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43 カーライルの過ち
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「くそっ、くそっ、くそっ!」
王太子であるカーライルは、閉じ込められた部屋の中で、手当たり次第に物へと当たり散らしていた。
なんで俺が謹慎なんてされなきゃならない? 悪いのは訓練に来なかったレスターの奴なのに!
問題行動を起こした事件の前日──カーライルは予定通りユリアのハンカチを手に入れたものの、待てど暮らせど現れるはずのユリアに会うことはできず、そのせいで大事な小テストの点数を取りこぼした。それがとても腹立たしく、ユリアの婚約者であるレスターを叩きのめすことで憂さを晴らしてやろうと、あの日の放課後、訓練場へと向かったのだが。
今度はそこに、レスターの姿がなかった。
委員会か何かで遅刻しているだけかと思い、暫く待ったが現れず、いい加減待ちくたびれた頃に、パルマークと連れ立って帰って行ったと部下に報告を受けたのだ。
それを聞いた時、怒りのあまりカーライルは、血管がぶち切れそうになった。
だから部下に、声を荒げて言ったのだ。
「主人である私の許しも得ずに勝手な判断で訓練を休むなど、到底許されることではない!」
レスターの代わりに怒鳴りつけられた部下は怯え、次の日の早朝に一人で訓練場へと来るようにレスターへ言伝しろと指示を出すと、脱兎の如く逃げて行った。
そんな部下の様子に僅かながら溜飲が下がる気もしたが、レスター本人を叩きのめすまでは治まらないと、カーライルは苛々しながら次の日を待ったのだ。
そうして迎えた明くる日の早朝、言われた通りにノコノコやって来たレスターに、カーライルは開口一番、こう告げた。
「お前の婚約者であるユリアは、王太子であるこの私が貰い受ける。だからお前はサッサと手を引け!」
と──。
そこでレスターが素直に身を引いたなら、あそこまで酷い仕打ちをすることはなかっただろう──というのは建前で、レスターがなんと返事をしようとも、カーライルはレスターを完膚なきまでに叩きのめすつもり満々だった。
何せレスターは小説内で、一途に自分を想い続けてくれたユリアを手酷く振った悪党だ。そんな奴、生かしておく価値はない。だったら小説の内容通り、王太子である自分が殺してやるのが筋だろうと思ったのだ。
そんな考えのもと、動揺も露わなレスターに、カーライルは問答無用で最初の一撃を振り下ろした! が──。
「カーライル様! いきなり何をされるんですか⁉︎」
忌々しいことにレスターは、間一髪のところで攻撃を避けたのだ。
ただ黙ってやられれば良いのに、避けるなんて言語道断。やはりこいつは殺さなければと、カーライルの中の殺意が燃え上がる。
「いきなりも何も……お前は大人しく俺にやられればいいんだ!」
大声で叫び、カーライルは再びレスターへと剣を振り下ろしたが、今度は、ガツン! と大きな音を立てて、模造剣同士がぶつかりあった。
思うようにレスターへと攻撃が当てられず、カーライルはチッと舌打ちをする。
「俺の攻撃を防ぐな! 不敬だぞ!」
「そんな……」
怒りのままに声を荒げれば、レスターの顔色が目に見えて悪くなった。しかしカーライルは王太子であるために、そんな無茶すら罷り通ってしまう。
「俺はこの国の王太子だぞ! 家を潰されたくなくば……黙って俺の攻撃を受けろ!」
そう言って振りかぶった攻撃は──今度こそ、避けられなかった。
ガン! と大きな音がして、勢いよく肩に模造剣を叩きつけられたレスターが、苦痛の声を漏らして膝をつく。
だがこれで終わりではない。寧ろここからが本番だ。
昨日憂さを晴らせなかった苛立ちも込めて、気が済むまでやってやる。
レスターの抵抗を封じ込めたことで調子に乗ったカーライルは、それから己の気が済むまで、レスターの全身を模造剣で殴り続けた。
「お前……まだユリアと婚約破棄してないんだってな? さっさと破棄しろよ。後がつかえているんだぞ!」
