旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【六】旦那様と二人の破壊者

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「おーい! ゆきおー!」

 旦那様に追い出される様にして、百貨店へと買い物に向かっていましたら、後ろから聞き慣れた声が聞こえて来ました。
 振り返りましたら、せい様が手を振りながら、走って来る姿が見えます。

「星様? どうされたのですか? 偶然ですね」

「ぐ、ぜ…ちが…。びょ、いん行ったら、かえ、た」

 立ち止まった僕の側に来た星様が、両膝に手を置いて、肩で息をしながら話しますが、途切れ途切れで良く解りません。この昼時の暑い中、どれ程の勢いで走って来たのでしょうか? 倒れてしまわないか心配になりますね。

「ああ、落ち着いて下さい。息を整えてからで良いですよ」

 僕の言葉に、星様は額に浮かぶ汗を拭いながら、歯を見せて笑いました。

「ん! も、だいじょぶだ! 病院に行ったら、帰ったって言うから! ゆきおの家行ったら、おじさんだけで、ゆきおいなかったから! 買い物行ったって、走れば追い付けるって!」

「それで走って来られたのですか? 炎天下の中の急激な運動は、お身体に悪いですよ?」

 そんな星様の言葉に、僕は目を丸くしました。
 どう見ても、軽く走って来た様には見えませんでしたから。

「おいら、じょうぶだから! ゆきおに言いたい事があって!」

「はい、何でしょうか?」

 改まって、僕に?

「おいら、ゆきおがすきだから! おいら、ゆきおのぽかぽか守るからな! そんでもって、親父殿やゆきおのおじさんみたいな仕事をする事に決めたから! 剣術道場に通う事になった!」

 すき?
 僕のぽかぽか?
 仕事?
 道場?

「…ええと…良く解らないのですが、僕も星様はお好きですよ?」

 一息に言われてしまい、少々混乱しましたが、何とかその言葉だけは、返す事が出来ました。

「うん! ありがとな! おいらたち、まぶだちだな!」

「ま、まぶだち?」

 そう言って、星様が笑顔で僕の右手を両手で掴み、ぶんぶんと上下へと振ります。肩が抜けそうです。

「一番の友達、一番大切な友達だって、親父殿が言ってた!」

「い…ちばんの…僕が、ですか? 恐縮です…」

 僕なんかが、一番だなんて。
 嬉しいやら、恥ずかしいやらで、顔が熱くなって来ました。
 道行く方々が、何故だか微笑ましい物を見る様な目で、僕達を見て行きます。

「うん! そんで、何を買いに行くんだ? おいらもついていっていいか?」

 暫く僕の右手を振っていた星様でしたが、どうやら落ち着いた様です。肩が抜けなくて良かったです。
 二人並んで、会話をしながら百貨店へと向かいます。

「はい。構いませんが、退屈だと思いますよ? 旦那様に異国の下着を買って来いと言われまして…」

「ふんどしとは違うのか?」

「僕も良くは解らないのですが、お店の方に聞けば解るとの事です。…わざわざ新しい物を購入されなくても、僕がお手伝いすれば済む話ですのに…何故、あんなにも嫌がったのでしょう…? あれ程に拒絶されますと…やはり…」

 …やはり、僕は頼りなく、信用も信頼もならないと思われている気がして悲しくなります…。

「ん~? 良くわかんないけど、むずかしいな~? お手伝いって、ふんどしのか? おいらは嫌じゃなかったけどな~?」

 思わず俯いてしまった僕の耳に、そんな星様の声が届いて、間抜けな声が出てしまいました。

「ふえ?」

 頭の後ろで両手を組んで歩きます星様を見ますと、星様は白い歯を見せて笑います。

「あ~。ほら、おいら、こうなる前は、あれだったろ? あれ。だから、着物の下はなんも無かった。親父殿に連れられて、家に行って、風呂入る時に親父殿に驚かれた。でも、毛むくじゃらだったし。お仲間だったヤツらだって、そんなの巻いてないし」

 ああ、そうでしたね。
 すっかりと忘れてしまいそうになりますが、星様は元あやかしでしたね。

「…あ、な、なる程です…。確かに、学び舎に現れた妖は、褌なんて身に着けていませんでしたね…。…あれ? ですが、お着物は…」

 そこまで言って、僕は首を傾げました。
 着物を着る概念はありますのに? と。

「人間はみんな着てるだろ? だから、真似した。こうなる時に、毛がそうなったんだ。着物の中の事は、わかんなかったけど」

「ふわあ…凄いです…」

「へへっ、おいらすごいのかあ~!」

 星様と、そんな話をしながら歩いていましたら、あっと云う間に百貨店に到着しました。
 中に入りまして案内所へと行き、下着売り場の場所を聞きます。
 案内所に居た方が、ご丁寧にも、僕達をそこまで連れて行って下さいました。お礼を言いましたら『また何かあったら、気軽に声を掛けてね』と、言って下さいました。とてもご親切な方です。見習わなければなりませんね。

