婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。

夢草 蝶

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13.恋人たちのおまじない

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「トニー! 久しぶりね」

「トニーさん、お久しぶりです」

 トニーと呼ばれた初老男性は、スコップを邪魔にならない場所の地面に突き刺すと、被っていた帽子を脱いで会釈をした。

「お久しゅうございます」

「ええ。邸に経過報告書を持ってきてくれた時以来ね」

「そうですね。ところで、お嬢様たちは何故、ここに?」

 このトニーは以前、アルトゥニス侯爵邸の庭師をしていた男性だ。
 当主にその腕を見込まれ、邸中の木や花の剪定や栽培を一任されていた程で植物に興味のあったシェーラはトニーによく懐いていた。シェーラが大きくなり、植物園の経営に携わるようになった時、植物への造詣の深さを見込んで園芸員として推挙した。現在はアルトゥニス侯爵家が経営する植物園のうち、三つの植物園の園芸員のまとめ役を務めている。
 昔馴染みであるため、トニーもシェーラの引きこもりを知っている。そんなシェーラが植物園にいるのだ。理由を訊ねたくもなるだろう。

「あー・・・・・・えーっと、ちょっと大事な用があって出掛けたの。それで久々に外出したから、せっかくだから様子を見に来たのよ」

 離縁状のことは伏せて、事実を伝える。
 トニーはアルトゥニス侯爵家の者だが、流石に先日の一件をそのまま伝えるのは心配をかけてしまうと気が引けた。そもそもこの件は、不在だったリオールを覗く兄姉たちとリサやカイなどの一部の本邸の使用人にしか知らせていない。周知させるにしても、それは事が全て片付いてからだとシェーラもキースも考えていた。

「それよりも、トニー。今日は新しいお土産物を考えようと思って来たの。そのためにも今の物販状況や客層を実際に見ようと思ってるんだけど、久しぶりに来て色々変わってると思うし、時間があるなら色々と教えてくれないかしら?」

 話題を変えるために、ファルパール植物園へ来た目的を伝える。ファルパール植物園を含む、アルトゥニス侯爵家の植物園についての報告書には全て目を通しているが、やはり紙に書かれた数字や文字を見るだけと、実際に現地を見るのとでは違うことや新たな気づきもあるだろう。植物園で働いて、毎日のように来園客と接しているトニーからも得られることは必ずあるはずだし、案内や説明をして貰えれば心強い。
 そういった思いから、トニーにお願いすると頷いて快諾して貰えた。

「ええ、もちろん。このトニー、お嬢様のために精一杯務めさせていただきます」

「ありがとう!」

「土産物を考えられるなら、まずは園内の様子を見ながら販売所まで行きましょう」

 トニーが地面に真っ直ぐに突き刺さったスコップを引き抜いて、歩き出す。シェーラとリサはその後を追いかけた。
 前に注意しながら、シェーラはきょろきょろと左右を見回し、園内の様子を観察する。園内にはそこそこの人がおり、老若男女様々だが、それを脳内で区分けして数えていく。するとあることに気づいた。

「あら? 随分と男女で来てる人たちが多いわね」

 園内には男女二人組で歩いたり、花を眺めている人が多かった。男女二人組というのは、恋人のことだ。中には友人同士や兄妹といった関係の二人組もいるだろうが、兄妹の多いシェーラは何となく雰囲気でその違いが分かり、違うと思ったものは弾いたが、それでも腕を組んだり、手を繋いでいる恋人と思わしき二人組は多かった。

「以前から恋人同士で来るお客様が多かったの?」

「いえ、若いお客様が増えたのは、ここ数ヶ月です。何でも最近、ここの土産物のストラップを恋人同士で持っていると、関係が上手くいくと噂になっているようで」

「え? ストラップって、ドライフラワーの?」

「はい。お嬢様が考案されたカプセルストラップです」

 トニーの言うストラップは、小さくて透明なカプセルの中にドライフラワーにした花を詰めたものだ。剪定のために切り落とした花を再利用しているため、価格も安めで若年層に評判がいいとのこと。
 以前、シェーラが花を使ったアクセサリー系の新しいお土産物として考えたものだ。
 時期によって花の種類は変わるし、色も様々。ストラップだから男女関係なく使えるし、友人や恋人とお揃いにしやすい。
 ものが特徴的な意匠でもなく、花なので、お土産として渡しやすいというのもある。
 お土産物の売上も毎月計上したものが上がってきたのを見て、シェーラは色んな施設でお土産物にストラップがある理由を知った。
 だが、そのは初耳だ。

「何でまた、そんな噂が?」

「噂ですから確たる元は不明ですが、何でもここで出会った男女が意気投合して、記念にストラップを色違いで購入したそうです。そしたら、それがきっかけで恋人になって、結婚したんだとか。その夫婦が知り合いにストラップのことを話して、それが方々に拡散するうちに、恋愛が上手くいくストラップという話になったそうです」

「結婚・・・・・・それは、おめでたいわね」

 今のシェーラにとってはタイムリーな言葉だったが、まぁ、それはそれ、これはこれと割り切り、客足がいいことを喜ぼうと自分に言い聞かせた。

「にしても、恋人でお揃いねぇ。流行は長く続くのなんてほんの一握り。大抵は廃れるものだけど、だからといって、乗らないのは損よね。流行っている間はバラ売りだけじゃなくて、セット売りしましょうか?」

「いいと思います。とは言え、わしは園芸員ですので、販売物については商品開発部門の者に訊いて貰わないとですが・・・・・・」

「分かっているわ。後は応相談ね。って、あらら・・・・・・すごい人」

 話ながら歩いているうちに、土産物売り場についたシェーラは、人で溢れ返った売り場を見て、呟いた。
 元々、土産物売り場はそこまで広くない。十数人もいれば、後は外で待つしかないくらいの広さだ。
 そして、売り場の脇には短くない列が出来ている。

「これは、もう少し落ち着いてからのようが良さそうですね」

「ええ。そうね」

 リサの意見に頷く。土産物売り場での客の様子も観察したかったが、この混みようだったら邪魔になってしまう。少し時間を置いた方がいいというのにはシェーラも同意見だった。

「でも、どうやって時間を潰しましょうか? 裏方の様子を見るか、園内の植物を観察しつつ、お客様の様子を見るか。むむっ」

 シェーラが両手の人差し指でこめかみを押さえて悩んでいると、トニーがあることを進めた。

「でしたら、アガヴェの様子を見てきてはいかがでしょうか? 蕾はまだですが、葉は大分伸びましたので、一目見ていかれるといいでしょう」

「アガヴェ! そうね。それがいいわ。そうしましょう!」

 トニーの提案にシェーラは目を輝かせ、爪先を目的地へと向ける。
 向かった先は、植物園の壁や天井と同じ特殊硝子で作られた扉の前。
 植物には暑さに弱いものや寒さに弱いものがあるため、園内は常温の区域、室温の高い区域、室温の低い区域の三つに大きく分けられている。
 そして、この扉の向こうは室温の高い区域だ。
 シェーラはわくわくと扉の取っ手を掴み、ぐっと押し開けた。
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