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20.見て見ぬふりはできない
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「オメガを介助しようとしたら……」
「くだらない言い訳はやめなさいっ!」
ハルはレーデンの言葉を遮った。
「お前たちが、さっき言っていた言葉を私は聞いている。罪にならないことをいいことに、オメガを襲うことを目的としてここに来たんだろ。ふざけるな、今すぐここから消え失せろ! この件については陛下に伝えておくからなっ!」
国王陛下、カーディンの名前を出した途端に、レーデンたちは急に謝りだした。
「妃殿下! どうか、どうかご慈悲を!」
「オメガのほうから誘ってきたのですっ」
「うるさい! 早く出ていけ!」
ハルが大声を出すと、レーデンたちは「申し訳ありませんでしたっ!」と薬庫から逃げ出した。
レーデンたちがいなくなると、アルファのフェロモンの匂いが少し和らいだ。
危なかった。あの場面でハルが倒れたりしたらどうなっていたかわからない。
「大丈夫かっ!」
ハルは床にうずくまって動けないオメガの男に駆け寄る。
オメガは荒く息をしており、少し服が乱れている。質素な身なりからして平民だ。仕事で城に出入りしている者なのかもしれない。
「これは抑制薬だ。この薬を飲みなさい」
ハルは懐から液薬の入った小瓶を取り出す。そして平民オメガの背中を支えて口元へと薬を近づける。
「はぁっ、はぁっ……。妃殿下、ありがとうございます」
息も絶え絶えに平民オメガはハルから与えられる液薬を飲んだ。
「ここから無事に連れ出さなければ……」
ハルは考えを巡らせながら、乱れた平民オメガの服を直してやる。シャツのボタンがひとつ無くなっている。きっとレーデンたちに無理やり引きちぎられたのだろう。
「薬も……買えなくて……城はアルファが多いから……それで急に具合が悪くなり……」
細切れの声で平民オメガは事情を話そうとしてくれる。
「それは怖かったな。私もオメガだからよくわかるよ」
ハルも初めてのヒートは、ある日突然だった。森に出かけていて、そのまま動けなくなった。家族が見つけてくれるまでの数時間、本当に怖くて、身体はつらかった。
「城で匿うか、家まで送るか……」
なんとかしなければと思うのに、ハル自身も身体が熱い。おそらくこれはヒートの前兆だ。早くこのオメガを安全な場所に避難させ、ハルも部屋にこもって人払いをしてもらわなければ。
「妃殿下……お願いがあります……」
「なんだ? 言ってみろ」
「会いたい、アルファがいるのです……」
「アルファ?」
「はい。オーランド男爵家の三男、シュタインさまです……この城で、第三騎士団の一員として働いています……」
「貴族なのか」
普通、貴族は貴族としか結ばれない。おそらくこのオメガは平民で、ふたりは許されざる恋をしているのではないか。
「すみません、すみません……でも、どうかシュタインさまを……」
「わかった。その件は、私がなんとかするから」
ヒートを起こしているオメガを人の多いところへ連れて行くことはできない。
ここは城の裏門に近い。まずは助けを呼び、シュタインを連れてきてふたりを裏門から逃がす。
それまでハルのこの身体がもつだろうか。
「ハルーっ!」
遠くから聞き覚えのある声がする。ゼインよりも少しだけ高い、オルフェウスの声だ。
「オルフェウスさまっ」
ハルは薬庫を飛び出した。途中、身体がふらつき足がもつれたが、なんとか転ばずに済んだ。
地下の通路には、紺色のウエストコートに白いシャツを着たオルフェウスがいた。オルフェウスはふたりの従者を引き連れている。
「ハルっ!」
オルフェウスはただならぬ様子のハルを見て「何があった?」と顔をしかめる。
「オメガが、ヒートで……」