「ええと、多分、ブリーフの事ね」

「ぶりいふ…」

 売り場の店員さんに、異国の下着の事を聞きましたら、何やら聞き慣れない言葉が耳に入って来ました。

「これよ。見本だから、好きに触って良いわよ」

 店員さんが、にこにこと差し出して来ました、白いそれを僕は両手で受け取りました。

「やわらかいな、これ」

 星様も見本を渡されて、しげしげとぶりいふを見ています。

「この穴から、ちんちん出すのか?」

「あら、ちんちんだなんて!」

 恐らくは、股間にあたります布の合わせ目の部分から、わきわきと手を出して言う星様の言葉に、店員さんが口に両手を合わせて目を瞬かせました。

「違うのか?」

「ううん、違わないわ。そうよ。そこから出すの。洋装の時に、ズボンを下ろさなくても、チャックを下ろすだけで良い様になっているのよ」

 首を軽く傾げます星様に、店員さんは笑顔で説明をして下さいました。

「ようそう…そっか…。おいらも、買おかな。親父殿が喜ぶかも」

 そう言いながら、星様はまたぶりいふをしげしげと見詰めました。

「あらあら。お父様思いなのね? 大きさはどれぐらいかしら?」

「ちんちんのか? 親父殿のは、おいらのより大きいぞ!」

「まっ!」

 また両手で口を押さえて、店員さんが目を見開きました。
 僕は慌てて、店員さんが言いたかった事の補足をします。

「せ、星様、違います! おちんちんでは無くて、お身体の大きさの事だと思います! そうですよね!? おちんちんの大きさではありませんよね?」

「おちんちんっ!」

「あ、あの…?」

 何故だか、店員さんは顔を赤くして両手で口を押さえたまま、お身体をくの字にして『…ちんちんにおちんちん…』、『…くっ…ころ…』、『…天使か…天使なのか…』等とぼそぼそと呟いています。
 熱でもあるのでしょうか? 体調が宜しくないのならば、休憩を取られた方が良いかと思いますが。
 そんな体調不良の中でも『一般的な体格の成人男性の方でしたら、こちらを。少々ふくよかな方でしたら、こちらがお薦めですね』と、ぶりいふを選んで下さいました。体調が悪くても、お仕事をこなさなければならないとは…外で働くとは、大変な事なのですね。

「…お仕事…」

 ぽそりと僕は呟きました。
 星様はお仕事に、父君様や旦那様と同じ職業を選んだと言いました。
 その為に、剣術道場へ通うと…恐らくは基礎を学ぶ為でしょう。
 …僕は…何も考えては居ません…。
 ただ、このまま、旦那様のお傍に居られたら満足なのですが…。
 そう云う訳には行かないのでしょうね…。
 "養子"になりましたから、お屋敷の事だけに没頭する訳には行かないでしょうし。
 ごくつぶしの不肖の息子等と言われてしまいましたら、旦那様にご迷惑が掛かります。
 お仕事…僕に…何が出来るのでしょうか…?

「あ、そうだ! 昨日な、るりこからせんせーのお見舞いにみんなで行こうって、電話があったんだ! ゆきおも行くよな?」

「あ、はい。勿論です。是非、ご一緒させて下さい」

「んじゃ、おいら返事しとくな。ゆきお、おじさんの怪我があるから、無理に誘ったら悪いかもって、るりこ気にしてたからな!」

「ああ、ご心配お掛けしました」

 そうです。お怪我をされたのは旦那様だけではありませんのに。
 菅原先生は、旦那様よりも大変なお怪我をされましたのに。
 義足になると、相楽さがら様が教えて下さいました。
 僕達が去った後、お一人で心細かったと思います。
 それですのに、果敢に妖に立ち向かわれたそうです。
 菅原先生も、お強い方です。
 星様もそうでしたが…そんなお二人に比べますと、本当に僕は何て弱いのでしょう。
 きっと、僕一人だけでしたら、ばくばくと食べられていて、今、ここには居なかったのでしょうね。
 情けないですね…。
 こんな情けなく頼りない僕ですから、褌を締めさせるだなんて、無防備に身体を預ける様な事なんて出来る筈がありませんよね…。
 こんな僕が、旦那様のお役に立ちたいだなんて…旦那様をお守りしたいだなんて…何ておこがましいのでしょう…。
 ああ…また…沈んで来てしまいます…。

「でな、でな、今、茶碗蒸しの作り方を親父殿に教わって練習してるんだ! 今度、ゆきおにも食べてもらうからな!」

 そんな風に笑いながら語る星様の言葉に、何故か胸がぽかぽかとして来まして、沈みそうな気分が浮上して来ました。
 星様は、本当に不思議な方です。
 星様のおひさまの様な笑顔は、僕に力をくれる様です。
 これが、まぶだちと云う事なのでしょうか?
 ですので。

「それは、楽しみです」

 と、僕も笑ったのでした。
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