61 / 90
61 公爵家三男
しおりを挟む
「レスター様、ご友人のネーヴラント様がいらっしゃいました」
庭で一人体力作りをしていると、やってきた執事がそう告げた。
「パルマークが……? 分かった。すぐに戻るから、先に部屋へ通しておいてくれ」
言いながら、レスターは器用に車椅子を操り、邸の中へと向かう。
ここのところ、ユリアやミーティア嬢と一緒ではあるが、毎日のように自分の邸へと訪れるパルマーク。彼は確か謹慎期間中であるはずなのだが、一体どうなっているのだろうか。
聞きたい気持ちはあれど、ユリア達が一緒にいては聞くに聞けず、今日まで有耶無耶にしてきてしまった。だが今、パルマーク一人で来たというのなら、今日こそそれを聞く絶好のチャンスだろう。
レスターは久し振りにワクワクする気持ちを抑えながら、笑顔で自室のドアを開いた。
「パルマーク!」
「ああ、レスター! 良かった、会えて。何か変わったことはないか? 大丈夫か?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられ、全身を観察するように見てくるパルマークに違和感を覚え、レスターは眉間に皺を寄せる。
「どうしたんだ? なんだかお前……おかしいぞ」
そこで初めてレスターは、王太子であるカーライルが王宮から姿を消し、行方不明になっていることを知った。
「そうなのか……それでお前が心配して来てくれたんだな」
カーライルの凶行から、命懸けで自分を救ってくれたのもパルマークだ。彼には、一生返しきれない恩ができてしまったとレスターは思っている。
それなのに、未だこうして心配して来てくれるなんて……。
「本当に、僕はお前に感謝してもしきれないよ。なんとかして少しでも恩を返せると良いんだが……情けないことにこの身体じゃな……」
自嘲気味に微笑ってみせる。しかしそこでパルマークは、驚きの一言を口にした。
「いや、それなんだが……どうやら、諦めるのはまだ早いみたいだぞ」
「どういうことだ⁉︎」
パルマークの言葉に食い付き、つい彼の両肩を強く掴んでしまう。
その力強さに若干顔を顰めつつも、パルマークはレスターの気持ちを落ち着かせるように微笑むと、ゆっくり、分かりやすく言葉の意味を説明してくれた。
ここからそう遠くない国に、機械技術の発展した国があること。そこへ行けば、機械の補助により足を動かせるようになる確率が高いこと。しかも怪我の具合によっては、足を元通りにすることさえできる可能性があるということも──。
「僕の足が……元通りになるかもしれない……と?」
「詳しくは分からないが。この国は元々医療技術も他の国より遅れているからな。医療先進国で診断し直してもらえば、そういう未来もあるかもしれない──と言われた」
「それは誰に……?」
尋ねると、パルマークは数瞬躊躇うような仕草をした後、意を決したかのように口を開いた。
「オリエル公爵家三男の……フェルディナント様だ」
「オリエル公爵家の……三男……?」
その存在については、確かに聞いたことがあった。
優秀な者ばかり揃っていると言われているオリエル公爵家の中で、ただ一人、異質だと言われている三男坊。
決して劣っているわけじゃない。その性質や生き方が他の者達と違うだけで、ある意味一番為政者に向いていると言われている男。
普段は正体がバレないよう振る舞っていると聞いていたから、黒髪黒瞳の人物を学園で目にするたび、それとなく気にかけてきたが。自分の知る中には、いなかったはずだ。なのにパルマークは、その男に会ったというのか?
「いつ……会った?」
知らず、声が震えた。
自分の知らない間に、親友がオリエル公爵家の令息と会っていた? まさか、謹慎中に出歩いているのも、出歩いてもお咎めなくいられるのも、それが理由で──?
そこまで考えた時、ふとある人物の顔が頭に浮かんだ。
「まさか……アイツなのか?」
度々視線を感じていた、一人の青年。
たくさんの令嬢達に囲まれる自分を、憎々し気に見つめていた。
彼のあの視線は、自分がモテないことによる嫉妬だと思っていた。だからこそ、どこかから自分とユリアの関係を嗅ぎつけ、わざとらしくユリアへと近付いたのだと──。
だが、違っていたとしたらどうだろう? 彼が純粋に、婚約者を蔑ろにして他の令嬢達に囲まれる自分に対し、怒りを感じて睨んでいたのだとしたら?
そして、そんな自分の行為を棚に上げ、ユリアに苦言を呈した自分に、我慢できず冷たい言葉を浴びせてきたのだとしたら?
