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58 脱走
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カーテンを裂いて編んだロープは、とても良くできていた。
我ながら、初めて作ったとは思えない出来上がりのそれに、カーライルは満足気な笑みを浮かべる。
「俺って本当に何でもできるな……これも王太子のなせる技か?」
転生前は、それほど器用でもなかった。というより、手先を使う作業なんてものは殆どなかったから、自分が器用かどうかなんて知らなかったし、どうでも良かった。
閉じ込められた部屋から逃げ出そうと考えた時、ふと目に入ったカーテンを見て、何かの小説ではカーテンでロープを編んで逃げ出す話があったなと、思い付きでカーテンを幾重にも切り裂いた。
ロープの編み方など知らなかったが、転生前の世界で偶に妹にやってあげていた三つ編みの要領で編んでみたら、意外にも上手くいった。
「嫌々やらされていた三つ編みが、まさかこんなところで役に立つとはな……」
そんなことを呟きながら窓を開けて下を見下ろし、目に入る人の多さに舌打ちする。
「なんだよ、無駄にぞろぞろと王宮内を歩き回りやがって。これじゃ夜になるまで逃げ出せないじゃないか……」
カーライルの部屋の周囲を多くの衛兵達が歩き回っているのは、彼の脱走を警戒しているからだ。
毎日毎日飽きもせず室内で暴れ回るカーライルは、今や王太子という括りではなく、王宮内の要注意人物となっている。しかし当の本人はそのことに気付きもしていないため、謹慎が解かれれば元の自由な生活に戻れると疑ってさえいない。
だが、それでは遅いとカーライルは考えていた。
ユリアが自分を待っている──と彼は思っている──ため、一刻も早く会いに行ってやらなければいけないのに、これでは夜まで動くことができない。しかも、夜になれば湯浴みがある。湯浴みの際に室内を片付けられるのが常であるため、その時にロープが見つかれば、同じ手は二度と使えなくなってしまう。
どこだ? どこに隠せば見つからずに済む?
今更解いて元に戻すことはできないし、付け替えられた新しいカーテンを引き裂いて作り直すのも面倒だ。部屋の中をキョロキョロと見回し、隠し場所を探すカーライルは、その時初めて室内を荒らさなければ良かったと後悔した。
室内を荒らさなければ、片付けられることもない。片付けさえされなければ、カーテンで作ったロープが見つかる心配もしなくてすむのだから。
しかしそれは全て、後の祭りであり。
「くそっ!」
ダメ元でカーライルはベッドの中にロープを隠すと、自分なりに整えた後、湯浴みの際部屋へと入ってきたメイド達に、ベッドには触るなと厳命した。基本的に寝具は午前中のうちに取り替えられるものであり、そのままの状態が維持されていれば、触れる必要がないことを逆手に取って。
ならばわざわざ『触るな』と言い付ける必要はなかったのだが、万が一のことを考え、ついそのように言ってしまったのだ。そうすることにより、妙な疑いを持たれる可能性を考えなかったわけではないが、疑いを持ったところで王太子である自分の命には逆らえないだろうと踏んだがために。
かくして湯浴みが済んだ後、室内で一人となったカーライルは、窓近くの棚にしっかりとロープを結び付けると、それに掴まり、壁を伝うようにして慎重に地面へと下り始めた。
「少しずつ、少しずつ……焦るな、俺……」
緊張で手のひらに滲む汗をカーテン生地に吸わせるようにしながら、ジリジリと、だが確実に下へ向かって下りていく。
高貴な自分がこんなことをしなければならなくなったのは、全てレスターのせいだ。あの男がサッサと死んで、自分にユリアを渡していたなら、こんな面倒なことをせずとも済んだのに。
自分とレスターに王家からの監視が付けられているなど知る由もないカーライルは、今回のやらかしがバレたのは、意識を取り戻したレスターが関係者に事情を話したせいだと思っている。
あんな奴、ユリアを手に入れるまでの便利な駒でしかなかったのに……。
そうして、一階の窓のアーチ部分に足をかけようとした瞬間──。
「うわあっ!」
ブチッ! という大きな音とともに突如としてロープが切れ、カーライルは一瞬にして落下し、背中から地面へと叩きつけられた。
「ぐっ! ……かはっ」
激しい痛みに声を出すこともできず、ただ顔を顰めてうつ伏せになる。
なんでだ……。ロープはしっかりと結んであったはずだろ……。
考えるカーライルのすぐ横に、ドサッ! と大量の何かが落ちてきたような音がして、反射的にそちらを見ようとした刹那、上から降ってきた何かがカーライルの頭に勢い良く当たった。
「だっ‼︎」
ゴンッ! と鈍い音がした後、目の前をキラキラと星が飛び、やや痛みが落ち着いてから、ゆっくりと顔を上げる。
「……ってぇ……」
背中だけでなく、頭まで打ったカーライルは、一体何が落ちてきたのかと頭を押さえつつ横を見て……驚愕に目を見張った。
そこには自分の編んだロープが束になって落ちており、カーライルの頭に当たったと思える部分には、明らかに切断されたかのような形跡があったからだ。
「誰……が……」
呟くように言うと同時に、何者かがすぐ側に降り立ったような音がした。
今度は慌ててそちらを向くも、その人物が月明かりを背にしているせいで、顔が分からず。
「お前は──」
誰だ? と問うより早く、相手が言った。
「……さあ、お仕置きの時間だ」
