婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶

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14.竜の舌先での出会い

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 扉を開くのと同時に、室内から漏れ出た熱気がシェーラを包んだ。
 熱帯地域の植物を展示するこの区域は内装もどこか南国風だ。

「ふぅ、温度管理は大丈夫ね。ぽかぽかしていて常春みたい」

 シェーラが手で団扇を作ってそう言うと、いくつもの花壇の横を通って、目的の植物の場所へと向かう。
 部屋の中央にある七、八人くらいが掛けられそうな円卓くらいの大きさの丸い花壇。その真ん中に一株の植物が生えている。
 その植物は地面から突き出すように分厚い葉っぱを何枚も伸ばし、中心からまだ蕾もない茎が少し覗いている。
 それを見て、シェーラは嬉しそうに駆け寄った。

「ああ! ちゃんと成長しているのね! よかったぁ」

 目と鼻の先にある植物は、地面から葉を伸ばしただけの茎も花もない植物だ。
 これがどういう植物か知らない人間にとっては、あまり見ていても楽しいものではないだろう。
 けれど、シェーラにとってはとても大切なものなのである。

「お嬢様は本当にアガヴェがお気に入りなんですねぇ」

「ええ。この子を手に入れるのにはなかなか骨を折ったんだもの。茎が伸びるまでは気長に待とうと思ってたけど、こうやって成長途中の様子を見るのも、わくわくするわね! 見て、あの分厚い葉っぱ! 花を咲かせるために栄養をたっぷり蓄えてる証拠だわ!」

 シェーラは子供のように大はしゃぎでアガヴェを指差す。その様子をリサとトニーは微笑ましそうに見つめていた。
 このアガヴェと呼ばれる植物は、本来はシェーラたちの住む国どころか、大陸にもない植物だ。
 原産国は、南の海を越えた先にあるここよりもずっと暑い国。
 シェーラが初めてこの植物を知ったのは、大陸内外の植物について書き記した図鑑でだ。
 大陸だけならともかく、海外の植物について書かれた本は稀少で、シェーラはこの図鑑を十歳の誕生日に父からプレゼントされて以降、毎日のように時間が経つのも忘れるほど読み耽っていた。
 その中でも一際シェーラの興味を掻き立てたのが、このアガヴェである。
 竜の舌にも例えられるほど肉厚な葉を持ち、開花時期になると蓄えた栄養を一気に茎に注いで成長する。その速度は驚くほどで、すぐに人の頭を越えてしまうほどらしい。そして何より特徴的なのが、この植物はなかなか花を咲かせないところにある。一説には百年に一度咲く花という話もあるが、実際の記録によると、五十年に一度咲くらしい。そして、花を咲かせるのは生涯で一度だけ。いつ咲くかは全く分からない。そんな不思議な植物なのである。
 シェーラは本当にこのアガヴェがお気に入りで、図鑑のアガヴェについて書かれたページを開き癖がつくほど何度も何度も眺めていた。
 そして、植物園の経営に携われるようになり、功績を積み重ねてとうとう、このアガヴェを手に入れることが出来たのだ。
 シェーラの国では、海外からの動植物の輸入は規制が厳しく、輸入にはそれなりの根回しと時間を要した。
 シェーラが引きこもりになる直前のことである。
 言い換えれば、アガヴェを手に入れることが出来た達成感が引きこもりへの道へ背中を押したのかもしれない。
 アガヴェは暑さ寒さに強く、弱点の雨も植物園の中なら心配する必要はないため、シェーラは花が咲くのを気長に待とうと、変化があったら早馬を飛ばすよう頼んで、引きこもり生活へと突入した。
 その間も何だかんだ、アガヴェのことは頭にあったが、引きこもりつつもやることは沢山あったので、今日まで様子を見に来る機会がなかったのだ。
 理由は散々であるが、こうして久しぶりに実物を見ると、邸から出てきてよかったという気持ちになってくる。

「ふふふっ、花が咲くのはまだまだ先でしょうけど、元気そうで何よりだわ。園芸員の皆が大切に育ててくれているおかげね。うんうん、どこから見ても綺麗な葉──」

 シェーラは視線をアガヴェに固定したまま、花壇に添って歩いていた。そうしていたら──


 ゴツン!


「痛い!」
「アタッ!」

 何か硬いものに頭をぶつけた。予想外の痛みに、シェーラは頭を抱えてその場に蹲る。

「~~~~おおおぉぉっ!」
「~~~~っ!」
「お嬢様! 大丈夫ですか!?」

(いったぁああああい! なに!? この花壇の近くにオブジェか何か置いてあったかしら? それとも新しく置かれたのかしら?)

 リサが駆け寄って来るが、シェーラはまだ俯いたままで、そんなことを考える。しかし、

「そちらの方も!」

 続いて聞こえてきた言葉に、シェーラは思わず顔を上げた。

「え?」

 前を見てようやく、自分が何にぶつかったのかに気づいた。より正確には何に、ではなく誰に、であった。
 目の前には、シェーラと同じように頭を押さえて蹲っている年の近そうな青年がいたのである。
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