「全部……辻褄が合うじゃないか……」
両手を強く握りしめ、ギリギリと歯を食いしばる。
まさか、彼がオリエル公爵家の人間だなんて思いもしていなかった。知っていたら──いや、知っていたところでどうすることもできなかっただろう。自分はユリアを令嬢達の陰湿な虐めから守るため、離れることを選択したのだから。
王太子殿下の側近候補である以上、学園ではできる限り王太子の側にいなければならない。だから君の傍にはいられないんだと、令嬢達の虐めから守りきれないから距離を取るしかないんだと、言えていたら何かが変わっていただろうか。
ユリアの傍にいる忌々しい男がオリエル公爵家の令息だと知っていたなら、ユリアを堂々と婚約者として扱い、自分が一緒にいられない時は、彼に任せて安心することもできただろうか。
「……今更だ、レスター」
その表情から、仕草から、パルマークはレスターの心境を理解したのだろう。車椅子の正面に跪くと、彼はレスターの手を取り、そこに自分の額を付けた。
「俺から見ても、お前はとても酷い目に遭ったと思う。けどな、フェルディナント様曰く、全ての元凶はお前だと。お前がユリア嬢を遠ざけたことにより、カーライル様に付け入る隙を与えたと。だから他国へ行って、一からやり直して来い、だそうだ」
「そうか……そうなのか……」
だから敢えて他国へ行かせるのか、と思った。
オリエル公爵家の力を持ってすれば、他国から医師を連れてくることなど造作もないことであるのに。
パルマークの言葉を噛み締めるかのように、レスターはゆっくりと頷く。
自分が選択を間違えたことは彼自身分かっていた。ただ、そのミスを取り返すことができなかった。
たった、それだけのこと。それだけのことだったのに、ここまで運命が捻じ曲がってしまうだなんて思わなかった。
始まりは、軽い気持ちで言った一言。
ただ、それだけだったのに──。
庭で一人体力作りをしていると、やってきた執事がそう告げた。
「パルマークが……? 分かった。すぐに戻るから、先に部屋へ通しておいてくれ」
言いながら、レスターは器用に車椅子を操り、邸の中へと向かう。
ここのところ、ユリアやミーティア嬢と一緒ではあるが、毎日のように自分の邸へと訪れるパルマーク。彼は確か謹慎期間中であるはずなのだが、一体どうなっているのだろうか。
聞きたい気持ちはあれど、ユリア達が一緒にいては聞くに聞けず、今日まで有耶無耶にしてきてしまった。だが今、パルマーク一人で来たというのなら、今日こそそれを聞く絶好のチャンスだろう。
レスターは久し振りにワクワクする気持ちを抑えながら、笑顔で自室のドアを開いた。
「パルマーク!」
「ああ、レスター! 良かった、会えて。何か変わったことはないか? 大丈夫か?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられ、全身を観察するように見てくるパルマークに違和感を覚え、レスターは眉間に皺を寄せる。
「どうしたんだ? なんだかお前……おかしいぞ」
そこで初めてレスターは、王太子であるカーライルが王宮から姿を消し、行方不明になっていることを知った。
「そうなのか……それでお前が心配して来てくれたんだな」
カーライルの凶行から、命懸けで自分を救ってくれたのもパルマークだ。彼には、一生返しきれない恩ができてしまったとレスターは思っている。
それなのに、未だこうして心配して来てくれるなんて……。
「本当に、僕はお前に感謝してもしきれないよ。なんとかして少しでも恩を返せると良いんだが……情けないことにこの身体じゃな……」
自嘲気味に微笑ってみせる。しかしそこでパルマークは、驚きの一言を口にした。
「いや、それなんだが……どうやら、諦めるのはまだ早いみたいだぞ」
「どういうことだ⁉︎」
パルマークの言葉に食い付き、つい彼の両肩を強く掴んでしまう。
その力強さに若干顔を顰めつつも、パルマークはレスターの気持ちを落ち着かせるように微笑むと、ゆっくり、分かりやすく言葉の意味を説明してくれた。
ここからそう遠くない国に、機械技術の発展した国があること。そこへ行けば、機械の補助により足を動かせるようになる確率が高いこと。しかも怪我の具合によっては、足を元通りにすることさえできる可能性があるということも──。
「僕の足が……元通りになるかもしれない……と?」
「詳しくは分からないが。この国は元々医療技術も他の国より遅れているからな。医療先進国で診断し直してもらえば、そういう未来もあるかもしれない──と言われた」
「それは誰に……?」
尋ねると、パルマークは数瞬躊躇うような仕草をした後、意を決したかのように口を開いた。
「オリエル公爵家三男の……フェルディナント様だ」
「オリエル公爵家の……三男……?」
その存在については、確かに聞いたことがあった。
優秀な者ばかり揃っていると言われているオリエル公爵家の中で、ただ一人、異質だと言われている三男坊。
決して劣っているわけじゃない。その性質や生き方が他の者達と違うだけで、ある意味一番為政者に向いていると言われている男。
普段は正体がバレないよう振る舞っていると聞いていたから、黒髪黒瞳の人物を学園で目にするたび、それとなく気にかけてきたが。自分の知る中には、いなかったはずだ。なのにパルマークは、その男に会ったというのか?
