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44 決定事項
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「……なるほど、あの時の話は大体分かった。あとはパルマークの奴の話と合わせると……うん、いけそうだな」
レスターが大怪我を負った事件の話を聞いた後、ぶつぶつと一人呟くフェルに、私とミーティアは思わず顔を見合わせた。
「いけそうって……何が?」
ミーティアに聞かれるも、私に分かるわけがない。フェルはいつだって此方の話を聞くばかりで、彼の方から自分のことを話してくれることは稀なのだから。
フェルは人から情報を引き出すのが上手いと言うか……押しが強すぎて根負けするというか……悔しいことに、気付けばいつも私は彼の知りたいことを喋らされてしまっている。それはミーティアも同様のようで、何度かフェルに詰め寄られ、押し切られる形で渋々喋らされているのを目にしたことがあるから、きっと誰についてもそうなのだろう。
最初はただ押しの強い面倒な人としか思っていなかったけれど、気付けば彼は頼れる私の味方となっている。
けれど同時に、秘密主義なことも分かっているので、私は特に聞き返そうとは思わない。
「何がいけそうかは私にも分からないけど……フェルの言うことだし、多分大丈夫なんじゃない?」
肩を竦めて見せながらミーティアに言い、そんなことより私はパルマーク様を呼び捨てにしたことの方に驚いた──と付け足すと、ミーティアは「確かに!」と言って同意してくれた。
いくらフェルがオリエル公爵家の令息とはいえ、他の貴族家の令息を勝手に呼び捨てにするなど、許されることではないと思う。それなのに、実際この場にパルマーク様がいるわけではないし、フェルだから仕方ないという思考になってしまうのは、彼の普段からの乱暴な言葉遣いのせいなのか。
「よしっ! んじゃ俺は、ちょっとやることができたから……とと、その前に」
サッと立ち上がり、応接室から出ていきかけたフェルは──何故かもう一度座り直す。
「どうかした?」
不思議に思って首を傾げると、彼にしては珍しく言いづらそうに視線を彷徨わせた後、意を決したかのように口を開いた。
「その……事件の話をそれだけしっかりすることが出来たってんなら、当然ながら婚約破棄の話もしたんだよな? と思ってさ……」
「ちょっとフェル! 今日はそれについては聞かないって約束でしょ⁉︎」
すぐさまミーティアが突っ込むも、
「いや、だって気になるだろ? ユリアの性格だったら、大怪我をした婚約者を切り捨てるなんてこと出来ないだろうし。下手したら同情で婚約継続……なんてこともありそうだからさ、ここはやっぱり聞いておかないと、と思って」
言い訳するかのように言ったフェルに、ミーティアはハッとしたかのように私を見ると、顎に手を当てて難しい顔で頷いた。
「確かにそれはそうね……」
それに慌てたのは私だ。
「待ってよ二人とも。いくらなんでもそんなことしないわよ。レスターとの婚約破棄は既に私の中では決定事項だし、何があってもそれを撤回するつもりはないの」
「え、そうなの⁉︎」
心底意外だった、という表情で、二人が私を見つめてくる。
確かに私はレスターのことが好きだった──今もその気持ちがなくなったわけではないけど──し、大怪我を負った彼に同情しないわけではないけれど、婚約者である私を遠ざけてまで人脈を形成しようとした彼の気持ちが、どうしても理解できなかったのだ。
これがまだ、令嬢、令息問わずにレスターが学園内で人脈を広げていたなら、もう少しぐらい考える余地はあったかもしれない。レスターは本当に人脈のためだけに私と一時的に距離をおいたのだと、信じることもできただろう。
でも実際はそうじゃなかった。
レスターの言っていたこと、全部が嘘だったわけではないし、真実だって勿論あった。
ただ圧倒的に嘘が多かったというだけで。
全部話してくれたら良かった。一人で抱え込まず、相談してくれれば良かった。
そうしたらまだ、他の解決方法があったかもしれない。
けれど彼は、私に何も言ってはくれなかった。私の気持ちは置き去りにして、自分の考えだけでいっぱいいっぱいで──。
そんな人と結婚して、私は幸せになれるだろうか?
そう考えた時、答えは『否』だった。
いくら私を守るためだったとはいえ、理由も告げず勝手に距離を置き、代わりに不特定多数の令嬢達を周囲に侍らせるような男など、この先どうやったら信じられるというのだろうか。
彼の言ったことが真実であったかどうかなんて、私にはどうやったって知りようがないのに。
「レスターを好きでいるの……もう、疲れちゃった……」
呟くように言うと、二人の顔が切な気に歪んだ。
レスターが大怪我を負った事件の話を聞いた後、ぶつぶつと一人呟くフェルに、私とミーティアは思わず顔を見合わせた。
「いけそうって……何が?」
ミーティアに聞かれるも、私に分かるわけがない。フェルはいつだって此方の話を聞くばかりで、彼の方から自分のことを話してくれることは稀なのだから。
フェルは人から情報を引き出すのが上手いと言うか……押しが強すぎて根負けするというか……悔しいことに、気付けばいつも私は彼の知りたいことを喋らされてしまっている。それはミーティアも同様のようで、何度かフェルに詰め寄られ、押し切られる形で渋々喋らされているのを目にしたことがあるから、きっと誰についてもそうなのだろう。
最初はただ押しの強い面倒な人としか思っていなかったけれど、気付けば彼は頼れる私の味方となっている。
けれど同時に、秘密主義なことも分かっているので、私は特に聞き返そうとは思わない。
「何がいけそうかは私にも分からないけど……フェルの言うことだし、多分大丈夫なんじゃない?」
肩を竦めて見せながらミーティアに言い、そんなことより私はパルマーク様を呼び捨てにしたことの方に驚いた──と付け足すと、ミーティアは「確かに!」と言って同意してくれた。
いくらフェルがオリエル公爵家の令息とはいえ、他の貴族家の令息を勝手に呼び捨てにするなど、許されることではないと思う。それなのに、実際この場にパルマーク様がいるわけではないし、フェルだから仕方ないという思考になってしまうのは、彼の普段からの乱暴な言葉遣いのせいなのか。
「よしっ! んじゃ俺は、ちょっとやることができたから……とと、その前に」
サッと立ち上がり、応接室から出ていきかけたフェルは──何故かもう一度座り直す。
「どうかした?」
不思議に思って首を傾げると、彼にしては珍しく言いづらそうに視線を彷徨わせた後、意を決したかのように口を開いた。
「その……事件の話をそれだけしっかりすることが出来たってんなら、当然ながら婚約破棄の話もしたんだよな? と思ってさ……」
「ちょっとフェル! 今日はそれについては聞かないって約束でしょ⁉︎」
すぐさまミーティアが突っ込むも、
「いや、だって気になるだろ? ユリアの性格だったら、大怪我をした婚約者を切り捨てるなんてこと出来ないだろうし。下手したら同情で婚約継続……なんてこともありそうだからさ、ここはやっぱり聞いておかないと、と思って」
言い訳するかのように言ったフェルに、ミーティアはハッとしたかのように私を見ると、顎に手を当てて難しい顔で頷いた。
「確かにそれはそうね……」
それに慌てたのは私だ。
「待ってよ二人とも。いくらなんでもそんなことしないわよ。レスターとの婚約破棄は既に私の中では決定事項だし、何があってもそれを撤回するつもりはないの」
「え、そうなの⁉︎」
心底意外だった、という表情で、二人が私を見つめてくる。
確かに私はレスターのことが好きだった──今もその気持ちがなくなったわけではないけど──し、大怪我を負った彼に同情しないわけではないけれど、婚約者である私を遠ざけてまで人脈を形成しようとした彼の気持ちが、どうしても理解できなかったのだ。
これがまだ、令嬢、令息問わずにレスターが学園内で人脈を広げていたなら、もう少しぐらい考える余地はあったかもしれない。レスターは本当に人脈のためだけに私と一時的に距離をおいたのだと、信じることもできただろう。
でも実際はそうじゃなかった。
レスターの言っていたこと、全部が嘘だったわけではないし、真実だって勿論あった。
ただ圧倒的に嘘が多かったというだけで。
全部話してくれたら良かった。一人で抱え込まず、相談してくれれば良かった。
そうしたらまだ、他の解決方法があったかもしれない。
けれど彼は、私に何も言ってはくれなかった。私の気持ちは置き去りにして、自分の考えだけでいっぱいいっぱいで──。
そんな人と結婚して、私は幸せになれるだろうか?
そう考えた時、答えは『否』だった。
いくら私を守るためだったとはいえ、理由も告げず勝手に距離を置き、代わりに不特定多数の令嬢達を周囲に侍らせるような男など、この先どうやったら信じられるというのだろうか。
彼の言ったことが真実であったかどうかなんて、私にはどうやったって知りようがないのに。
「レスターを好きでいるの……もう、疲れちゃった……」
呟くように言うと、二人の顔が切な気に歪んだ。
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