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55 決意
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四人で話し合った次の日から、私達は早速三人──フェルは野暮用があるそうだ──、若しくは二人でレスターの所へ通い始めた。
初めて三人で顔を出した時、レスターは驚いた顔をしていたけれど、「人数が多い方が楽しいかなと思って……」と言うと、「そうだな」と微笑んで、歓迎してくれた。
ただ、全員同時に帰ろうとすると、若干私にだけ何かを言いた気にするのが気に掛かると言えば、気に掛かるけれど。そこで私だけ残ってしまうと、せっかく気を遣って一緒に来てくれているミーティアとパルマーク様の好意を無駄にしてしまうので、心を鬼にしてお暇している。
そして今日──とうとう私はパルマーク様と二人だけで、レスターの所へ行くことになった。
ミーティアに『どうしても外せない用事』ができてしまったらしく、泣きそうな顔で何度も「ごめんね」と謝られた。けれどミーティアが悪いわけではないし、私は笑顔で「また明日ね」と告げると、彼女と別れ、邸に帰ってすぐにメイド服へと身を包んだ。
──そう、メイド服だ。私とパルマーク様が二人だけでレスターのところへ行っても怪しまれない方法とは──私がメイドに扮し、パルマーク様に付き従う形で行く、というものだった。
年頃の男女二人が、たとえ他の令息の屋敷であるとはいえ、二人だけで──使用人は当然一緒にいるが──訪問するのは外聞が悪い。けれど女性の使用人を引き連れた令息一人ということならば、そういった問題はなくなる。
フェルがそう思い付いたことで、私とパルマーク様、どちらが使用人の振りをするか、ということになったのだけれど──体格の良すぎるパルマーク様が使用人に扮するのは無理があるということで、否応なく私がメイドの振りをすることになったのだ。
「ユリア嬢、申し訳ない。俺の身体がデカいばっかりに……」
と申し訳なさそうな顔でパルマーク様が謝ってくるも、私は微笑んで首を振る。
「気になさらないでください。こればかりは、どうしようもないことですもの」
「本当に、申し訳ない……」
パルマーク様はしゅんとしてしまっているけれど、私は彼が申し訳なく思うような嫌な気持ちになってはいない。
何故なら、こんな機会でもなければ、恐らく私がメイド服を着ることなんて、一生なかっただろうと思うから。
フェルがこの案を思い付いた時は、あまりにも悪い顔をしていたから、一体何をやらされるのかと寒気すら感じたけれど。
「フェルが思い付いたにしては、まともな方よね……」
いつも突拍子もないことを言ったりやったりするフェルは、考えや行動を読むことが本当に難しい。大抵の人は性格などである程度予測をたてられるのに、友人関係になってから数ヶ月経過した今になっても、彼は色々と謎のままだ。
「俺はまだ雇われて日が浅いので、そこまで色々と知っているわけではありませんが……あの方には、確かにオリエル公爵家の御令息だという資質を感じます」
「そうなんですか⁉︎ ……例えば、どういうところでそう感じるのかをお聞きしても?」
興味を引かれて尋ねるも、そこで侯爵邸に着いてしまい、それ以上聞くことはできなかった。
少しだけ残念に思いつつも、邸内に通されながら、帰りにでも聞けば良いかと気を取りなおす。
そうして、レスターの部屋へと続く廊下を歩きながら、今日は何の話をしようかと二人で相談していると、不意にパルマーク様がとんでもないことを口にした。
「今日は是非レスターの本音を聞くことにしましょうか」
「ええっ⁉︎」
予想だにしていなかったことを言われ、思わず私の足が止まる。
パルマーク様はそんな私に歩くよう促すと、まるで説得でもしているかのように、ゆっくりとした口調でこう続けた。
「動かせない足はともかくとして、他はかなり回復してきたようですし、いつまでも問題を先送りにしているわけにもいかないでしょう? ですからそろそろ、お互いに腹を割って話されるべきだと思ったんです」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
パルマーク様の言うことが正しいのは分かる。分かるけど、正直言って気が進まない。
どうして気が進まないのかは……自分でも上手く言葉にできないけれど、とにかくまだそれについては話したくないという気持ちが強い。
けれど私のそんな気持ちを知ってでもいるかのように、パルマーク様は言葉を継いだ。