「いつ……会った?」
知らず、声が震えた。
自分の知らない間に、親友がオリエル公爵家の令息と会っていた? まさか、謹慎中に出歩いているのも、出歩いてもお咎めなくいられるのも、それが理由で──?
そこまで考えた時、ふとある人物の顔が頭に浮かんだ。
「まさか……アイツなのか?」
度々視線を感じていた、一人の青年。
たくさんの令嬢達に囲まれる自分を、憎々し気に見つめていた。
彼のあの視線は、自分がモテないことによる嫉妬だと思っていた。だからこそ、どこかから自分とユリアの関係を嗅ぎつけ、わざとらしくユリアへと近付いたのだと──。
だが、違っていたとしたらどうだろう? 彼が純粋に、婚約者を蔑ろにして他の令嬢達に囲まれる自分に対し、怒りを感じて睨んでいたのだとしたら?
そして、そんな自分の行為を棚に上げ、ユリアに苦言を呈した自分に、我慢できず冷たい言葉を浴びせてきたのだとしたら?
「全部……辻褄が合うじゃないか……」
両手を強く握りしめ、ギリギリと歯を食いしばる。
まさか、彼がオリエル公爵家の人間だなんて思いもしていなかった。知っていたら──いや、知っていたところでどうすることもできなかっただろう。自分はユリアを令嬢達の陰湿な虐めから守るため、離れることを選択したのだから。
王太子殿下の側近候補である以上、学園ではできる限り王太子の側にいなければならない。だから君の傍にはいられないんだと、令嬢達の虐めから守りきれないから距離を取るしかないんだと、言えていたら何かが変わっていただろうか。
ユリアの傍にいる忌々しい男がオリエル公爵家の令息だと知っていたなら、ユリアを堂々と婚約者として扱い、自分が一緒にいられない時は、彼に任せて安心することもできただろうか。
「……今更だ、レスター」
その表情から、仕草から、パルマークはレスターの心境を理解したのだろう。車椅子の正面に跪くと、彼はレスターの手を取り、そこに自分の額を付けた。
「俺から見ても、お前はとても酷い目に遭ったと思う。けどな、フェルディナント様曰く、全ての元凶はお前だと。お前がユリア嬢を遠ざけたことにより、カーライル様に付け入る隙を与えたと。だから他国へ行って、一からやり直して来い、だそうだ」
「そうか……そうなのか……」
だから敢えて他国へ行かせるのか、と思った。
オリエル公爵家の力を持ってすれば、他国から医師を連れてくることなど造作もないことであるのに。
パルマークの言葉を噛み締めるかのように、レスターはゆっくりと頷く。
自分が選択を間違えたことは彼自身分かっていた。ただ、そのミスを取り返すことができなかった。
たった、それだけのこと。それだけのことだったのに、ここまで運命が捻じ曲がってしまうだなんて思わなかった。
始まりは、軽い気持ちで言った一言。
ただ、それだけだったのに──。
1,441
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
婚約者の私を見捨てたあなた、もう二度と関わらないので安心して下さい
神崎 ルナ
恋愛
第三王女ロクサーヌには婚約者がいた。騎士団でも有望株のナイシス・ガラット侯爵令息。その美貌もあって人気がある彼との婚約が決められたのは幼いとき。彼には他に優先する幼なじみがいたが、政略結婚だからある程度は仕方ない、と思っていた。だが、王宮が魔導師に襲われ、魔術により天井の一部がロクサーヌへ落ちてきたとき、彼が真っ先に助けに行ったのは幼馴染だという女性だった。その後もロクサーヌのことは見えていないのか、完全にスルーして彼女を抱きかかえて去って行くナイシス。
嘘でしょう。
その後ロクサーヌは一月、目が覚めなかった。
そして目覚めたとき、おとなしやかと言われていたロクサーヌの姿はどこにもなかった。
「ガラット侯爵令息とは婚約破棄? 当然でしょう。それとね私、力が欲しいの」
もう誰かが護ってくれるなんて思わない。
ロクサーヌは力をつけてひとりで生きていこうと誓った。
だがそこへクスコ辺境伯がロクサーヌへ求婚する。
「ぜひ辺境へ来て欲しい」
※時代考証がゆるゆるですm(__)m ご注意くださいm(__)m
総合・恋愛ランキング1位(2025.8.4)hotランキング1位(2025.8.5)になりましたΣ(・ω・ノ)ノ ありがとうございます<(_ _)>
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました
Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。
どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も…
これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない…
そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが…
5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。
よろしくお願いしますm(__)m
【完結】貴方をお慕いしておりました。婚約を解消してください。
暮田呉子
恋愛
公爵家の次男であるエルドは、伯爵家の次女リアーナと婚約していた。
リアーナは何かとエルドを苛立たせ、ある日「二度と顔を見せるな」と言ってしまった。
その翌日、二人の婚約は解消されることになった。
急な展開に困惑したエルドはリアーナに会おうとするが……。
せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました
藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」
リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。
「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」
そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……?
※ なろうにも投稿しています。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる