旦那様と僕

三冬月マヨ

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ころがって

【七】旦那様と馬の尻尾

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「あ」

 と、俺は声を上げた。

「あ」

 と、同じく、俺の目の前に居る少年も、声を上げた。

 ◇

 雪緒ゆきおの様子を見るつもりが、うっかりと寝入ってしまい、気付いたら辺りは薄暗くなっていた。
 雪緒の様子を伺えば、辛そうな様子は無く、呼吸も落ち着いている様だった。
 傍に居れば、嫌な夢を見ずに済むかと思ったのだが、効果はあったのだろうか?
 額に手をあて、頬へ滑らせ、首筋へと持って行く。
 まだ、熱いか。
 夕方になって、熱が上がって来ているのかも知れない。
 熱を取らなければ、と、片付けた桶を取りに風呂場へと向かおうとした時だった。

『トン、トン』

 と、控えめに玄関の戸を叩く音が聞こえた。
 相楽さがらが様子を見に来たのだろう。
 そう思った俺は、玄関へと向かい、戸を開けた。
 しかし、そこに居たのは馬の尻尾…せいだった。

「えと、こんちは…。おいら、星っていうんだ。その、ゆきおの友達?」

 思わず、目を瞬かせてしまった。
 いや、自己紹介等せずとも、お前の事は知っている。
 うんざりする程、聞かされたからな。
 と云うか、司令は話して居ないのか?

「…箱の事なら、俺が直したから気にしなくて良いぞ。雪緒も、直したら落ち着いたし」

「へあっ!? え、なんで!?」

 いや、そんな大仰に驚かなくとも。

「…あのな…。お前を連れて行ったのは誰だか忘れたのか? 俺も、あそこの人間だ」

 眉間に寄った皺を解しながら言えば、星は頭を下げて来た。

「あわわ! あの日はごめんっ! なさいっ!」

 素直に謝る星に意表を付かれてしまう。
 こんなにも素直に頭を下げられてしまうとは。
 これでは、まるで何も知らぬ赤子の様ではないか。
 幼体のあやかしとは、皆、こうなのか?

「…ああ、もう良い。気にするな。それよりも、雪緒の様子を見に来たのか? 生憎と、まだ熱が下がらんからな。会わせる訳には行かない。来た事は伝えるが。何か言付けはあるか?」

 何か憎め無い奴だなと思いながら言葉を紡げば、星は手にしていた紙袋を俺に差し出して来た。

「ああ、うん。親父殿から、病人だから、おじさんに様子を聞いて帰るだけにしとけって言われたから、だいじょぶ。これ、おいらが作った、玉子焼き。お見舞い。ゆきおの玉子焼き、おいらが食べたから、ゆきお熱出したんだろ? だから、これ食べれば元気になるかなと思って」

 …………………何から突っ込めば良いのだろうか…。
 親父殿と呼ばせている事か?
 あんな親父が、俺をおじさん呼ばわりしている事か?
 玉子焼きを取られた事で、熱が出たと思われている事か?
 そして、それを見舞いに持って来る事か?
 それよりも。
 類は友を呼ぶと言うが…星も、雪緒に通じる物がある様な気がする。
 あんな親父が養父で大丈夫なのだろうか?
 果てしなく心配だ。

「あ、あと、明後日は…むり…か…? 出て来られない…か…?」

「…ああ。熱が下がっても休ませるつもりだ。気になるなら、学び舎が終わったら電話をすれば良い」

 おずおずと訊ねる星に、悪いと思いながら答えた。
 良い機会だと云うのもおかしいが、雪緒は"休む"と云う事を覚えた方が良い。

「でんわ…おいら苦手だ…。顔が見えないの、何だか嫌だ…」

 …確かに。
 声だけ、言葉だけだと伝わり難い事もあるか。
 特に相手は雪緒だし、更にはこいつだ。

「…なら、無駄足になるかも知れんが、学び舎が終わったら家に来れば良い。熱が下がっていれば、雪緒に会わせてやれるし、あいつも喜ぶだろう」

「いいの!? ありがとう、おじさん! じゃあ、おいら帰る!」

「って、待て、こら!」

 そのまま、走り去ろうとする星の襟首を、思わず引っ張る。

「ぐえっ!」

「ああ、すまん! あのな、お前が、元妖だとか、そんな話はしないでくれ。みく…お前を捕まえた奴だが…あいつが、元妖だって事も、雪緒は知らないんだ」

 俺がそう言えば、星は解りやすく、肩を落として項垂れた。

「…やっぱ…駄目なのか…? おいら、ゆきおにごめん言えないのか…?」

「…あの親父から、どう聞いたかは知らんが…雪緒は、三年前に妖に襲われた事がある。出来るなら、その時の事を思い出させる様な真似はしたくはない」

 星には悪いが、雪緒にはここに来る前の暮らしの事を考えて欲しくは無い。
 あんな、辛く寒い頃の事等忘れて、ここで過ごして来た三年間の事を、これからの明日の事だけを考えていて欲しい。

「…んー…むずかしい…おいらの事だけでも、駄目なのか?」

「…俺の…俺達の様な仕事をしている者ならともかく、それ以外の人間は、妖が人間に化けるなんて事は知らない。…人間を襲わないと口にしても、そう簡単に信じられる物では無い。解るか? お前が、それを口にしたら、雪緒と友人では居られなくなるのかも知れない」

 眉を下げて唇を曲げる星に、諭す様に話した。

「…う…ん…。…わかった…」

 不承不承頷く星に、俺は身を屈めて視線を合わせる。

「…すまんな。勝手かも知れんが、これからも雪緒と仲良くしてやって欲しい」

「ん! ゆきお、ぽかぽかだから! ゆきお見てると、ここがぽかぽかするんだ!」

 そう胸を押さえて、瞳を伏せて頬を緩める星の方が、余程ぽかぽかだと思うのだが。
 やんわりと、胸の奥が温かくなった気がして、口角を緩めたら、それを打ち消す星の声が耳に届いた。

「だから、早く元気になれって、言っといて! じゃあ、またな、おじさん!」

「って、こら! おじ…っ…!」

 笑顔で走り去って行く星に『おじさん』では無いと言おうとして、はたと口籠ってしまった。

「…いや…おじさん…だよな…? 一回り以上も違うし…」

 だが、他に呼び方があるだろう。
 "雪緒のお父さん"とか。

「…お父さん…か…」

 ぼそりと呟いた言葉は、思いの外、重く響いた気がした。
 俺は父親らしく振る舞えているのだろうか?
 俺が熱を出して寝込んだ時には、昼には母が。夜には父が傍に居てくれた。苦しかったが、ただ、傍に居てくれるだけで安心した物だ。嫌な夢を見て、目を覚ませば、穏やかに笑う父や母が居て、怖くないと頭を撫でてくれた。それに安心して、また眠りについたりした。
 そんな、安心出来る存在に、俺はなれているのだろうか?
 何の見返りも無しに、頼っても良い存在だと思われているのだろうか?
 恐らく雪緒に聞いても、そんな答えは返っては来ないのだろう。
 熱に魘されていても『旦那様』なのだからな。

「うお…」

 とりとめのない思いを抱えながら、台所へ行って星の作った玉子焼きを取り出せば、とりとめのない玉子焼きが出て来た。
 形はグチャグチャだし、あちらこちらに焦げが混じっていた。

「…もしかして、初めて作ったのか? 雪緒の為に?」

 …本当に、憎め無い奴だな。
 軽く息を吐く様に笑ってから、その玉子焼きを皿へと移した。
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