旦那様と僕

三冬月マヨ

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はじまって

【二】旦那様は苦労人

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『私は身体が弱く、子供は無理だと言われております。夜の情事も、身体の負担になりますし、そちらも無理です。高梨様には打って付けの好条件だと思いますが、如何な物でしょうか?』

 ニコニコと朗らかに、縁談の席で彼女…鞠子まりこはそう言った。

『人生一度くらいは結婚と云う物を経験してみたいのです。私では、虫除けにはなれませんか?』

 ――――――――利害が一致した。

 一言で言えばそうなのだろう。
 当時、周りから結婚をとせっつかれていた俺は、うんざりとしていた。
 話を持って来る親族一同、職場の上司とかも。
 皆、俺が死んだ時の遺族への見舞金目当てだと、ありありと顔に書かれていた。
 しかし、俺は女には興味が無い。
 何故か、胸を騒がせるのは同性のみだった。
 未だ年端も行かない少年の頃は頭を悩ませた物だが、歳を重ねる毎に、まあ良いかと思う様になって行った。
 しかし、俺がこの仕事に就き、結婚適齢期と言われる様になった頃から、あちらこちらから縁談の話が舞い込んで来る様になった。理由は先の通りだ。
 俺の仕事には、常に危険が付き纏う。
 その代わりに給金が良い。
 だから、贅を極めたいと云う輩が寄って来る。
 それは女のみならず男もだ。
 煩わしい。
 ただ、その一言に尽きる。
 そんな中で、脅迫されて受けた鞠子との縁談だったが、まさかの言葉に目を瞬かせた。
 だが、鞠子の申し出は素直に有り難かった。
 彼女の親はそんな事情等知らずに、青天の霹靂とばかりに喜んだ。駄目で元々だったが、厄介者が払える上に結納金が。旦那が死んでから、娘が死ねば…とコソコソ話しているのを聞いた。
 俺の両親は、五年前にあやかしに襲われて他界した。
 それが、この職に就くきっかけの一つとなったのは間違い無い。
 仲睦まじい夫婦で、温泉地へと旅行へ行った時だった。
 それにしても。
 実の親から死を願われるとは、それ程に子を産めないと云うのは罪な事なのだろうか?

『子を産めない女性等、何の価値もありませんので、間違ってはおりません。そろそろ尼になろうかと思っていましたの』

 そう、鞠子はコロコロと笑った。
 それは、本当にあどけない少女の様だった。
 先の言葉さえ無ければ。
 そうして、俺と鞠子は夫婦となった。
 俺が二十五歳、鞠子が二十七歳の初夏の頃だった。
 それから、四年後の春。桜が舞う季節だった。

「今日から共に暮らす事になった。雪緒ゆきおだ」

「あらあら、まあ、まあ」

 仕事で妖に襲われた村へ行き、自宅へと帰って来た俺に、鞠子はただでさえ丸い目を更に丸くした。
 それもそうだろう。
 少年とは云え、見ず知らずの人間を連れて来て、これから一緒に暮らすと言うのだ。驚くなと言う方が無理な話だ。

「何て可愛らしい子なのかしら! 私は鞠子よ。宜しくね? ああ、身体が汚れているから、とにかくはお風呂よね? おたえさーん」

 …無理な話だと思ったのは、俺の勘違いだった様だ。
 鞠子の感性は、どうにも常人とは違うらしい。
 まあ、そこが良いのだが。

 お妙さんは、我が家の家事を任せている年配の女性だ。
 鞠子の世話等も甲斐甲斐しく焼いてくれている。
 鞠子を迎えてから、若い女を雇ってみたが、お妙さんから鞠子を見下していると聞いてクビにした。
 その後に雇った女も駄目だった。
 だから、もう若い女を雇うのは止めた。
 どちらも、俺に色目を使って来るのが気持ち悪かったのもある。
 お妙さんの負担を減らしたかったのだが、なかなかどうして上手く行かないものだ。

「はいはい、ただいま。お戻りの連絡を頂いていましたので、湯は沸かしてありますよ。この子が先で宜しいのですか? 湯が汚れてしまいますが」

「構わない。手間だろうが、もう一度汲み直してくれれば」

「はいはい。さ、坊や、こちらへおいで」

「あ、はい。雪緒です。宜しくお願いします」

 深々と頭を下げた雪緒に、鞠子もお妙さんも、目に涙を滲ませて小さく微笑んだ。
 バサバサの艶も張りも無い、若者らしくない髪には、幾つか白髪が混じっていた。
 その身体は細く、折れてしまいそうに見える。
 青白い顔に、痩せコケた頰、そんな中でぎょろりと大きい黒目がちな瞳。
 一体、どれだけの苦労をして来たのだろうか。
 避難所に居た誰よりも先に死にそうな雪緒を見て、このままでは行けないと思い、親族の有無を確認した俺は、小間使いが居なくなると喚く親族に金を押し付けて、そのまま雪緒の手を引いて、そこから連れ出したのだ。

 茶の間で鞠子が淹れてくれた茶を啜っていたら、お妙さんが泣きながらやって来た。

「どんな生活を送って来たんですか…っ…! あんなに、小さいのに、手はあかぎれだらけだし、肋は浮いてるし…っ…! 折檻の痕も…っ…!!」

 あかぎれには気が付いていたが、折檻の痕だと?

