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第10話:氷の皇帝の執着と終焉
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戴冠式の熱気が冷めやらぬ夜。
私は帝国の王城、その最上階にある陛下の私室へと案内された。
そこは、選ばれた者しか入ることを許されない、皇帝の絶対的な聖域。
「……陛下、まだ、胸が少し高鳴っています」
窓から見える王都の灯りは、私の魔力に呼応するように一層輝きを増している。
背後で扉が重厚な音を立てて閉まり、カチリと鍵がかかる音が響いた。
振り返ると、そこには昼間の冷徹な皇帝の仮面を脱ぎ捨てた、リュードヴィヒ陛下が立っていた。
「エルゼ。ようやく……ようやく、誰にも邪魔されない場所で君を独り占めできる」
彼は迷いのない足取りで私に近づくと、その逞しい腕で私の体を強く、折れそうなほど抱きしめた。
首筋に押し当てられた彼の吐息が、熱い。
「怖かったのだ、エルゼ。君があの愚か者たちの元に戻ると言い出すのではないかと。君が自分の価値に気づき、私の元から飛び去ってしまうのではないかと」
「……そんなこと、あるはずありません。私を救ってくれたのは、陛下だけです」
私の言葉を聞いた瞬間、陛下の手に一層力がこもる。
彼は私の髪を愛おしそうに何度もなで、耳元で低く、けれど逃れられないほど深く囁いた。
「君を離さない。もし君が去ろうとするなら、私はこの国を、世界を焼き尽くしてでも君を閉じ込めるだろう。……覚悟はできているか? 君はもう、私の腕の中から一歩も出ることはできないのだぞ」
それは愛というにはあまりに重く、執着というにはあまりに純粋な言葉だった。
けれど、誰からも必要とされず、使い捨ての道具として扱われてきた私にとって、その「逃げられない愛」こそが何よりの救いだった。
「はい、陛下。……いえ、リュードヴィヒ様。私を、あなたの愛で縛り付けてください」
私は自ら彼の首に腕を回し、唇を寄せた。
重なる熱の中で、かつての絶望は完全に灰となり、私の中に新しい命の灯が宿っていく。
◆
一方で、帝国との国境近く。
放り出されたカイルとミナは、すでに人間としての尊厳をすべて失っていた。
帝国が施した「魔除けの加護」は、彼らがバウム王国の国境を跨いだ瞬間に、静かに消失した。
「……あ、ああっ! 嫌! 誰か助けて!」
ミナが叫んだ瞬間、周囲の暗闇から赤く光る無数の目が浮かび上がった。
守護結界のない祖国。そこは今や、魔物たちの格好の餌場となっていた。
カイルは腰を抜かし、泥の中で無様に震えることしかできない。
かつて自分が「無能」と切り捨てた聖女が、今この瞬間、隣国の皇帝に抱かれ、世界で最も幸せな微笑みを浮かべていることなど、知る由もなかった。
翌朝、バウム王国の滅亡が大陸中に報じられた。
けれど、帝国の皇妃となった私の元には、その報せさえ届くことはなかった。
ただ、愛する夫の腕の中で、光り輝く新しい朝を迎えるだけだった。
私は帝国の王城、その最上階にある陛下の私室へと案内された。
そこは、選ばれた者しか入ることを許されない、皇帝の絶対的な聖域。
「……陛下、まだ、胸が少し高鳴っています」
窓から見える王都の灯りは、私の魔力に呼応するように一層輝きを増している。
背後で扉が重厚な音を立てて閉まり、カチリと鍵がかかる音が響いた。
振り返ると、そこには昼間の冷徹な皇帝の仮面を脱ぎ捨てた、リュードヴィヒ陛下が立っていた。
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彼は迷いのない足取りで私に近づくと、その逞しい腕で私の体を強く、折れそうなほど抱きしめた。
首筋に押し当てられた彼の吐息が、熱い。
「怖かったのだ、エルゼ。君があの愚か者たちの元に戻ると言い出すのではないかと。君が自分の価値に気づき、私の元から飛び去ってしまうのではないかと」
「……そんなこと、あるはずありません。私を救ってくれたのは、陛下だけです」
私の言葉を聞いた瞬間、陛下の手に一層力がこもる。
彼は私の髪を愛おしそうに何度もなで、耳元で低く、けれど逃れられないほど深く囁いた。
「君を離さない。もし君が去ろうとするなら、私はこの国を、世界を焼き尽くしてでも君を閉じ込めるだろう。……覚悟はできているか? 君はもう、私の腕の中から一歩も出ることはできないのだぞ」
それは愛というにはあまりに重く、執着というにはあまりに純粋な言葉だった。
けれど、誰からも必要とされず、使い捨ての道具として扱われてきた私にとって、その「逃げられない愛」こそが何よりの救いだった。
「はい、陛下。……いえ、リュードヴィヒ様。私を、あなたの愛で縛り付けてください」
私は自ら彼の首に腕を回し、唇を寄せた。
重なる熱の中で、かつての絶望は完全に灰となり、私の中に新しい命の灯が宿っていく。
◆
一方で、帝国との国境近く。
放り出されたカイルとミナは、すでに人間としての尊厳をすべて失っていた。
帝国が施した「魔除けの加護」は、彼らがバウム王国の国境を跨いだ瞬間に、静かに消失した。
「……あ、ああっ! 嫌! 誰か助けて!」
ミナが叫んだ瞬間、周囲の暗闇から赤く光る無数の目が浮かび上がった。
守護結界のない祖国。そこは今や、魔物たちの格好の餌場となっていた。
カイルは腰を抜かし、泥の中で無様に震えることしかできない。
かつて自分が「無能」と切り捨てた聖女が、今この瞬間、隣国の皇帝に抱かれ、世界で最も幸せな微笑みを浮かべていることなど、知る由もなかった。
翌朝、バウム王国の滅亡が大陸中に報じられた。
けれど、帝国の皇妃となった私の元には、その報せさえ届くことはなかった。
ただ、愛する夫の腕の中で、光り輝く新しい朝を迎えるだけだった。
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