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57 相手の立場
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「それで……今後ユリアはどうするつもりなんだ? やっぱり僕とは婚約破棄して、次の相手を探すつもりなのか?」
縋るような目を私に向け、レスターが問いかけてくる。
学園で彼に酷い仕打ちを受けてから、私はずっとレスターと婚約破棄をしようと画策してきた。けれど、こうして本人から話を聞いてみると、私が色々と自分なりに考えていたのと同じように、彼は彼なりに悩み、考えていたことが分かって。
レスターと本当に婚約破棄してしまって良いの? それで私は本当に後悔しない?
その答えがすぐには出せず。
「正直……今はどうしたいのか分からないの。私はずっと自分の方が、貴方より辛い思いをしていると思っていたから……」
素直にそう口にした。
会うことも、話すことも、手紙でのやり取りさえもできず、辛いのは自分だけだと思っていた。歩み寄ろうとした自分を突っぱねたのはレスターの方なのだから、今更になって擦り寄って来ようだなんて、調子が良すぎる、とも。
だから王太子殿下との話を聞いても、特に同情する気なんて起きなかった。問答無用で私がレスターにされた仕打ちに比べれば、そのぐらい──足の怪我以外──何でもないと。
「結果として、今の貴方は私より不幸になってしまっているわけだけど……不幸だから寄り添う──というのは違う気がするし、何より私達は……特に貴方は言葉が足りなさすぎた。これが改善できるかどうか、それを私が信じられるかどうかが婚約を破棄するか継続するかの決め手になると私は思うわ」
今は、それしか言えなかった。
けれどそれが、一番大事なことでもあると思った。
私の言葉を聞いたレスターは、真摯な面持ちで頷く。
「うん……そうだな。確かに僕は言葉が足りなかったと思う。ユリアなら、言わずとも分かってくれると思い込んで……君を、君の気持ちを蔑ろにした。ごめん……ユリア、本当に……」
「もう謝らないで。分かってくれたのなら、それで良いわ」
何度謝罪されたところで過去は無かったことにならないし、もう一度レスターを信じられるようになるのかは分からない。
だから今は私に謝罪をすることよりも、今を含めた今後に目を向けてほしい。
「ただ……一つだけ分かっておいて欲しいことがあるの。それは、私の気持ちが限りなく婚約破棄の方向へと傾いているのだということよ」
「ユリア、それは……」
「いくら私のためであったとはいえ、私に冷たくする反面、他の令嬢達に優しく接する貴方の姿を見て、私は酷く傷付いたわ。せめてあの時……貴方が他の令嬢達に笑顔を向けることがなかったら、私は婚約破棄しようとまでは思わなかったかもしれない……」
そうだ。どんなに私のためといったところで、レスターが学園で他の令嬢達を周囲に侍らせ、笑顔を振り撒いていた事実は変わらない。
学園に入学したての頃こそレスターは令嬢達から逃げ回っていたけれど、日が経つごとに逃げることはなくなり、徐々に彼女達と過ごす時間が増えていった。もしそれがなければ、彼がずっと彼女達から逃げ続けようとしてくれていたのなら、私ももう少し彼の気持ちを信じることができたのかもしれないのに。
「令嬢達から逃げるのが面倒になったのか、囲まれることが日常で何とも思わなくなってしまったのか、私には知る術もなかったけれど。傍から見たら、日々令嬢達に囲まれている貴方の姿は、不誠実な婚約者でしかなかったわ」
そう言った瞬間、レスターは驚いたように、大きく目を見開いた。
まるで自分のその行為が、彼の考えとはまったく違う形で私に捉えられていたとでも言うかのように。
「ち、違う……僕は……」
緩く頭を振り、レスターは震える声で言葉を紡いだ。
「僕は……全然そんなつもりじゃなかった。徐々に令嬢達から逃げなくなったのは、日を追うごとに人数が増えていって、逃げられなくなったからで……。彼女達のことなんて、なんとも思っていなかった。寧ろ最近では、令息達との人脈作りの邪魔だとさえ思っていたんだ。本当だ……」
レスターが私に向かって手を伸ばすも、その手をとったのはパルマーク様だった。
「レスター、今それを言ったところで信じてもらえると思うか? もし逆の立場だったら、お前はそれを信じるか? こういう時は、自分の意見を言うことも大切だが、相手の立場になって考えてみることも必要だぞ」
それからパルマーク様は私の手も取ると、レスターの手の上にそっと重ね、ご自分の手で私達の手を上下から優しく包んだ。
「今日の話し合いはここまでにしよう。今日はお互い一人になってから、相手の言ったことを相手の立場になって考えてみると良い。時間はまだある。そう急ぐことはない」
その言葉に、私とレスターはまずパルマーク様を見つめ、その後お互いを見つめ合って、頷き合った。
私達二人だけでは、きっとこんな風にならなかっただろう。
パルマーク様が居てくれて、本当に良かった。
縋るような目を私に向け、レスターが問いかけてくる。
学園で彼に酷い仕打ちを受けてから、私はずっとレスターと婚約破棄をしようと画策してきた。けれど、こうして本人から話を聞いてみると、私が色々と自分なりに考えていたのと同じように、彼は彼なりに悩み、考えていたことが分かって。
レスターと本当に婚約破棄してしまって良いの? それで私は本当に後悔しない?
