虐げられた聖女が魔力を引き揚げて隣国へ渡った結果、祖国が完全に詰んだ件について~冷徹皇帝陛下は私を甘やかすのに忙しいそうです~

日々埋没。

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​第11話:帝国の花嫁は、まだ何も知らない

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 バウム王国の滅亡が公に報じられる直前。
 帝国では、私のためだけに用意されたという「空中庭園」のお披露目が行われていた。

​「エルゼ。足元に気をつけろ」

​ リュードヴィヒ陛下が、私の腰を支えるようにしてエスコートしてくれる。
 庭園に足を踏み入れた瞬間、私は言葉を失った。そこには、私の故郷でさえ見たことのないような、色鮮やかで魔力の結晶のような花々が咲き乱れていた。
 
「これ……すべて、陛下が?」
​「ああ。君がバウムで管理していた庭園は、ひどく荒れていたと聞いた。これからは、この庭すべてが君のものだ。好きなだけ、君の魔力で愛でてやってほしい」

​ 陛下の言葉は甘い。けれど、その瞳には時折、私さえも震え上がるような昏い執着が混じる。
 彼は私が庭園の花に触れるたび、まるでその花にさえ嫉妬しているかのように、私の指先を奪い取って口づけるのだ。

​「……陛下、少し、過保護すぎませんか?」
​「足りないくらいだ。君がこれまで奪われてきたものを考えれば、一生をかけても返しきれない。……それとも、窮屈か?」

​ 彼は私の肩に顔を埋め、深く香りを吸い込んだ。
 逃がさない。そう全身で言われているような感覚。
 けれど、その「重さ」こそが、今の私には心地よかった。
​ その頃、帝国との国境付近に、一人の男が辿り着いていた。
 カイル殿下の側近でありながら、最後まで彼を諫めようとして投獄されていた若き騎士、レナートだ。
 彼はボロボロの体で、帝国の関門を叩いた。

​「お願いだ……エルゼ様に、エルゼ様にだけは伝えてくれ! ミナ様が、ミナ様が禁忌の魔法に手を染めた! あの女は、自分の命と引き換えに、帝国ごとエルゼ様を呪うつもりだ!」

​ ミナ。
 彼女は自分からすべてが失われた原因が、自分の強欲ではなく「エルゼが奪い返したせいだ」と、完全に狂気に陥っていた。
 彼女が国境付近の古い神殿で見つけ出したのは、かつて大陸を闇に陥れたとされる「吸魔の儀式」の残骸。
​ 彼女は自分の魂を悪魔に売り、最後の一滴まで私を追い詰めるつもりだった。 
 幸せの絶頂にいる私の耳に、その不穏な報せが届くのは、それから数時間後のことだった。

​「……私の、せいで?」

​ 報告を聞いた私の体が、わずかに震える。
 その震えを止めたのは、リュードヴィヒ陛下の冷徹で、けれど圧倒的な自信に満ちた声だった。

​「気にするな、エルゼ。……その『女』が何を企もうと、私の前では羽虫の羽ばたきにも等しい。……むしろ、ちょうどいい。君を不安にさせた罪、その身に刻ませてやろう」
​ 陛下の瞳が、紅く燃え上がる。
 本当の断罪劇の最終章。
 それは、ただ国が滅びるだけではない。ヒロインに仇なす者が、その魂の底から絶望するまで終わらないのだ。
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