ハルはオルフェウスに端的に事情を説明する。シュタインのことだけは小声で。それからのオルフェウスは素早かった。
「裏門に俺の馬車を回せ。御者はアランにせよ。それからお前は薬庫を見張れ。俺が戻るまで誰も通すな」
オルフェウスは一緒にいた従者ふたりに的確に命令を下す。
「ハルは薬庫で待てるか? 俺は騎士を連れて戻る。それまでのあいだだ」
「はい」
ハルが頷くと、オルフェウスは「すぐに戻る」と言い残し走っていった。
ハルは薬庫に戻る。
オルフェウスが来てくれてよかった。これで、無事にこの平民オメガを安全な場所に避難させることができそうだ。
「もうすぐだよ。オルフェウスさまが助けてくださる」
「ありがとうございます……私なんかのために……」
「大丈夫、オルフェウスさまはお優しいかただから」
「妃殿下のおかげです。妃殿下が来てくださらなければ今ごろ私は……はぁっ、はぁ……」
「間に合ってよかった。少し休みなさい。もうすぐ薬が効いてくるころだ。シュタインも来てくれる。私は入り口のあたりにいるから」
ハルは身につけていたローブを倒れている平民オメガの上にかけてやる。
いくらオメガ同士とはいえ、ヒートで悶える姿をあまり見られたくはないだろう。ハルは少し距離をとって床に座り込み、オルフェウスが戻って来るのを待つ。
さっきよりも明らかに症状がひどくなっている。薬を飲むべきなんだろうが、抑制薬はひとつしかなくて、それは平民オメガに与えてしまった。
あと少しだけなら大丈夫。まだ動ける。ハルは何度も自分に言い聞かせる。
「オルフェウスさまがお戻りになりましたっ!」
外で立っていた見張り役の従者が扉を開けて知らせてくれた。
オルフェウスと一緒に騎士が入ってきて、一目散に奥で倒れているオメガのもとへと駆けていく。
「ハル。馬車も用意できている。ふたりを連れ出そう」
「はいっ」
ハルは体調不良を隠し、なんでもないふりをして立ち上がる。
「馬車は裏門を出て右ですか、左ですかっ?」
「……ハル」
ハルが質問したのに、オルフェウスは答えてくれない。
「くだらない言い訳はやめなさいっ!」
ハルはレーデンの言葉を遮った。
「お前たちが、さっき言っていた言葉を私は聞いている。罪にならないことをいいことに、オメガを襲うことを目的としてここに来たんだろ。ふざけるな、今すぐここから消え失せろ! この件については陛下に伝えておくからなっ!」
国王陛下、カーディンの名前を出した途端に、レーデンたちは急に謝りだした。
「妃殿下! どうか、どうかご慈悲を!」
「オメガのほうから誘ってきたのですっ」
「うるさい! 早く出ていけ!」
ハルが大声を出すと、レーデンたちは「申し訳ありませんでしたっ!」と薬庫から逃げ出した。
レーデンたちがいなくなると、アルファのフェロモンの匂いが少し和らいだ。
危なかった。あの場面でハルが倒れたりしたらどうなっていたかわからない。
「大丈夫かっ!」
ハルは床にうずくまって動けないオメガの男に駆け寄る。
オメガは荒く息をしており、少し服が乱れている。質素な身なりからして平民だ。仕事で城に出入りしている者なのかもしれない。
「これは抑制薬だ。この薬を飲みなさい」
ハルは懐から液薬の入った小瓶を取り出す。そして平民オメガの背中を支えて口元へと薬を近づける。
「はぁっ、はぁっ……。妃殿下、ありがとうございます」
息も絶え絶えに平民オメガはハルから与えられる液薬を飲んだ。
「ここから無事に連れ出さなければ……」
ハルは考えを巡らせながら、乱れた平民オメガの服を直してやる。シャツのボタンがひとつ無くなっている。きっとレーデンたちに無理やり引きちぎられたのだろう。
「薬も……買えなくて……城はアルファが多いから……それで急に具合が悪くなり……」
細切れの声で平民オメガは事情を話そうとしてくれる。
「それは怖かったな。私もオメガだからよくわかるよ」