「……ユリア嬢、厳しいことを言うようですが、今の貴女の優しさは偽善でしかありません。違う言い方をするなら、ただの自己満足であり、我儘です。口ではレスターに傷付けられた、だから婚約を解消すると言いながら、レスターが怪我を負ったら、今度は見捨てられない、婚約破棄を告げて死なれたら辛いからと保留にする。それをいつまで続けるつもりなんですか? レスターの怪我は今後一生付き合っていくべきものなのですよ? レスターのことを考えるのであれば、一刻も早く答えを出して、それを伝えてあげることこそ最善なのでは?」
正論だった。
醜くも狡い私の胸の内を突かれたようで、息が苦しくなる。
フェルやミーティアとの話し合いでも、私は頑なにレスターとは婚約破棄をすると言い、決して意見を変えなかった。コーラル侯爵が頭を下げに来た時もそうだ。婚約継続の申し出に、私は決して頷かなかった。
それなのに、レスター本人を前にすると、何も言えなくなってしまう。本当は、レスター自身にこそ、私の意思を伝えなければいけないのに。
どうしてそうできないのかは、私にだって分かっている。
私はただ、自分が悪者になりたくないだけなんだ。
婚約破棄をレスターに告げることにより彼を傷付けたくないと言いながら、本当はそんな酷いことをする人間だと他の人に思われたくなくて言えないだけ。もっと言えば、それを告げることでレスターに嫌われるのが怖い。自分は散々レスターに傷付けられたのだからと非難しておいて、いざレスターと別れるとなったら、二の足を踏む。
私はなんて自分勝手で、傲慢なんだろう。
レスターのことを考えている振りをして、実際は自分のことしか考えていない。彼が今なにを望んでいるかだけでなく、彼が学園に通っている時なにを思っていたのかすら、考えたことがなかったくせに。
彼の境遇はいつも他人事で、自分には関係ないと思っていた。その境遇のせいで私を冷遇せざるを得なかったのだとしても、それは彼の努力が足りないせいだとしか思えなくて──。
私の気持ちに気付かないレスターが悪いんだ。私にだけこんな辛い思いをさせておいて、レスターは……。
ずっとそんな風に考えてきた。だからこそ、婚約破棄は決定事項だったのに。
けれど、私は今初めて、そんな自分の考えが間違っていたのかもしれない、と思った。
誰だって、行動には理由がある。だったら決め付けではなく、真っ新な気持ちでレスターの気持ちを聞いてみても良いかもしれない。今まで一度も耳を傾けなかった彼の本心を、ここで聞いてみても良いのかもしれないと。
「……パルマーク様、私が間違っていましたわ。私……今日はレスターと本音で話し合ってみようと思います」
決意を固め、レスターの部屋のドアをノックする。
そうしながらパルマーク様に感謝を込めて微笑むと、彼の顔が林檎のように赤く染まった。
初めて三人で顔を出した時、レスターは驚いた顔をしていたけれど、「人数が多い方が楽しいかなと思って……」と言うと、「そうだな」と微笑んで、歓迎してくれた。
ただ、全員同時に帰ろうとすると、若干私にだけ何かを言いた気にするのが気に掛かると言えば、気に掛かるけれど。そこで私だけ残ってしまうと、せっかく気を遣って一緒に来てくれているミーティアとパルマーク様の好意を無駄にしてしまうので、心を鬼にしてお暇している。
そして今日──とうとう私はパルマーク様と二人だけで、レスターの所へ行くことになった。
ミーティアに『どうしても外せない用事』ができてしまったらしく、泣きそうな顔で何度も「ごめんね」と謝られた。けれどミーティアが悪いわけではないし、私は笑顔で「また明日ね」と告げると、彼女と別れ、邸に帰ってすぐにメイド服へと身を包んだ。
──そう、メイド服だ。私とパルマーク様が二人だけでレスターのところへ行っても怪しまれない方法とは──私がメイドに扮し、パルマーク様に付き従う形で行く、というものだった。
年頃の男女二人が、たとえ他の令息の屋敷であるとはいえ、二人だけで──使用人は当然一緒にいるが──訪問するのは外聞が悪い。けれど女性の使用人を引き連れた令息一人ということならば、そういった問題はなくなる。
フェルがそう思い付いたことで、私とパルマーク様、どちらが使用人の振りをするか、ということになったのだけれど──体格の良すぎるパルマーク様が使用人に扮するのは無理があるということで、否応なく私がメイドの振りをすることになったのだ。
「ユリア嬢、申し訳ない。俺の身体がデカいばっかりに……」
と申し訳なさそうな顔でパルマーク様が謝ってくるも、私は微笑んで首を振る。
「気になさらないでください。こればかりは、どうしようもないことですもの」
「本当に、申し訳ない……」
パルマーク様はしゅんとしてしまっているけれど、私は彼が申し訳なく思うような嫌な気持ちになってはいない。
何故なら、こんな機会でもなければ、恐らく私がメイド服を着ることなんて、一生なかっただろうと思うから。
フェルがこの案を思い付いた時は、あまりにも悪い顔をしていたから、一体何をやらされるのかと寒気すら感じたけれど。
