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第4話:偽りの聖女の化けの皮
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帝国での生活は、私の常識をことごとく塗り替えていった。
朝は陛下による直接の「体調確認」から始まり、日中は最高級のドレスを選ばされ、夜は彼に抱き寄せられながら一日の出来事を語る。
カイル殿下の元では一度も得られなかった「一人の女性」としての扱い。それが、少しずつ私の凍りついた心を溶かしていた。
そんなある日、帝国の執務室に、一通の親書が届いた。
送り主は、私を捨てたカイル殿下。
「……陛下、これは?」
執務机に座るリュードヴィヒ陛下の隣で、私は差し出された書面を覗き込んだ。
そこには、昨日の横柄さが嘘のような、卑屈な懇願が並んでいた。
『我が国の結界に一時的な不具合が生じた。聖女エルゼの祈りが必要だ。速やかに返還を求める』
返還。私はまるで、王子の所有物であるかのような言い草。
思わず指先が震える。怒りよりも、その厚顔無恥さに吐き気がした。
「不具合だと? どの口が言う。彼らは、君がいないと呼吸すらままならないことに、ようやく気づき始めたようだ」
陛下は親書を無造作に放り投げると、私をぐいと引き寄せ、自らの膝に座らせた。もはや、これが私たちの「定位置」になりつつある。
「エルゼ、返事を出したいか? それとも、この紙ごとあの国を焼き払うか?」
「……いいえ。陛下、彼らに現状を分からせてあげたいのです。私が『無能』であったのか、それとも彼らこそが『無能』であったのかを」
私の言葉に、陛下は愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
彼はそのまま、私の首筋に深く顔を埋め、独占欲を誇示するように強く吸い上げた。
「いいだろう。ならば、帝国で開催される『建国記念祭』に彼らを招待してやろう。隣国が滅びかけている最中に、我が国がいかに君を愛し、君の力で繁栄しているか……特等席で見せてやる」
◆
その頃、祖国では悲惨な現実が幕を開けていた。
エルゼが管理していた魔力供給が止まったことで、王城の豪華な噴水は泥水に変わり、自慢の温室の花々は一晩で枯れ果てた。
さらに最悪なのは、ミナの存在だ。
「……どうして! どうして魔法が発動しないのよ!」
ミナは、カイル殿下の前で必死に聖具を振るっていた。
だが、姉の魔力という「貯金」を使い果たした彼女には、もはや奇跡を起こす力など一滴も残っていない。
彼女のブローチに貯め込んでいた魔力も、エルゼが国を出る際に「すべて手繰り寄せた」ことで空っぽになっていたのだ。
「ミナ、しっかりしろ! 民衆が結界の外で魔物に襲われているんだぞ!」
「うるさいわね! お姉様が何か呪いをかけたに決まってるわ! あんなゴミ女、さっさと連れ戻してきなさいよ!」
カイル殿下は、ミナの口から出た醜い罵声に、初めて顔を引きつらせた。
彼らが縋っていたのは、聖女の輝きではなく、エルゼという便利な道具に寄生していただけの、空っぽの虚飾だった。
そして一週間後。
ボロボロになった祖国の使節団を乗せた馬車が、光り輝く帝国の門をくぐることになる。
そこで彼らを待っているのは、見たこともないほど美しく、そして皇帝に溺愛される「真の聖女」の姿だった。
朝は陛下による直接の「体調確認」から始まり、日中は最高級のドレスを選ばされ、夜は彼に抱き寄せられながら一日の出来事を語る。
カイル殿下の元では一度も得られなかった「一人の女性」としての扱い。それが、少しずつ私の凍りついた心を溶かしていた。
そんなある日、帝国の執務室に、一通の親書が届いた。
送り主は、私を捨てたカイル殿下。
「……陛下、これは?」
執務机に座るリュードヴィヒ陛下の隣で、私は差し出された書面を覗き込んだ。
そこには、昨日の横柄さが嘘のような、卑屈な懇願が並んでいた。
『我が国の結界に一時的な不具合が生じた。聖女エルゼの祈りが必要だ。速やかに返還を求める』
返還。私はまるで、王子の所有物であるかのような言い草。
思わず指先が震える。怒りよりも、その厚顔無恥さに吐き気がした。
「不具合だと? どの口が言う。彼らは、君がいないと呼吸すらままならないことに、ようやく気づき始めたようだ」
陛下は親書を無造作に放り投げると、私をぐいと引き寄せ、自らの膝に座らせた。もはや、これが私たちの「定位置」になりつつある。
「エルゼ、返事を出したいか? それとも、この紙ごとあの国を焼き払うか?」
「……いいえ。陛下、彼らに現状を分からせてあげたいのです。私が『無能』であったのか、それとも彼らこそが『無能』であったのかを」
私の言葉に、陛下は愉悦に満ちた笑みを浮かべた。
彼はそのまま、私の首筋に深く顔を埋め、独占欲を誇示するように強く吸い上げた。
「いいだろう。ならば、帝国で開催される『建国記念祭』に彼らを招待してやろう。隣国が滅びかけている最中に、我が国がいかに君を愛し、君の力で繁栄しているか……特等席で見せてやる」
◆
その頃、祖国では悲惨な現実が幕を開けていた。
エルゼが管理していた魔力供給が止まったことで、王城の豪華な噴水は泥水に変わり、自慢の温室の花々は一晩で枯れ果てた。
さらに最悪なのは、ミナの存在だ。
「……どうして! どうして魔法が発動しないのよ!」
ミナは、カイル殿下の前で必死に聖具を振るっていた。
だが、姉の魔力という「貯金」を使い果たした彼女には、もはや奇跡を起こす力など一滴も残っていない。
彼女のブローチに貯め込んでいた魔力も、エルゼが国を出る際に「すべて手繰り寄せた」ことで空っぽになっていたのだ。
「ミナ、しっかりしろ! 民衆が結界の外で魔物に襲われているんだぞ!」
「うるさいわね! お姉様が何か呪いをかけたに決まってるわ! あんなゴミ女、さっさと連れ戻してきなさいよ!」
カイル殿下は、ミナの口から出た醜い罵声に、初めて顔を引きつらせた。
彼らが縋っていたのは、聖女の輝きではなく、エルゼという便利な道具に寄生していただけの、空っぽの虚飾だった。
そして一週間後。
ボロボロになった祖国の使節団を乗せた馬車が、光り輝く帝国の門をくぐることになる。
そこで彼らを待っているのは、見たこともないほど美しく、そして皇帝に溺愛される「真の聖女」の姿だった。
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