【完結】愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた

迦陵 れん

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61 公爵家三男

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「レスター様、ご友人のネーヴラント様がいらっしゃいました」

 庭で一人体力作りをしていると、やってきた執事がそう告げた。

「パルマークが……? 分かった。すぐに戻るから、先に部屋へ通しておいてくれ」

 言いながら、レスターは器用に車椅子を操り、邸の中へと向かう。

 ここのところ、ユリアやミーティア嬢と一緒ではあるが、毎日のように自分の邸へと訪れるパルマーク。彼は確か謹慎期間中であるはずなのだが、一体どうなっているのだろうか。

 聞きたい気持ちはあれど、ユリア達が一緒にいては聞くに聞けず、今日まで有耶無耶にしてきてしまった。だが今、パルマーク一人で来たというのなら、今日こそそれを聞く絶好のチャンスだろう。

 レスターは久し振りにワクワクする気持ちを抑えながら、笑顔で自室のドアを開いた。

「パルマーク!」
「ああ、レスター! 良かった、会えて。何か変わったことはないか? 大丈夫か?」

 矢継ぎ早に質問を浴びせられ、全身を観察するように見てくるパルマークに違和感を覚え、レスターは眉間に皺を寄せる。

「どうしたんだ? なんだかお前……おかしいぞ」

 そこで初めてレスターは、王太子であるカーライルが王宮から姿を消し、行方不明になっていることを知った。

「そうなのか……それでお前が心配して来てくれたんだな」

 カーライルの凶行から、命懸けで自分を救ってくれたのもパルマークだ。彼には、一生返しきれない恩ができてしまったとレスターは思っている。

 それなのに、未だこうして心配して来てくれるなんて……。

「本当に、僕はお前に感謝してもしきれないよ。なんとかして少しでも恩を返せると良いんだが……情けないことにこの身体じゃな……」

 自嘲気味に微笑ってみせる。しかしそこでパルマークは、驚きの一言を口にした。

「いや、それなんだが……どうやら、諦めるのはまだ早いみたいだぞ」
「どういうことだ⁉︎」

 パルマークの言葉に食い付き、つい彼の両肩を強く掴んでしまう。

 その力強さに若干顔を顰めつつも、パルマークはレスターの気持ちを落ち着かせるように微笑むと、ゆっくり、分かりやすく言葉の意味を説明してくれた。

 ここからそう遠くない国に、機械技術の発展した国があること。そこへ行けば、機械の補助により足を動かせるようになる確率が高いこと。しかも怪我の具合によっては、足を元通りにすることさえできる可能性があるということも──。

「僕の足が……元通りになるかもしれない……と?」
「詳しくは分からないが。この国は元々医療技術も他の国より遅れているからな。医療先進国で診断し直してもらえば、そういう未来もあるかもしれない──と言われた」
「それは誰に……?」

 尋ねると、パルマークは数瞬躊躇うような仕草をした後、意を決したかのように口を開いた。

「オリエル公爵家三男の……フェルディナント様だ」
「オリエル公爵家の……三男……?」

 その存在については、確かに聞いたことがあった。

 優秀な者ばかり揃っていると言われているオリエル公爵家の中で、ただ一人、異質だと言われている三男坊。

 決して劣っているわけじゃない。その性質や生き方が他の者達と違うだけで、ある意味一番為政者に向いていると言われている男。

 普段は正体がバレないよう振る舞っていると聞いていたから、黒髪黒瞳の人物を学園で目にするたび、それとなく気にかけてきたが。自分の知る中には、いなかったはずだ。なのにパルマークは、その男に会ったというのか?

「いつ……会った?」

 知らず、声が震えた。

 自分の知らない間に、親友がオリエル公爵家の令息と会っていた? まさか、謹慎中に出歩いているのも、出歩いてもお咎めなくいられるのも、それが理由で──?

 そこまで考えた時、ふとの顔が頭に浮かんだ。

「まさか……なのか?」

 度々視線を感じていた、一人の青年。

 たくさんの令嬢達に囲まれる自分を、憎々し気に見つめていた。

 彼のあの視線は、自分がモテないことによる嫉妬だと思っていた。だからこそ、どこかから自分とユリアの関係を嗅ぎつけ、わざとらしくユリアへと近付いたのだと──。

 だが、違っていたとしたらどうだろう? 彼が純粋に、婚約者を蔑ろにして他の令嬢達に囲まれる自分に対し、怒りを感じて睨んでいたのだとしたら?

 そして、そんな自分の行為を棚に上げ、ユリアに苦言を呈した自分に、我慢できず冷たい言葉を浴びせてきたのだとしたら?

「全部……辻褄が合うじゃないか……」

 両手を強く握りしめ、ギリギリと歯を食いしばる。

 まさか、彼がオリエル公爵家の人間だなんて思いもしていなかった。知っていたら──いや、知っていたところでどうすることもできなかっただろう。自分はユリアを令嬢達の陰湿な虐めから守るため、離れることを選択したのだから。

 王太子殿下の側近候補である以上、学園ではできる限り王太子の側にいなければならない。だから君の傍にはいられないんだと、令嬢達の虐めから守りきれないから距離を取るしかないんだと、言えていたら何かが変わっていただろうか。

 ユリアの傍にいる忌々しい男がオリエル公爵家の令息だと知っていたなら、ユリアを堂々と婚約者として扱い、自分が一緒にいられない時は、彼に任せて安心することもできただろうか。

「……今更だ、レスター」

 その表情から、仕草から、パルマークはレスターの心境を理解したのだろう。車椅子の正面に跪くと、彼はレスターの手を取り、そこに自分の額を付けた。

「俺から見ても、お前はとても酷い目に遭ったと思う。けどな、フェルディナント様曰く、全ての元凶はお前だと。お前がユリア嬢を遠ざけたことにより、カーライル様に付け入る隙を与えたと。だから他国へ行って、一からやり直して来い、だそうだ」
「そうか……そうなのか……」

 だから敢えて他国へ行かせるのか、と思った。

 オリエル公爵家の力を持ってすれば、他国から医師を連れてくることなど造作もないことであるのに。

 パルマークの言葉を噛み締めるかのように、レスターはゆっくりと頷く。

 自分が選択を間違えたことは彼自身分かっていた。ただ、そのミスを取り返すことができなかった。

 たった、それだけのこと。それだけのことだったのに、ここまで運命が捻じ曲がってしまうだなんて思わなかった。

 始まりは、軽い気持ちで言った一言。

 ただ、それだけだったのに──。







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