ハルも初めてのヒートは、ある日突然だった。森に出かけていて、そのまま動けなくなった。家族が見つけてくれるまでの数時間、本当に怖くて、身体はつらかった。
「城で匿うか、家まで送るか……」
なんとかしなければと思うのに、ハル自身も身体が熱い。おそらくこれはヒートの前兆だ。早くこのオメガを安全な場所に避難させ、ハルも部屋にこもって人払いをしてもらわなければ。
「妃殿下……お願いがあります……」
「なんだ? 言ってみろ」
「会いたい、アルファがいるのです……」
「アルファ?」
「はい。オーランド男爵家の三男、シュタインさまです……この城で、第三騎士団の一員として働いています……」
「貴族なのか」
普通、貴族は貴族としか結ばれない。おそらくこのオメガは平民で、ふたりは許されざる恋をしているのではないか。
「すみません、すみません……でも、どうかシュタインさまを……」
「わかった。その件は、私がなんとかするから」
ヒートを起こしているオメガを人の多いところへ連れて行くことはできない。
ここは城の裏門に近い。まずは助けを呼び、シュタインを連れてきてふたりを裏門から逃がす。
それまでハルのこの身体がもつだろうか。
「ハルーっ!」
遠くから聞き覚えのある声がする。ゼインよりも少しだけ高い、オルフェウスの声だ。
「オルフェウスさまっ」
ハルは薬庫を飛び出した。途中、身体がふらつき足がもつれたが、なんとか転ばずに済んだ。
地下の通路には、紺色のウエストコートに白いシャツを着たオルフェウスがいた。オルフェウスはふたりの従者を引き連れている。
「ハルっ!」
オルフェウスはただならぬ様子のハルを見て「何があった?」と顔をしかめる。
「オメガが、ヒートで……」
ハルはオルフェウスに端的に事情を説明する。シュタインのことだけは小声で。それからのオルフェウスは素早かった。
「裏門に俺の馬車を回せ。御者はアランにせよ。それからお前は薬庫を見張れ。俺が戻るまで誰も通すな」
オルフェウスは一緒にいた従者ふたりに的確に命令を下す。
「ハルは薬庫で待てるか? 俺は騎士を連れて戻る。それまでのあいだだ」
「はい」
ハルが頷くと、オルフェウスは「すぐに戻る」と言い残し走っていった。
ハルは薬庫に戻る。
オルフェウスが来てくれてよかった。これで、無事にこの平民オメガを安全な場所に避難させることができそうだ。
「もうすぐだよ。オルフェウスさまが助けてくださる」
「ありがとうございます……私なんかのために……」
「大丈夫、オルフェウスさまはお優しいかただから」
「妃殿下のおかげです。妃殿下が来てくださらなければ今ごろ私は……はぁっ、はぁ……」
「間に合ってよかった。少し休みなさい。もうすぐ薬が効いてくるころだ。シュタインも来てくれる。私は入り口のあたりにいるから」
ハルは身につけていたローブを倒れている平民オメガの上にかけてやる。
いくらオメガ同士とはいえ、ヒートで悶える姿をあまり見られたくはないだろう。ハルは少し距離をとって床に座り込み、オルフェウスが戻って来るのを待つ。
さっきよりも明らかに症状がひどくなっている。薬を飲むべきなんだろうが、抑制薬はひとつしかなくて、それは平民オメガに与えてしまった。
あと少しだけなら大丈夫。まだ動ける。ハルは何度も自分に言い聞かせる。
「オルフェウスさまがお戻りになりましたっ!」
外で立っていた見張り役の従者が扉を開けて知らせてくれた。
オルフェウスと一緒に騎士が入ってきて、一目散に奥で倒れているオメガのもとへと駆けていく。
「ハル。馬車も用意できている。ふたりを連れ出そう」
「はいっ」
ハルは体調不良を隠し、なんでもないふりをして立ち上がる。
「馬車は裏門を出て右ですか、左ですかっ?」
「……ハル」
ハルが質問したのに、オルフェウスは答えてくれない。
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