいのですかっ?」
「ああ。構わない。ハルはそっちに座れ。俺は向こうに座るから」

 ゼインは涼しい顔で席についた。ハルもゼインに言われたとおりに、ゼインの斜め横に着席する。

「あのゼインさまが誰かと食事するなんて……」
「初めて見た……」
「従者も寄せつけないのに……」

 皆のどよめきが聞こえてくる。ハルは気になってつい耳をそば立ててしまうが、ゼインはまったく気にするそぶりもない。ただ、ゼインが皆を一瞥しただけで、「しっ、失礼いたしますっ!」と従者も給仕係の者も逃げるように部屋からいなくなった。

 ゼインはティーポットを手にして、慣れた手つきでふたつのカップそれぞれにお茶を注ぐ。白いカップに黄金色のお茶が静かに注がれるさまを、ハルは静かに見守っていた。

「ありがとうございます、ゼインさま」

 ハルが笑顔で礼を言ったのに、ゼインは「別にこんなことくらいで礼などいらん」と視線をそらしてしまった。
 ちょっとさみしく思ったが、でも構わない。不器用なゼインが可愛いとすら思えたからだ。
 ハルはゼインが注いでくれたお茶にそっと口をつける。まろやかでほんの少しだけ甘くて、飲むと身体が温まり穏やかな気持ちになる。

「香りもよく、おいしいお茶ですね」
「ああ」

 ゼインの返事はごく短いものだったが、返事を返してくれるようになった。
 ハルは目の前に置かれた綺麗な半月型をしたオムレットにナイフを入れてひと切れ食べる。中にチーズとほうれん草が入っており、味は絶品だ。

「ふわふわしててとてもおいしいです。昨日、ゼインさまが召し上がる朝食とまったく同じものにしてくださいと、お願いしたのです。ゼインさまはチーズとほうれん草入りのオムレットが好物なのですか?」
「そうだ。毎日こればかり食べている。いろんな味のものを食べるよりも、毎日同じもののほうがいい」
「お好きなものがはっきりしてるんですね」
「言われれば、そうかもしれない。食べ物以外もそうだな。物をたくさん持とうとは思わない。愛用の剣、履き慣れた靴、同じものを使うのが好きだ」
「物を大切になさるのはいいですね。貴族の中には新しいものばかり求める人もいますから」

 ハルは頷く。ハルもひとつの物を大切に使うのが好きだ。ゼインとは気が合いそうだなと思った。

「レーデン伯爵だな。あいつは見るたび違う靴を履いている。ついでに横にいる女も取っ替え引っ替えしてて、まったく気に食わない」

 レーデンは女好きの伯爵で有名だ。爵位のある者は、家の存続のために第二夫人もしくは側室を囲うこともよしとされている。その人数に制限はないのだが、レーデンは度が過ぎている。

「側室などいらん! 一夫一妻でいい。世継ぎがいないなら爵位の世襲制をやめればいいことだ」

 意外だった。ゼインは効率や成果を求めるようなタイプだと思っていたから、王室の繁栄のために数人の側室を囲えばいい、などと言うかと思っていた。

「ゼインさまは、側室はお迎えにならないのですか?」
「側室はとらん。正妻ひとりだけがいい。何人も同時に愛せるわけがない」

 ゼインはまるで世間話のように言うが、聞いているハルは嬉しくてたまらない。
 だって、正妻のみということは、ゼインはハルだけをそばに置いてくれる、という意味になるからだ。



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