【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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56 今と未来と

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「ユリ……ア?」

 レスターの部屋に入室すると、彼は私の姿を見た瞬間、驚きに大きく目を見開いた。

 それはそうだろう。私は過去今まで一度も着たことのない、メイド服の姿で彼の目の前に現れたのだから。

「ユリア……その格好は?」
「今日はミーティアが一緒じゃないから、醜聞を避けるため……と言えば分かってもらえるかしら?」

 聡いレスターのことだ。それだけ言えば通じると思って口にしたら、「ああ、そうか」とすぐに納得したように頷いてくれた。

「それで、あの……実は今日、貴方に大事な話があって……」

 先に他の話をしてしまえば、そっちの話に逃げたくなる。だから敢えて単刀直入に、私はその話を切り出した。

 これでもう逃げられない。誤魔化さず、レスターと真正面から話をしなければ。

 そう思いながら彼の顔を見つめると、レスターは悲し気な表情で微笑んだ。

「大事な話というのは……僕達の婚約破棄についてなのか?」
「え……どうして、それを?」

 つい肯定してしまい、私はハッとなって口を押さえる。けれど彼は「やっぱりそうなんだな……」と言って、話の続きを促してきた。

「僕ならもう大丈夫だ。冷静に話を聞くだけの落ち着きは取り戻している。だから君は、何も気にせず思ったことを素直に言ってくれれば良い」
「そ、そう……なの? 分かったわ……」

 レスター相手に、直接婚約破棄の話をするのは初めてだ。上手く伝わるように話さなければと、私は深呼吸して気持ちを落ち着ける。 

 冷静に、冷静に。ちゃんと分かりやすく、自分の気持ちを伝えるのよ。

 何度も自分に言い聞かせ、意を決して口を開く。

 そうして私はレスターに、最後のお茶会で距離を取ると言われて悲しかったこと、学園で『訳あり令嬢』と呼ばれて避けられていること、自分が近付けば冷たい瞳を向けられるのに、他の令嬢達には優しい笑顔を向けるレスターを見るのが辛かったことなど、学園生活の中で悲しかったことを、包み隠さず素直に話した。

「それに、お茶会や食事会は今まで通りで良いと言ってくれたのに、結局あれから一度も催されたことはなかったし、手紙だって『忙しい』と返事をくれたのは最初だけで、段々それすらもなくなって……こんな状態がいつまで続くのかと思ったら、貴方との婚約を破棄した方が良いんじゃないかと思って……っ」

 その時の切なさが心によみがえり、思わず泣きそうになって一旦そこで口を閉ざす。

 ここで泣くのは卑怯だと思ったから、俯いて誤魔化した。

「レスター……お前はどうだ?」

 俯いた私が涙を堪えているのを察したかのように、パルマーク様が代わりにレスターへと問い掛けてくれる。

 それに対し、レスターは暫く何かを考えているかのように黙り込んでいたけれど、沈黙が気になり、私がそっと顔を上げると、彼は布団の上の自分の両手を、ただじっと見つめていた。
 
「レスター……?」

 私がそっと名を呼ぶと、彼は自らの頭を両手で抱え込んだ。それから、懺悔するかのように、口から言葉を紡ぎ出す。

「知らなかった……僕は何も知らなかったんだ。唯一つだけ……ユリアを令嬢達の陰湿な虐めから守るためにしていたことが、ハーレムと勘違いされていることだけは父上に聞いて知っていたが。他は何も知らなかった。ユリアが不名誉なあだ名で呼ばれて避けられていることも、そこまで辛い思いをしていることも。手紙のことだってそうだ。カーライル様に課せられた課題を優先して、ユリアへの手紙の返事を後回しにした。ユリアとの未来のために、なんとしてもカーライル様の側近に選ばれなければと思っていたから」

 二人の未来のためにしていたつもりの行動が、結果、『今』の関係を壊すことになった。

「僕にはユリアとの未来しか見えていなかった。僕は本当にユリアのことしか考えていなかったんだ。それは嘘じゃない。まさかそのせいで、未来へ繋がる道が断たれるなんて、思いもしていなかったが──」

 頭を抱えたレスターが、そのまま布団に突っ伏す。

 そうしながら「ごめん……ユリアごめん……」と謝り続ける彼に、パルマーク様が諭すようにこう言った。

「レスター、お前が大事にすべきだったのは『未来』じゃなく、『今』だったんだ……」

 瞬間、弾かれたように顔を上げたレスターと、真正面から目が合った。

 泣きそうな私の顔を見て一瞬目を見張り、それから彼は悔し気に歯を食いしばる。

 レスターが何一つ嘘を吐いていないことは明らかだった。彼はただ、私との未来のために、王太子殿下に騙されているとも知らず、がむしゃらに頑張っていただけ。頑張って頑張って、でも言葉が足りず、私に説明する時間も足りず、誤解されて、運動機能も婚約者もなくすことになった、可哀想な人。

 比べて私はどうなんだろう?

 一方的に距離を取られ、学園で辛い思いをしているとはいっても、私にはフェルとミーティアがいてくれる。不名誉なあだ名のせいで次の婚約者探しには苦労するかもしれないけれど、それ以外には特にこれといった問題はない。

「僕がこうなったのは、自業自得だったのかもしれない。ユリアの気持ちも考えず、一人で悩んで勝手に結論を出して……そして、傷付けた。ユリアを守るつもりで傷付けたんじゃ……婚約破棄されても文句は言えないよな……」
「レスター! それは私だって……!」

 諦めたように言う彼に言い返そうとした私を、レスターは片手を突き出すことで制する。

 それから弱々しい笑みを浮かべると、更に言葉を継いだ。

「ユリアは僕に何度も手紙をくれたじゃないか。しかもそれだけじゃなく、僕に会って話がしたいと、邸に来てくれたことも何度かあったんだろう? それを全部無視したのは僕だ。滑稽だよな……王太子殿下の側近という確固した地位を手に入れられれば、それまでの全てが許されると思っていたんだから」

 自嘲を含んだ科白に、私とパルマーク様は何も言えなくなる。

 未来は確かに大事だ。目標を持つことは悪くないし、それを目指して努力することも大切だろう。

 けれどそのために、今を犠牲にして良いわけじゃない。私との未来だけを見据え、今現在のことに関しては、単なる通過点としか考えていなかったレスターは、間違っていたわけではないのかもしれないけれど、それでも私は、できれば今を大事にして欲しかった。

「そこまでして得ようとした未来が、こんなにも呆気なくなくなってしまうものだったなんて……皮肉だよな……」

 静寂に包まれた部屋の中で、レスターの声がやけに響いた。



 



 
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