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第7話:没落の引き金
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翌朝、帝国の謁見の間に、泥にまみれた伝令兵が飛び込んできた。
彼はカイル殿下の前に跪くやいなや、喉を枯らして叫んだ。
「殿下、一刻も早くお戻りください! 王都の守護石が粉砕されました! ミナ様の魔力では……魔力では、魔物の咆哮ひとつ防ぐことができません!」
その言葉は、謁見の間を埋め尽くす帝国貴族たちの前で、カイル殿下とミナが「完全なる無能」であることを確定させた。
カイル殿下は青ざめ、隣に立つ私の手元を、救いを求めるように見つめた。
「エルゼ……! 頼む、今すぐ戻って守護石を修復してくれ! お前ならできるだろ!? 今までのことは謝る、何でもするから!」
彼の差し出した手は、リュードヴィヒ陛下の一瞥によって凍りついた。
陛下は私の肩を抱き寄せ、冷酷な宣告を口にする。
「何でもする、か。では、自分の首を差し出せるか? 彼女の十年の献身をゴミのように扱った代償として」
「そ、れは……」
「できないだろうな。貴様が愛しているのは彼女ではない。彼女がもたらす『利益』だけだ。そんな薄汚い理由で、私の妻を渡せると思うか?」
陛下が「私の妻」と言い切った瞬間、周囲から感嘆の声が漏れた。
まだ正式な挙式前だというのに、彼は全世界に向けて、私が彼の唯一無二であることを宣言したのだ。
私は、震えるカイル殿下の瞳をまっすぐに見つめ返した。
「カイル様。守護石が壊れたのは、私のせいではありません。あなたが、私という『要』を抜いても、ミナ様の輝きがあれば大丈夫だと仰った結果です。……その結果を、どうぞ最後まで見届けてください」
「ひっ、お、お姉様……助けて、死にたくないわ!」
ミナが私の足元に縋り付こうとする。だが、その指先が私のドレスに触れる前に、陛下の魔圧が彼女を床へと押し伏せた。
「不潔な手で触れるな。……衛兵、この者たちを国境まで送り届けろ。馬も馬車も必要ない。自分の足で、自分が滅ぼした国へ帰るがいい」
「そんな! 魔物が溢れる道を徒歩で!? 死ねと言っているのか!」
カイル殿下の悲鳴に、陛下は今日一番の冷たい笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。だが安心しろ。エルゼの慈悲で、国境までの道だけは『魔除け』を施してやる」
私が指先をひと振りすると、彼らの足元にだけ、淡い光の輪が浮かび上がった。
それは、彼らがかつて「無能の力」と笑った、私の魔力。
けれどその光は、彼らを救うためではない。
絶望に染まった祖国の惨状を、その目で一歩一歩、確実に見て回らせるための「残酷な保護」だった。
引きずられていくカイルとミナの罵声が遠ざかる中、リュードヴィヒ陛下は私の腰に回した手に力を込め、耳元で甘く囁いた。
「これで邪魔者は消えた。……エルゼ、これからは君を泣かせる者など一人もいない。私の隣で、ただ世界が君を敬う様を眺めていればいい」
城門の向こうで、祖国の空を赤黒い暗雲が覆っていく。
あの中へ、彼らは放り出されるのだ。
私がいれば、決して起こらなかったはずの悲劇の舞台へ。
彼はカイル殿下の前に跪くやいなや、喉を枯らして叫んだ。
「殿下、一刻も早くお戻りください! 王都の守護石が粉砕されました! ミナ様の魔力では……魔力では、魔物の咆哮ひとつ防ぐことができません!」
その言葉は、謁見の間を埋め尽くす帝国貴族たちの前で、カイル殿下とミナが「完全なる無能」であることを確定させた。
カイル殿下は青ざめ、隣に立つ私の手元を、救いを求めるように見つめた。
「エルゼ……! 頼む、今すぐ戻って守護石を修復してくれ! お前ならできるだろ!? 今までのことは謝る、何でもするから!」
彼の差し出した手は、リュードヴィヒ陛下の一瞥によって凍りついた。
陛下は私の肩を抱き寄せ、冷酷な宣告を口にする。
「何でもする、か。では、自分の首を差し出せるか? 彼女の十年の献身をゴミのように扱った代償として」
「そ、れは……」
「できないだろうな。貴様が愛しているのは彼女ではない。彼女がもたらす『利益』だけだ。そんな薄汚い理由で、私の妻を渡せると思うか?」
陛下が「私の妻」と言い切った瞬間、周囲から感嘆の声が漏れた。
まだ正式な挙式前だというのに、彼は全世界に向けて、私が彼の唯一無二であることを宣言したのだ。
私は、震えるカイル殿下の瞳をまっすぐに見つめ返した。
「カイル様。守護石が壊れたのは、私のせいではありません。あなたが、私という『要』を抜いても、ミナ様の輝きがあれば大丈夫だと仰った結果です。……その結果を、どうぞ最後まで見届けてください」
「ひっ、お、お姉様……助けて、死にたくないわ!」
ミナが私の足元に縋り付こうとする。だが、その指先が私のドレスに触れる前に、陛下の魔圧が彼女を床へと押し伏せた。
「不潔な手で触れるな。……衛兵、この者たちを国境まで送り届けろ。馬も馬車も必要ない。自分の足で、自分が滅ぼした国へ帰るがいい」
「そんな! 魔物が溢れる道を徒歩で!? 死ねと言っているのか!」
カイル殿下の悲鳴に、陛下は今日一番の冷たい笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。だが安心しろ。エルゼの慈悲で、国境までの道だけは『魔除け』を施してやる」
私が指先をひと振りすると、彼らの足元にだけ、淡い光の輪が浮かび上がった。
それは、彼らがかつて「無能の力」と笑った、私の魔力。
けれどその光は、彼らを救うためではない。
絶望に染まった祖国の惨状を、その目で一歩一歩、確実に見て回らせるための「残酷な保護」だった。
引きずられていくカイルとミナの罵声が遠ざかる中、リュードヴィヒ陛下は私の腰に回した手に力を込め、耳元で甘く囁いた。
「これで邪魔者は消えた。……エルゼ、これからは君を泣かせる者など一人もいない。私の隣で、ただ世界が君を敬う様を眺めていればいい」
城門の向こうで、祖国の空を赤黒い暗雲が覆っていく。
あの中へ、彼らは放り出されるのだ。
私がいれば、決して起こらなかったはずの悲劇の舞台へ。
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