「…雪緒は小さい頃に親を亡くし、それからは親戚の家を転々として来たそうだ…あと…雪緒は小さいが、十三になるそうだ」

 見えない場所への折檻等、他人が出来る物では無い。
 恐らくは、その親戚の誰かだろう。
 家族では無く、小間使いと口にしていたあの腐った連中が親戚とは。
 しかし、ここへ来るまでの道程、雪緒は一言もそんな事は口にしなかった。
 ただ、大人しく連れて来られるままに、家へと来た。

「何とまあっ!!」

「…酷いですわね…」

 前掛けで涙を拭うお妙さんに、鞠子が着物の袖からハンカチーフを取り出して、流れる涙を拭ってやっていた。
 そのハンカチーフは、確か今年の誕生日に贈った物だったか。
 鞠子は、特に何かを欲しがる事も無くて、迷いに迷って選んだ物だった。
 使ってくれているのだなと思い、口元が僅かに緩んだ。

『夫婦っぽい事をしてみたいです』

 それが、鞠子の希望だった。
 父や母がしていた事を真似してやっているので、正直これで良いのかと不安になったが。
 だが、しかし、お妙さん曰く俺達はとても仲の良い夫婦らしい。
 それならば、問題は無いのだろう。

「う~ん…学び舎に通わせたいのだが、無理だろうか?」

「殺す気ですかっ!!」

 少しは明るい話をと思ったのだが、お妙さんに物凄い形相で怒られてしまった。

「あんな、小さく細いままでは、間違いなく虐められます! もっと丸くなってからじゃないと無理ですっ!!」

 泣きながら、責められてしまった。
 仕方が無いので、学び舎の件は保留とした。
 確かに、今のままではいつ何時なんどき倒れても不思議ではない。
 ならば、当面の間は鞠子の話し相手になって貰おうと、雪緒に話をしたら、朗らかな笑顔で『こんな立派な方の奉公人になれるなんて、何て素晴らしいのでしょう』と、言われてしまった。
 …いや…雪緒も、もしかしたら鞠子と同類なのか?
 何処かずれている気がする。

 雪緒が家に来て一年が過ぎた頃。髪も肌艶も良くなり、頬もふっくらとして来たから、そろそろ学び舎へと考えていたら、お妙さんの娘夫婦に子供が産まれて、帰って来て欲しいと連絡があった。
 参った。
 鞠子を日中一人にするのには、不安がある。
 早くに誰か良い使用人を見付けなければ。
 しかし、お妙さんが去る日までには見付けられず。
 仕方が無く、学び舎の件は再び保留となった。
 お妙さんに、今までの苦労を労いご祝儀をと渡そうとしたら断られた。

『ばばには不要です。これまでの給金で十分に娘夫婦と孫とやって行けますよって。それは、雪緒坊っちゃんに使って下さいな』

 そう言われたが、本当にお妙さんには助けられて来たので、なら、半分だけでも。と。雪緒の事を孫の様に可愛がってくれたから。と、無理矢理に渡したら、泣かれてしまった。
 そうしたら、雪緒と鞠子も泣き出してしまい、暫く収拾が付かなくなってしまった。

 それからまた時が過ぎ、鞠子が亡くなる三月みつきほど前だったか。
 体調を崩し寝込む事が多くなった鞠子の元へ、彼女の両親がやって来たが、はっきり言って最悪だった。
 確かに、彼女の心配をしているのだろう。だが、それは。
 "俺より先に鞠子に死なれては困る"
 そう云う心配だった。

『ゆき君を養子にして下さい。そして、今、ここで遺言状を書いて下さい。財産は全てゆき君へと。万が一、私より先に貴方が逝ってしまっても、あんな亡者にビタ一文行かない様にして下さい』

 彼女の両親が帰った後、鞠子は強い口調でそう言った。
 遺言状を書き、雪緒をいつ正式に迎えるのかと聞いたら、雪緒が来た日にしましょうと。その日に、遺言状をまた書いて下さいと。あの日は綺麗に桜が咲いていましたから。と、鞠子は桜が散る様な儚い笑顔を浮かべた。

 しかし、鞠子はその日を待たずに逝ってしまった。
 最後に『幸せで楽しかったです。弟のお嫁さんも見られましたから』と、笑って、眠る様に逝った。
 暫くしてから"弟?"、"嫁?"と首を傾げたのは言うまでもない。

 そして、何故か嫁認定された雪緒だが。
 学び舎へ通い出して、一月ひとつきが過ぎた今日、夕餉の席でこんな事を言い出した。

「旦那様。今日、親しくさせて頂いているご学友の方から、抜き合いっこをしようと誘われたのですけど、抜き合いとは何を抜くのでしょうか?」

「ぶふ―――――――――っ!!」

 俺は、口に含んでいた味噌汁を思わず噴き出していた。

『殿方の事は、殿方の貴方が教えて下さいませね?』

 そんな鞠子の声が、何処か悪戯っぽい微笑みと共に頭に浮かんだ。
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