既にレスターの意識はないというのに、カーライルは自分の言いたいことを言いながら、まだ気が済まない、もっともっとという気持ちでレスターを殴り続ける。
なんて楽しいんだろう、王太子は最高だ──などと、カーライルが若干悦に入りかけた時、不意に何者かが彼とレスターとの間に入り込んできた。
「……誰だ⁉︎」
手を止めて見れば、それはもう一人の側近候補であるパルマークで。
まずい……パルマークはレスターと違い、王家の監視がついている。このままパルマークにまで攻撃を加えれば、監視役によって国王へと報告されてしまうかもしれない。
ほんの数瞬の間にそう考えたカーライルは、監視役にわざと聞かせるように大声を張り上げた。
「パルマーク、お前にもこの私が直々に稽古をつけてやろう!」
言うが早いか、パルマークにも容赦なく模擬剣を振り下ろす。
カーライルは、自分がレスターに対してしていた無体を、稽古のためと言って誤魔化そうと企てたのだ。王家の監視がパルマークではなく、本当はレスターについていることなど、知らないために。
「馬鹿が……。レスターなんて放っておけば、こんな目に遭わずにすんだというのに」
自らの大きな身体でレスターを庇うようにするパルマークに、カーライルは模擬剣を叩きつけながらポツリとそう呟いた。
そして、監視の見ている前でこれ以上やるのはヤバいと考え、パルマークをこの場から去らせるべく、口を開いたのだが──。
カーライルの手が止まったその一瞬の隙をつき、パルマークはもの凄い速さで逃げ出した。おそらく、攻撃を受けている最中も、さり気にレスターの身体を抱え、逃げる機会をずっと窺っていたのだろう。
あまりにも迅速な行動に、カーライルはポカンと口を開けることしかできなかった。
「くそっ、くそーーーーっ!」
レスターもパルマークも許せない。二人は自分の側近候補であるのに、何故言うことを聞かないのか。
そもそもパルマークなんて名前のキャラなど、小説内にはいなかったはずなのに。
「謹慎が解けたら……覚えてろよ」
口角を上げ、歪な笑みを浮かべるカーライル。
しかし彼は、既に自分が取り返しのつかない過ちを犯したのだということに、気づいてすらいなかった。
王太子であるカーライルは、閉じ込められた部屋の中で、手当たり次第に物へと当たり散らしていた。
なんで俺が謹慎なんてされなきゃならない? 悪いのは訓練に来なかったレスターの奴なのに!
問題行動を起こした事件の前日──カーライルは予定通りユリアのハンカチを手に入れたものの、待てど暮らせど現れるはずのユリアに会うことはできず、そのせいで大事な小テストの点数を取りこぼした。それがとても腹立たしく、ユリアの婚約者であるレスターを叩きのめすことで憂さを晴らしてやろうと、あの日の放課後、訓練場へと向かったのだが。
今度はそこに、レスターの姿がなかった。
委員会か何かで遅刻しているだけかと思い、暫く待ったが現れず、いい加減待ちくたびれた頃に、パルマークと連れ立って帰って行ったと部下に報告を受けたのだ。
それを聞いた時、怒りのあまりカーライルは、血管がぶち切れそうになった。
だから部下に、声を荒げて言ったのだ。
「主人である私の許しも得ずに勝手な判断で訓練を休むなど、到底許されることではない!」
レスターの代わりに怒鳴りつけられた部下は怯え、次の日の早朝に一人で訓練場へと来るようにレスターへ言伝しろと指示を出すと、脱兎の如く逃げて行った。
そんな部下の様子に僅かながら溜飲が下がる気もしたが、レスター本人を叩きのめすまでは治まらないと、カーライルは苛々しながら次の日を待ったのだ。
そうして迎えた明くる日の早朝、言われた通りにノコノコやって来たレスターに、カーライルは開口一番、こう告げた。
「お前の婚約者であるユリアは、王太子であるこの私が貰い受ける。だからお前はサッサと手を引け!」
と──。
そこでレスターが素直に身を引いたなら、あそこまで酷い仕打ちをすることはなかっただろう──というのは建前で、レスターがなんと返事をしようとも、カーライルはレスターを完膚なきまでに叩きのめすつもり満々だった。
