虐げられた聖女が魔力を引き揚げて隣国へ渡った結果、祖国が完全に詰んだ件について~冷徹皇帝陛下は私を甘やかすのに忙しいそうです~

日々埋没。

文字の大きさ
4 / 13

​第4話:偽りの聖女の化けの皮

しおりを挟む
 帝国での生活は、私の常識をことごとく塗り替えていった。
 朝は陛下による直接の「体調確認」から始まり、日中は最高級のドレスを選ばされ、夜は彼に抱き寄せられながら一日の出来事を語る。
 カイル殿下の元では一度も得られなかった「一人の女性」としての扱い。それが、少しずつ私の凍りついた心を溶かしていた。
​ そんなある日、帝国の執務室に、一通の親書が届いた。
 送り主は、私を捨てたカイル殿下。

​「……陛下、これは?」

​ 執務机に座るリュードヴィヒ陛下の隣で、私は差し出された書面を覗き込んだ。
 そこには、昨日の横柄さが嘘のような、卑屈な懇願が並んでいた。

​『我が国の結界に一時的な不具合が生じた。聖女エルゼの祈りが必要だ。速やかに返還を求める』

​ 返還。私はまるで、王子の所有物であるかのような言い草。
 思わず指先が震える。怒りよりも、その厚顔無恥さに吐き気がした。

​「不具合だと? どの口が言う。彼らは、君がいないと呼吸すらままならないことに、ようやく気づき始めたようだ」

​ 陛下は親書を無造作に放り投げると、私をぐいと引き寄せ、自らの膝に座らせた。もはや、これが私たちの「定位置」になりつつある。

​「エルゼ、返事を出したいか? それとも、この紙ごとあの国を焼き払うか?」
​「……いいえ。陛下、彼らに現状を分からせてあげたいのです。私が『無能』であったのか、それとも彼らこそが『無能』であったのかを」

​ 私の言葉に、陛下は愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
 彼はそのまま、私の首筋に深く顔を埋め、独占欲を誇示するように強く吸い上げた。

​「いいだろう。ならば、帝国で開催される『建国記念祭』に彼らを招待してやろう。隣国が滅びかけている最中に、我が国がいかに君を愛し、君の力で繁栄しているか……特等席で見せてやる」

 ◆
​ 
 その頃、祖国では悲惨な現実が幕を開けていた。
 エルゼが管理していた魔力供給が止まったことで、王城の豪華な噴水は泥水に変わり、自慢の温室の花々は一晩で枯れ果てた。
 さらに最悪なのは、ミナの存在だ。

​「……どうして! どうして魔法が発動しないのよ!」

​ ミナは、カイル殿下の前で必死に聖具を振るっていた。
 だが、姉の魔力という「貯金」を使い果たした彼女には、もはや奇跡を起こす力など一滴も残っていない。
 彼女のブローチに貯め込んでいた魔力も、エルゼが国を出る際に「すべて手繰り寄せた」ことで空っぽになっていたのだ。

​「ミナ、しっかりしろ! 民衆が結界の外で魔物に襲われているんだぞ!」
​「うるさいわね! お姉様が何か呪いをかけたに決まってるわ! あんなゴミ女、さっさと連れ戻してきなさいよ!」

​ カイル殿下は、ミナの口から出た醜い罵声に、初めて顔を引きつらせた。
 彼らが縋っていたのは、聖女の輝きではなく、エルゼという便利な道具に寄生していただけの、空っぽの虚飾だった。
​ そして一週間後。
 ボロボロになった祖国の使節団を乗せた馬車が、光り輝く帝国の門をくぐることになる。
 そこで彼らを待っているのは、見たこともないほど美しく、そして皇帝に溺愛される「真の聖女」の姿だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

わたくしを追い出した王太子殿下が、一年後に謝罪に来ました

柚木ゆず
ファンタジー
 より優秀な力を持つ聖女が現れたことによってお払い箱と言われ、その結果すべてを失ってしまった元聖女アンブル。そんな彼女は古い友人である男爵令息ドファールに救われ隣国で幸せに暮らしていたのですが、ある日突然祖国の王太子ザルースが――アンブルを邪険にした人間のひとりが、アンブルの目の前に現れたのでした。 「アンブル、あの時は本当にすまなかった。謝罪とお詫びをさせて欲しいんだ」 現在体調の影響でしっかりとしたお礼(お返事)ができないため、最新の投稿作以外の感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

地味で無能な聖女だと婚約破棄されました。でも本当は【超過浄化】スキル持ちだったので、辺境で騎士団長様と幸せになります。ざまぁはこれからです。

黒崎隼人
ファンタジー
聖女なのに力が弱い「偽物」と蔑まれ、婚約者の王子と妹に裏切られ、死の土地である「瘴気の辺境」へ追放されたリナ。しかし、そこで彼女の【浄化】スキルが、あらゆる穢れを消し去る伝説級の【超過浄化】だったことが判明する! その奇跡を隣国の最強騎士団長カイルに見出されたリナは、彼の溺愛に戸惑いながらも、荒れ地を楽園へと変えていく。一方、リナを捨てた王国は瘴気に沈み崩壊寸前。今さら元婚約者が土下座しに来ても、もう遅い! 不遇だった少女が本当の愛と居場所を見つける、爽快な逆転ラブファンタジー!

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】

小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」  私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。  退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?  案の定、シャノーラはよく理解していなかった。  聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。 元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。 絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。 「俺のものになれ」 突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。 だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも? 捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。 ・完結まで予約投稿済みです。 ・1日3回更新(7時・12時・18時)

この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?

ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。 ※複数のサイトに投稿しています。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

処理中です...