その答えがすぐには出せず。
「正直……今はどうしたいのか分からないの。私はずっと自分の方が、貴方より辛い思いをしていると思っていたから……」
素直にそう口にした。
会うことも、話すことも、手紙でのやり取りさえもできず、辛いのは自分だけだと思っていた。歩み寄ろうとした自分を突っぱねたのはレスターの方なのだから、今更になって擦り寄って来ようだなんて、調子が良すぎる、とも。
だから王太子殿下との話を聞いても、特に同情する気なんて起きなかった。問答無用で私がレスターにされた仕打ちに比べれば、そのぐらい──足の怪我以外──何でもないと。
「結果として、今の貴方は私より不幸になってしまっているわけだけど……不幸だから寄り添う──というのは違う気がするし、何より私達は……特に貴方は言葉が足りなさすぎた。これが改善できるかどうか、それを私が信じられるかどうかが婚約を破棄するか継続するかの決め手になると私は思うわ」
今は、それしか言えなかった。
けれどそれが、一番大事なことでもあると思った。
私の言葉を聞いたレスターは、真摯な面持ちで頷く。
「うん……そうだな。確かに僕は言葉が足りなかったと思う。ユリアなら、言わずとも分かってくれると思い込んで……君を、君の気持ちを蔑ろにした。ごめん……ユリア、本当に……」
「もう謝らないで。分かってくれたのなら、それで良いわ」
何度謝罪されたところで過去は無かったことにならないし、もう一度レスターを信じられるようになるのかは分からない。
だから今は私に謝罪をすることよりも、今を含めた今後に目を向けてほしい。
「ただ……一つだけ分かっておいて欲しいことがあるの。それは、私の気持ちが限りなく婚約破棄の方向へと傾いているのだということよ」
「ユリア、それは……」
「いくら私のためであったとはいえ、私に冷たくする反面、他の令嬢達に優しく接する貴方の姿を見て、私は酷く傷付いたわ。せめてあの時……貴方が他の令嬢達に笑顔を向けることがなかったら、私は婚約破棄しようとまでは思わなかったかもしれない……」
そうだ。どんなに私のためといったところで、レスターが学園で他の令嬢達を周囲に侍らせ、笑顔を振り撒いていた事実は変わらない。
学園に入学したての頃こそレスターは令嬢達から逃げ回っていたけれど、日が経つごとに逃げることはなくなり、徐々に彼女達と過ごす時間が増えていった。もしそれがなければ、彼がずっと彼女達から逃げ続けようとしてくれていたのなら、私ももう少し彼の気持ちを信じることができたのかもしれないのに。
「令嬢達から逃げるのが面倒になったのか、囲まれることが日常で何とも思わなくなってしまったのか、私には知る術もなかったけれど。傍から見たら、日々令嬢達に囲まれている貴方の姿は、不誠実な婚約者でしかなかったわ」
そう言った瞬間、レスターは驚いたように、大きく目を見開いた。
まるで自分のその行為が、彼の考えとはまったく違う形で私に捉えられていたとでも言うかのように。
「ち、違う……僕は……」
緩く頭を振り、レスターは震える声で言葉を紡いだ。
「僕は……全然そんなつもりじゃなかった。徐々に令嬢達から逃げなくなったのは、日を追うごとに人数が増えていって、逃げられなくなったからで……。彼女達のことなんて、なんとも思っていなかった。寧ろ最近では、令息達との人脈作りの邪魔だとさえ思っていたんだ。本当だ……」
レスターが私に向かって手を伸ばすも、その手をとったのはパルマーク様だった。
「レスター、今それを言ったところで信じてもらえると思うか? もし逆の立場だったら、お前はそれを信じるか? こういう時は、自分の意見を言うことも大切だが、相手の立場になって考えてみることも必要だぞ」
それからパルマーク様は私の手も取ると、レスターの手の上にそっと重ね、ご自分の手で私達の手を上下から優しく包んだ。
「今日の話し合いはここまでにしよう。今日はお互い一人になってから、相手の言ったことを相手の立場になって考えてみると良い。時間はまだある。そう急ぐことはない」
その言葉に、私とレスターはまずパルマーク様を見つめ、その後お互いを見つめ合って、頷き合った。
私達二人だけでは、きっとこんな風にならなかっただろう。
パルマーク様が居てくれて、本当に良かった。
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