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第9話:皇妃の戴冠と断絶の儀
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帝国の至宝、白金の神殿。
私は今、眩いほどの純白のドレスに身を包み、大祭壇の前に立っていた。
隣には、漆黒の礼装を纏ったリュードヴィヒ陛下。彼は大勢の参列者が見守る中、私の手を力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細さで握りしめている。
「これより、エルゼ・フォン・バウムの魂を帝国の神籍に刻む。何人たりとも、この絆を裂くことは許されない」
神官の声が響き渡る。
私が「誓います」と言葉を発した瞬間、私の背中から、今までとは比べ物にならないほど巨大な光の翼が溢れ出した。
祖国では「呪い」や「微々たる力」と蔑まれていた私の魔力。
それは、帝国の清浄な空気と、陛下の深い愛という魔力供給を得て、真の姿を現したのだ。
神殿全体が黄金の光に包まれ、参列した貴族や民衆からは、感極まったような地響きのような歓声が上がった。
「見てくれ、私たちの真の聖女だ!」
「陛下が守り抜いた、奇跡の光だ!」
その光景を、私は誇らしく見つめた。
誰かのために身を削るのではない。私の幸せが、そのまま国を照らす光になる。これこそが、私が求めていた聖女のあり方だった。
その時、神殿の入り口から、惨めな叫び声が聞こえてきた。
「待ってくれ! その儀式を止めてくれ! エルゼ、行かないでくれ!」
現れたのは、ボロボロの姿で兵士に引きずられながら、無理やり神殿に押し入ろうとするカイル殿下だった。
彼は祖国の滅亡を食い止めるため、最後の望みを賭けて、禁じられている「他国の神事への乱入」を犯したのだ。
だが、リュードヴィヒ陛下は、振り向くことさえしなかった。
陛下は私の腰を引き寄せると、広間全体に響く冷徹な声で告げた。
「遅かったな、亡国の王子。たった今、彼女は帝国の皇妃となった。……彼女の魔力は一滴たりとも、貴様らの不潔な大地に流れることはない」
「リュードヴィヒ陛下! せめて、せめて雨を……! 彼女の力で、我が国に恵みの雨を降らせてくれ! 国民が死んでいくんだ!」
カイル殿下が床に額を擦り付け、涙と鼻水にまみれて絶叫する。
かつて私を「食事をやる価値もない」と罵った口で、今度は恵みを乞うている。
私は一歩、前へ出た。
陛下の腕をそっと離し、床に這いつくばるカイル殿下を冷たく見下ろす。
「カイル様。私は、あなたが仰った言葉を一度も忘れたことはありません」
「エ、エルゼ……?」
「『二度とその汚い顔を見せるな』。……その言葉、そのままお返しいたします。あなたの国の滅亡は、私の呪いではなく、あなたの選んだ『選択』の結果です」
私が静かに手を振ると、神殿の重厚な扉が魔法の力で閉ざされていく。
閉まる扉の隙間から見えたカイル殿下の絶望に満ちた顔。それが、私が見た彼の最後の姿となった。
扉が完全に閉まると、リュードヴィヒ陛下が私の肩を抱き寄せた。
「よく言った。……さあ、エルゼ。あのような不快な存在は忘れろ。今夜は君のために、帝国最高の宴を用意してある」
彼の指先が、私の顎を優しく上向かせる。
そこにあるのは、冷徹な皇帝の顔ではなく、愛する女を手に入れた一人の男の、狂おしいほどに甘い微笑みだった。
私は今、眩いほどの純白のドレスに身を包み、大祭壇の前に立っていた。
隣には、漆黒の礼装を纏ったリュードヴィヒ陛下。彼は大勢の参列者が見守る中、私の手を力強く、けれど壊れ物を扱うような繊細さで握りしめている。
「これより、エルゼ・フォン・バウムの魂を帝国の神籍に刻む。何人たりとも、この絆を裂くことは許されない」
神官の声が響き渡る。
私が「誓います」と言葉を発した瞬間、私の背中から、今までとは比べ物にならないほど巨大な光の翼が溢れ出した。
祖国では「呪い」や「微々たる力」と蔑まれていた私の魔力。
それは、帝国の清浄な空気と、陛下の深い愛という魔力供給を得て、真の姿を現したのだ。
神殿全体が黄金の光に包まれ、参列した貴族や民衆からは、感極まったような地響きのような歓声が上がった。
「見てくれ、私たちの真の聖女だ!」
「陛下が守り抜いた、奇跡の光だ!」
その光景を、私は誇らしく見つめた。
誰かのために身を削るのではない。私の幸せが、そのまま国を照らす光になる。これこそが、私が求めていた聖女のあり方だった。
その時、神殿の入り口から、惨めな叫び声が聞こえてきた。
「待ってくれ! その儀式を止めてくれ! エルゼ、行かないでくれ!」
現れたのは、ボロボロの姿で兵士に引きずられながら、無理やり神殿に押し入ろうとするカイル殿下だった。
彼は祖国の滅亡を食い止めるため、最後の望みを賭けて、禁じられている「他国の神事への乱入」を犯したのだ。
だが、リュードヴィヒ陛下は、振り向くことさえしなかった。
陛下は私の腰を引き寄せると、広間全体に響く冷徹な声で告げた。
「遅かったな、亡国の王子。たった今、彼女は帝国の皇妃となった。……彼女の魔力は一滴たりとも、貴様らの不潔な大地に流れることはない」
「リュードヴィヒ陛下! せめて、せめて雨を……! 彼女の力で、我が国に恵みの雨を降らせてくれ! 国民が死んでいくんだ!」
カイル殿下が床に額を擦り付け、涙と鼻水にまみれて絶叫する。
かつて私を「食事をやる価値もない」と罵った口で、今度は恵みを乞うている。
私は一歩、前へ出た。
陛下の腕をそっと離し、床に這いつくばるカイル殿下を冷たく見下ろす。
「カイル様。私は、あなたが仰った言葉を一度も忘れたことはありません」
「エ、エルゼ……?」
「『二度とその汚い顔を見せるな』。……その言葉、そのままお返しいたします。あなたの国の滅亡は、私の呪いではなく、あなたの選んだ『選択』の結果です」
私が静かに手を振ると、神殿の重厚な扉が魔法の力で閉ざされていく。
閉まる扉の隙間から見えたカイル殿下の絶望に満ちた顔。それが、私が見た彼の最後の姿となった。
扉が完全に閉まると、リュードヴィヒ陛下が私の肩を抱き寄せた。
「よく言った。……さあ、エルゼ。あのような不快な存在は忘れろ。今夜は君のために、帝国最高の宴を用意してある」
彼の指先が、私の顎を優しく上向かせる。
そこにあるのは、冷徹な皇帝の顔ではなく、愛する女を手に入れた一人の男の、狂おしいほどに甘い微笑みだった。
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