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60 砂の味
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一方、その頃──。
どことも知れぬ山の中で、両手首を枷で繋がれたカーライルは、硬い岩を相手にひたすらツルハシを振り下ろしていた。
「どうして俺がこんなことを……俺は王太子だぞ……」
ブツブツぼやくも、一定量の原石を掘り出さなければ、その日の食事にはありつけない。
王宮内で謎の男に捕まったカーライルは、そのままあれよあれよという間に此処へ運ばれ、両手首に枷を嵌められると、腰には頑丈なロープを結え付けられ、ツルハシを持たされていた。
幸い足には何も付けられていなかったことから、隙をみて逃げ出そうとしたのだが──途端に腰のロープを思いっ切り引っ張られ、それによって身体のバランスを崩し、地面に顔を擦り付けるようにして無様にすっ転んだ。
「き、貴様! 一体俺を誰だと思って──」
「お前が誰であろうと関係ない。俺は別に国王に忠誠を誓ってるわけじゃないからな」
カーライルの言葉を遮り、そう言ったのは、彼の腰の縄を握る屈強な男の横に立つ、黒髪黒瞳の青年だった。
あいつは誰だ? 確か、どこかで……。
考え始めてすぐ、カーライルはそれがいつもユリアと一緒にいる男だと思い出す。
「お前はなんなんだ⁉︎ どうして俺にこんなことをする?」
国王に忠誠を誓ってないからなんだというんだ。この国で一番偉いのは国王であり、その次に偉いのは王太子である自分のはずだ。なのにその自分にこんな酷いことをして、王宮に戻ったらタダでは置かないと内心で怒りを滾らせ、カーライルは相手の男を睨みつける。
しかし男は、そんなカーライルの様子にわざとらしく肩を竦めると、いきなり上から頭を踏み付け、地面へと押さえつけてきた。
「ぐっ……がっ……」
凸凹とした地面に顔を押し付けられる痛みに顔を歪め、カーライルは息苦しさに思わず口を開く。と同時に砂やら石やらが口の中に入り込んできて、ざらざらとした不快感に彼はぺっぺと唾を吐いた。
「どうだ? 地面の砂の味は。お前が好き勝手に殴り付けたレスターも、恐らく同じものを味わったと思うぜ? ああでも、此処の砂は王宮内の訓練場のものとは違って整備なんてされてねぇから、小石だとかで多少の歯応えを感じるか?」
楽し気に言う男の声音が腹立たしい。
しかし、ぐりぐりと地面に擦り付けるかのように頭を踏み付けられているせいで、カーライルは言い返すことすらできない。言い返そうと口を開けば、途端に砂が口へと入り込んでくるからだ。
「此処から解放されたければ、早く規定量の原石を掘り出すことだな。そしたら俺が、お前の代わりにそれをレスターの奴に届けてやるよ。お前が半身不随にしちまったお詫びとしてな。そうすれば、ちったぁ王家も顔が立つだろ?」
刹那、頭の上から重みがなくなるのを感じ、カーライルは勢い良く顔を上げた。
「そんなこと、誰も頼んでな──っ!」
「うるせぇ!」
言い終わる前に顔面を蹴り付けられ、問答無用で言葉を封じられる。
「てめぇの意思なんざどうでも良い。ただ俺は、権力を傘にきて他人を傷付ける奴が大っ嫌いなだけだ。王家だから、公爵家だからなんだっていうんだ? んなもん、人として最低だったら何の意味もないだろうが」
「坊ちゃん……」
屈強な男が、なんともいえない表情で、黒髪黒瞳の青年を坊ちゃん呼びする。その呼び方から、彼もある程度権力のある家の子息だと推測はできたものの、カーライルにはそこまでしか分からなかった。
普段ユリアと一緒にいる邪魔な男だという認識はあっても、小説内に登場していなかったフェルディナントの存在は大したものでないと決めつけ、調べることさえしていなかったから。
「お前は……一体……」
そこで漸くカーライルがフェルディナントに興味を持つも、彼は名乗ることさえしなかった。
「とにかくお前は毎日死ぬ気で原石を掘れ。俺が定めた規定量に達しなければ、その日の食事は与えないように指示してある。逃げ出そうにも、ここは人里離れた山の中だ。王族としてぬくぬく育ってきたお前じゃ、野犬の餌になるのが関の山だぞ」
言うだけ言って、男は「それじゃあな」と踵を返す。
「ま、待ってくれ!」
痛む顔を押さえながらも、呼び止めようとカーライルは叫んだが、青年は足を止めることなく、そのまま去って行った。
追いかけることは勿論できず、カーライルはただひたすらに小さくなっていく背中を見送るしかない。その姿が完全に見えなくなると、彼は屈強な男に青年のことを尋ねたが、明確な答えなどもらえるはずはなかった。
ただ一つだけ聞けたのは、「普段は大人しくしていらっしゃいますが、怒らせるとご家族の中で一番危険な方でいらっしゃいます」という言葉のみで。
ユリアとあの男との関係性については知りつつも、レスターとは関係なかったはずの男が、何故自分に関わってきたのか。
王太子である自分をこんな場所に連れて来て、思い通りにすることが許されるあいつの立場はなんなのか。