まったく感情を感じさせない声でありつつも、そう言った人物の声は、どこか楽し気な響きを含んでいるように聞こえた──。
我ながら、初めて作ったとは思えない出来上がりのそれに、カーライルは満足気な笑みを浮かべる。
「俺って本当に何でもできるな……これも王太子のなせる技か?」
転生前は、それほど器用でもなかった。というより、手先を使う作業なんてものは殆どなかったから、自分が器用かどうかなんて知らなかったし、どうでも良かった。
閉じ込められた部屋から逃げ出そうと考えた時、ふと目に入ったカーテンを見て、何かの小説ではカーテンでロープを編んで逃げ出す話があったなと、思い付きでカーテンを幾重にも切り裂いた。
ロープの編み方など知らなかったが、転生前の世界で偶に妹にやってあげていた三つ編みの要領で編んでみたら、意外にも上手くいった。
「嫌々やらされていた三つ編みが、まさかこんなところで役に立つとはな……」
そんなことを呟きながら窓を開けて下を見下ろし、目に入る人の多さに舌打ちする。
「なんだよ、無駄にぞろぞろと王宮内を歩き回りやがって。これじゃ夜になるまで逃げ出せないじゃないか……」
カーライルの部屋の周囲を多くの衛兵達が歩き回っているのは、彼の脱走を警戒しているからだ。
毎日毎日飽きもせず室内で暴れ回るカーライルは、今や王太子という括りではなく、王宮内の要注意人物となっている。しかし当の本人はそのことに気付きもしていないため、謹慎が解かれれば元の自由な生活に戻れると疑ってさえいない。
だが、それでは遅いとカーライルは考えていた。
ユリアが自分を待っている──と彼は思っている──ため、一刻も早く会いに行ってやらなければいけないのに、これでは夜まで動くことができない。しかも、夜になれば湯浴みがある。湯浴みの際に室内を片付けられるのが常であるため、その時にロープが見つかれば、同じ手は二度と使えなくなってしまう。
どこだ? どこに隠せば見つからずに済む?
今更解いて元に戻すことはできないし、付け替えられた新しいカーテンを引き裂いて作り直すのも面倒だ。部屋の中をキョロキョロと見回し、隠し場所を探すカーライルは、その時初めて室内を荒らさなければ良かったと後悔した。
室内を荒らさなければ、片付けられることもない。片付けさえされなければ、カーテンで作ったロープが見つかる心配もしなくてすむのだから。
しかしそれは全て、後の祭りであり。
「くそっ!」
ダメ元でカーライルはベッドの中にロープを隠すと、自分なりに整えた後、湯浴みの際部屋へと入ってきたメイド達に、ベッドには触るなと厳命した。基本的に寝具は午前中のうちに取り替えられるものであり、そのままの状態が維持されていれば、触れる必要がないことを逆手に取って。
ならばわざわざ『触るな』と言い付ける必要はなかったのだが、万が一のことを考え、ついそのように言ってしまったのだ。そうすることにより、妙な疑いを持たれる可能性を考えなかったわけではないが、疑いを持ったところで王太子である自分の命には逆らえないだろうと踏んだがために。
かくして湯浴みが済んだ後、室内で一人となったカーライルは、窓近くの棚にしっかりとロープを結び付けると、それに掴まり、壁を伝うようにして慎重に地面へと下り始めた。
「少しずつ、少しずつ……焦るな、俺……」
緊張で手のひらに滲む汗をカーテン生地に吸わせるようにしながら、ジリジリと、だが確実に下へ向かって下りていく。
高貴な自分がこんなことをしなければならなくなったのは、全てレスターのせいだ。あの男がサッサと死んで、自分にユリアを渡していたなら、こんな面倒なことをせずとも済んだのに。
自分とレスターに王家からの監視が付けられているなど知る由もないカーライルは、今回のやらかしがバレたのは、意識を取り戻したレスターが関係者に事情を話したせいだと思っている。
あんな奴、ユリアを手に入れるまでの便利な駒でしかなかったのに……。
そうして、一階の窓のアーチ部分に足をかけようとした瞬間──。
「うわあっ!」
ブチッ! という大きな音とともに突如としてロープが切れ、カーライルは一瞬にして落下し、背中から地面へと叩きつけられた。
「ぐっ! ……かはっ」
激しい痛みに声を出すこともできず、ただ顔を顰めてうつ伏せになる。
なんでだ……。ロープはしっかりと結んであったはずだろ……。
考えるカーライルのすぐ横に、ドサッ! と大量の何かが落ちてきたような音がして、反射的にそちらを見ようとした刹那、上から降ってきた何かがカーライルの頭に勢い良く当たった。
「だっ‼︎」
ゴンッ! と鈍い音がした後、目の前をキラキラと星が飛び、やや痛みが落ち着いてから、ゆっくりと顔を上げる。
「……ってぇ……」
背中だけでなく、頭まで打ったカーライルは、一体何が落ちてきたのかと頭を押さえつつ横を見て……驚愕に目を見張った。
そこには自分の編んだロープが束になって落ちており、カーライルの頭に当たったと思える部分には、明らかに切断されたかのような形跡があったからだ。
「誰……が……」
呟くように言うと同時に、何者かがすぐ側に降り立ったような音がした。
今度は慌ててそちらを向くも、その人物が月明かりを背にしているせいで、顔が分からず。
「お前は──」
誰だ? と問うより早く、相手が言った。
「……さあ、お仕置きの時間だ」
まったく感情を感じさせない声でありつつも、そう言った人物の声は、どこか楽し気な響きを含んでいるように聞こえた──。
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