何せレスターは小説内で、一途に自分を想い続けてくれたユリアを手酷く振った悪党だ。そんな奴、生かしておく価値はない。だったら小説の内容通り、王太子である自分が殺してやるのが筋だろうと思ったのだ。
そんな考えのもと、動揺も露わなレスターに、カーライルは問答無用で最初の一撃を振り下ろした! が──。
「カーライル様! いきなり何をされるんですか⁉︎」
忌々しいことにレスターは、間一髪のところで攻撃を避けたのだ。
ただ黙ってやられれば良いのに、避けるなんて言語道断。やはりこいつは殺さなければと、カーライルの中の殺意が燃え上がる。
「いきなりも何も……お前は大人しく俺にやられればいいんだ!」
大声で叫び、カーライルは再びレスターへと剣を振り下ろしたが、今度は、ガツン! と大きな音を立てて、模造剣同士がぶつかりあった。
思うようにレスターへと攻撃が当てられず、カーライルはチッと舌打ちをする。
「俺の攻撃を防ぐな! 不敬だぞ!」
「そんな……」
怒りのままに声を荒げれば、レスターの顔色が目に見えて悪くなった。しかしカーライルは王太子であるために、そんな無茶すら罷り通ってしまう。
「俺はこの国の王太子だぞ! 家を潰されたくなくば……黙って俺の攻撃を受けろ!」
そう言って振りかぶった攻撃は──今度こそ、避けられなかった。
ガン! と大きな音がして、勢いよく肩に模造剣を叩きつけられたレスターが、苦痛の声を漏らして膝をつく。
だがこれで終わりではない。寧ろここからが本番だ。
昨日憂さを晴らせなかった苛立ちも込めて、気が済むまでやってやる。
レスターの抵抗を封じ込めたことで調子に乗ったカーライルは、それから己の気が済むまで、レスターの全身を模造剣で殴り続けた。
「お前……まだユリアと婚約破棄してないんだってな? さっさと破棄しろよ。後がつかえているんだぞ!」
既にレスターの意識はないというのに、カーライルは自分の言いたいことを言いながら、まだ気が済まない、もっともっとという気持ちでレスターを殴り続ける。
なんて楽しいんだろう、王太子は最高だ──などと、カーライルが若干悦に入りかけた時、不意に何者かが彼とレスターとの間に入り込んできた。
「……誰だ⁉︎」
手を止めて見れば、それはもう一人の側近候補であるパルマークで。
まずい……パルマークはレスターと違い、王家の監視がついている。このままパルマークにまで攻撃を加えれば、監視役によって国王へと報告されてしまうかもしれない。
ほんの数瞬の間にそう考えたカーライルは、監視役にわざと聞かせるように大声を張り上げた。
「パルマーク、お前にもこの私が直々に稽古をつけてやろう!」
言うが早いか、パルマークにも容赦なく模擬剣を振り下ろす。
カーライルは、自分がレスターに対してしていた無体を、稽古のためと言って誤魔化そうと企てたのだ。王家の監視がパルマークではなく、本当はレスターについていることなど、知らないために。
「馬鹿が……。レスターなんて放っておけば、こんな目に遭わずにすんだというのに」
自らの大きな身体でレスターを庇うようにするパルマークに、カーライルは模擬剣を叩きつけながらポツリとそう呟いた。
そして、監視の見ている前でこれ以上やるのはヤバいと考え、パルマークをこの場から去らせるべく、口を開いたのだが──。
カーライルの手が止まったその一瞬の隙をつき、パルマークはもの凄い速さで逃げ出した。おそらく、攻撃を受けている最中も、さり気にレスターの身体を抱え、逃げる機会をずっと窺っていたのだろう。
あまりにも迅速な行動に、カーライルはポカンと口を開けることしかできなかった。
「くそっ、くそーーーーっ!」
レスターもパルマークも許せない。二人は自分の側近候補であるのに、何故言うことを聞かないのか。
そもそもパルマークなんて名前のキャラなど、小説内にはいなかったはずなのに。
「謹慎が解けたら……覚えてろよ」
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しかし彼は、既に自分が取り返しのつかない過ちを犯したのだということに、気づいてすらいなかった。
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