手に豆を作り、生きるために懸命に原石を掘る日々の中で、カーライルは毎日そのことを考え続けたが──当然、答えがでることはなかった。
どことも知れぬ山の中で、両手首を枷で繋がれたカーライルは、硬い岩を相手にひたすらツルハシを振り下ろしていた。
「どうして俺がこんなことを……俺は王太子だぞ……」
ブツブツぼやくも、一定量の原石を掘り出さなければ、その日の食事にはありつけない。
王宮内で謎の男に捕まったカーライルは、そのままあれよあれよという間に此処へ運ばれ、両手首に枷を嵌められると、腰には頑丈なロープを結え付けられ、ツルハシを持たされていた。
幸い足には何も付けられていなかったことから、隙をみて逃げ出そうとしたのだが──途端に腰のロープを思いっ切り引っ張られ、それによって身体のバランスを崩し、地面に顔を擦り付けるようにして無様にすっ転んだ。
「き、貴様! 一体俺を誰だと思って──」
「お前が誰であろうと関係ない。俺は別に国王に忠誠を誓ってるわけじゃないからな」
カーライルの言葉を遮り、そう言ったのは、彼の腰の縄を握る屈強な男の横に立つ、黒髪黒瞳の青年だった。
あいつは誰だ? 確か、どこかで……。
考え始めてすぐ、カーライルはそれがいつもユリアと一緒にいる男だと思い出す。
「お前はなんなんだ⁉︎ どうして俺にこんなことをする?」
国王に忠誠を誓ってないからなんだというんだ。この国で一番偉いのは国王であり、その次に偉いのは王太子である自分のはずだ。なのにその自分にこんな酷いことをして、王宮に戻ったらタダでは置かないと内心で怒りを滾らせ、カーライルは相手の男を睨みつける。
しかし男は、そんなカーライルの様子にわざとらしく肩を竦めると、いきなり上から頭を踏み付け、地面へと押さえつけてきた。
「ぐっ……がっ……」
凸凹とした地面に顔を押し付けられる痛みに顔を歪め、カーライルは息苦しさに思わず口を開く。と同時に砂やら石やらが口の中に入り込んできて、ざらざらとした不快感に彼はぺっぺと唾を吐いた。
「どうだ? 地面の砂の味は。お前が好き勝手に殴り付けたレスターも、恐らく同じものを味わったと思うぜ? ああでも、此処の砂は王宮内の訓練場のものとは違って整備なんてされてねぇから、小石だとかで多少の歯応えを感じるか?」
楽し気に言う男の声音が腹立たしい。
しかし、ぐりぐりと地面に擦り付けるかのように頭を踏み付けられているせいで、カーライルは言い返すことすらできない。言い返そうと口を開けば、途端に砂が口へと入り込んでくるからだ。
「此処から解放されたければ、早く規定量の原石を掘り出すことだな。そしたら俺が、お前の代わりにそれをレスターの奴に届けてやるよ。お前が半身不随にしちまったお詫びとしてな。そうすれば、ちったぁ王家も顔が立つだろ?」
刹那、頭の上から重みがなくなるのを感じ、カーライルは勢い良く顔を上げた。
「そんなこと、誰も頼んでな──っ!」
「うるせぇ!」
言い終わる前に顔面を蹴り付けられ、問答無用で言葉を封じられる。
「てめぇの意思なんざどうでも良い。ただ俺は、権力を傘にきて他人を傷付ける奴が大っ嫌いなだけだ。王家だから、公爵家だからなんだっていうんだ? んなもん、人として最低だったら何の意味もないだろうが」
「坊ちゃん……」
屈強な男が、なんともいえない表情で、黒髪黒瞳の青年を坊ちゃん呼びする。その呼び方から、彼もある程度権力のある家の子息だと推測はできたものの、カーライルにはそこまでしか分からなかった。
普段ユリアと一緒にいる邪魔な男だという認識はあっても、小説内に登場していなかったフェルディナントの存在は大したものでないと決めつけ、調べることさえしていなかったから。
「お前は……一体……」
そこで漸くカーライルがフェルディナントに興味を持つも、彼は名乗ることさえしなかった。
「とにかくお前は毎日死ぬ気で原石を掘れ。俺が定めた規定量に達しなければ、その日の食事は与えないように指示してある。逃げ出そうにも、ここは人里離れた山の中だ。王族としてぬくぬく育ってきたお前じゃ、野犬の餌になるのが関の山だぞ」
言うだけ言って、男は「それじゃあな」と踵を返す。
「ま、待ってくれ!」
痛む顔を押さえながらも、呼び止めようとカーライルは叫んだが、青年は足を止めることなく、そのまま去って行った。
追いかけることは勿論できず、カーライルはただひたすらに小さくなっていく背中を見送るしかない。その姿が完全に見えなくなると、彼は屈強な男に青年のことを尋ねたが、明確な答えなどもらえるはずはなかった。
ただ一つだけ聞けたのは、「普段は大人しくしていらっしゃいますが、怒らせるとご家族の中で一番危険な方でいらっしゃいます」という言葉のみで。
ユリアとあの男との関係性については知りつつも、レスターとは関係なかったはずの男が、何故自分に関わってきたのか。
王太子である自分をこんな場所に連れて来て、思い通りにすることが許されるあいつの立場はなんなのか。
手に豆を作り、生きるために懸命に原石を掘る日々の中で、カーライルは毎日そのことを考え続けたが──当然、答えがでることはなかった。
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