「フェルが思い付いたにしては、まともな方よね……」
いつも突拍子もないことを言ったりやったりするフェルは、考えや行動を読むことが本当に難しい。大抵の人は性格などである程度予測をたてられるのに、友人関係になってから数ヶ月経過した今になっても、彼は色々と謎のままだ。
「俺はまだ雇われて日が浅いので、そこまで色々と知っているわけではありませんが……あの方には、確かにオリエル公爵家の御令息だという資質を感じます」
「そうなんですか⁉︎ ……例えば、どういうところでそう感じるのかをお聞きしても?」
興味を引かれて尋ねるも、そこで侯爵邸に着いてしまい、それ以上聞くことはできなかった。
少しだけ残念に思いつつも、邸内に通されながら、帰りにでも聞けば良いかと気を取りなおす。
そうして、レスターの部屋へと続く廊下を歩きながら、今日は何の話をしようかと二人で相談していると、不意にパルマーク様がとんでもないことを口にした。
「今日は是非レスターの本音を聞くことにしましょうか」
「ええっ⁉︎」
予想だにしていなかったことを言われ、思わず私の足が止まる。
パルマーク様はそんな私に歩くよう促すと、まるで説得でもしているかのように、ゆっくりとした口調でこう続けた。
「動かせない足はともかくとして、他はかなり回復してきたようですし、いつまでも問題を先送りにしているわけにもいかないでしょう? ですからそろそろ、お互いに腹を割って話されるべきだと思ったんです」
「そ、それはそうかもしれませんけど……」
パルマーク様の言うことが正しいのは分かる。分かるけど、正直言って気が進まない。
どうして気が進まないのかは……自分でも上手く言葉にできないけれど、とにかくまだそれについては話したくないという気持ちが強い。
けれど私のそんな気持ちを知ってでもいるかのように、パルマーク様は言葉を継いだ。
「……ユリア嬢、厳しいことを言うようですが、今の貴女の優しさは偽善でしかありません。違う言い方をするなら、ただの自己満足であり、我儘です。口ではレスターに傷付けられた、だから婚約を解消すると言いながら、レスターが怪我を負ったら、今度は見捨てられない、婚約破棄を告げて死なれたら辛いからと保留にする。それをいつまで続けるつもりなんですか? レスターの怪我は今後一生付き合っていくべきものなのですよ? レスターのことを考えるのであれば、一刻も早く答えを出して、それを伝えてあげることこそ最善なのでは?」
正論だった。
醜くも狡い私の胸の内を突かれたようで、息が苦しくなる。
フェルやミーティアとの話し合いでも、私は頑なにレスターとは婚約破棄をすると言い、決して意見を変えなかった。コーラル侯爵が頭を下げに来た時もそうだ。婚約継続の申し出に、私は決して頷かなかった。
それなのに、レスター本人を前にすると、何も言えなくなってしまう。本当は、レスター自身にこそ、私の意思を伝えなければいけないのに。
どうしてそうできないのかは、私にだって分かっている。
私はただ、自分が悪者になりたくないだけなんだ。
婚約破棄をレスターに告げることにより彼を傷付けたくないと言いながら、本当はそんな酷いことをする人間だと他の人に思われたくなくて言えないだけ。もっと言えば、それを告げることでレスターに嫌われるのが怖い。自分は散々レスターに傷付けられたのだからと非難しておいて、いざレスターと別れるとなったら、二の足を踏む。
私はなんて自分勝手で、傲慢なんだろう。
レスターのことを考えている振りをして、実際は自分のことしか考えていない。彼が今なにを望んでいるかだけでなく、彼が学園に通っている時なにを思っていたのかすら、考えたことがなかったくせに。
彼の境遇はいつも他人事で、自分には関係ないと思っていた。その境遇のせいで私を冷遇せざるを得なかったのだとしても、それは彼の努力が足りないせいだとしか思えなくて──。
私の気持ちに気付かないレスターが悪いんだ。私にだけこんな辛い思いをさせておいて、レスターは……。
ずっとそんな風に考えてきた。だからこそ、婚約破棄は決定事項だったのに。
けれど、私は今初めて、そんな自分の考えが間違っていたのかもしれない、と思った。
誰だって、行動には理由がある。だったら決め付けではなく、真っ新な気持ちでレスターの気持ちを聞いてみても良いかもしれない。今まで一度も耳を傾けなかった彼の本心を、ここで聞いてみても良いのかもしれないと。
「……パルマーク様、私が間違っていましたわ。私……今日はレスターと本音で話し合ってみようと思います」
決意を固め、レスターの部屋のドアをノックする。
そうしながらパルマーク様に感謝を込めて微笑むと、彼の顔が林檎のように赤く染まった。
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