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第3話:冷徹皇帝の過保護な朝
目を覚ました時、視界に飛び込んできたのは見たこともないほど豪華な天蓋だった。
肌に触れるシーツは最高級の絹で、体は驚くほど軽い。
昨夜、隣国の国境を越え、リュードヴィヒ陛下の別邸に運び込まれたのだ。
「……夢じゃ、なかったのね」
体を起こそうとすると、寝室の大きな扉が音もなく開いた。
現れたのは、侍女ではない。着崩した軍服姿のリュードヴィヒ陛下本人だった。
「気分はどうだ、エルゼ。……いや、動かなくていい。まだ顔色が悪い」
彼は大股でベッドサイドに歩み寄ると、当然のような顔をして私の背に枕を差し込み、私の額に自らの額をぴたりと重ねた。
あまりの至近距離に、心臓が口から飛び出しそうになる。
「熱はないな。だが、あれほどの魔力を無理に引き剥がしたのだ。反動が来るはずだ。今日は一日、私が側についている」
「陛下!? お仕事があるのでは……」
「君を看病すること以上に優先すべき仕事など、この世には存在しない」
真顔でとんでもないことを言いながら、彼はトレイに乗った温かいスープを自らスプーンですくい、私の唇に寄せた。
「氷の死神」と呼ばれ、戦場では数多の敵を灰にしたと言われる皇帝が、今は一人の女にスープを飲ませるために全神経を注いでいる。
「……美味しいです。こんなに温かいものを食べたのは、いつ以来かしら」
思わず零れた本音に、陛下の瞳に鋭い光が宿った。
「あの国での生活を、すべて私に話す必要はない。だが、これだけは覚えておけ。君が欲するものは、たとえ隣国の王の首であっても私が用意する。君はもう、誰かに何かを与える必要はない。ただ、私に甘やかされていればいいのだ」
その言葉と同時に、部屋の扉が慌ただしく叩かれた。
陛下の側近が、苦渋に満ちた表情で報告に現れる。
「陛下、失礼いたします! 先ほど、国境付近の監視役より緊急の連絡が入りました。……エルゼ様が去った直後、旧祖国の守護結界が完全に崩壊。周辺領地では魔物の大量発生が始まり、王都は大混乱に陥っているとのことです」
側近の言葉に、私はスープを飲む手を止めた。
思ったよりも早かった。私が糸を引いたことで、あの国の「貯蔵魔力」はゼロになったのだ。
「カイル殿下とミナ様は……?」
「はっ。新聖女としてお披露目されたミナ嬢が浄化を試みたようですが、魔力不足で失敗。カイル殿下は民衆から『嘘つきの聖女を担ぎ出したのか』と糾弾されているようです」
リュードヴィヒ陛下は、興味なさそうに鼻で笑った。
「無能を捨てたつもりが、自分たちが無能だと証明してしまったわけか。滑稽だな」
陛下は私の手からスプーンを奪い、指先に残った雫を親愛を込めて拭い去ると、獲物を見定めた獣のような低い声で囁いた。
「エルゼ、彼らが這いつくばって助けを求めてきても、決して許す必要はない。君を捨てた報いは、これから私がじっくりと教え込んでやる。……いいな?」
陛下の独占欲に満ちた視線。
それは恐ろしいはずなのに、今の私には、世界で一番甘く心地よい毒のように感じられた。
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