旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【八】旦那様とお見舞い

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「では、行って来ますので、くれぐれもくれぐれも、自重していて下さいね?」

 旦那様の問題行動から三日経った日の朝。
 僕は玄関で旦那様を見上げながら、厳しい口調で言いました。

「…ああ…。解ってる…木刀は天野に取り上げられたし、相楽さがらは日に二回来るし、みくも一日に一回来るし…皆して、俺を何だと思っているんだ…」

「そのようにだと思いますよ」

 苦虫を潰した様なお顔をされます旦那様に、僕は心を鬼にして強く冷たく言いました。

「ぐ…っ…!」

 不躾だと、不敬だと思いますが、これが言わずに居られますでしょうか。
 旦那様は、もっと自分のお身体に気を使うべきです。
 大変なお仕事をされているのですから、長く間を空けたくは無いのでしょうが、その様なお身体で無理をして、悪化させて治りが遅くなっては、元も子もありません。
 皆様、誰もが旦那様の心配をされているのです。
 ですから、それはそれは強く言うのです。
 先日の天野様には、本当に驚きました。
 普段は穏やかで愉快な天野様ですが、お怒りになられると、あんなにも恐ろしい方でしたとは。
 旦那様が、全く言い返せませんでしたからね。相楽様よりも、恐ろしいと思いました。
 これからは、天野様のお怒りに触れない様に、気を付けないと行けませんね。

「それでは、行って参ります。早めに戻りますので」

「…ああ…。菅原先生に宜しく。せい以外の友人とは久しぶりに会うのだろう? ゆっくりとして来れば良い。みくも言っていたが、昼を食って来れば良いぞ。俺のはみくが作ってくれるそうだからな」

 細い目を更に細めて笑います旦那様の言葉に、僕は頷きます。

「ありがとうございます。それでは、その様にさせて戴きます」

 そうでした。昨日、星様からお電話がありました時に、丁度みくちゃん様も居まして、菅原先生のお見舞いのお話をしたのでした。そうしましたら『お見舞いの後、皆でお昼でも食べながらお喋りして来れば良いわ。旦那様は、私がしっかり監視しておくから』と、言って下さったのでした。せっかくのご好意です。有難く受け取りましょうね。

 軽く手を振って僕を送り出して下さる旦那様に頭を下げて、目的地の病院へと向かいます。
 病院の入口前にて、十時半に待ち合わせです。
 お花は瑠璃子るりこ様が御用意して下さるとの事でしたから、僕は差し入れに羊羹を作りました。
 菅原先生も甘い物がお好きですから、きっと喜んで下さる筈です。
 倫太郎りんたろう様も、何かを御用意していらっしゃるのでしょうか?
 それにしても。星様以外のお二人とはお久しぶりの再会になります。
 星様から、お二人はお元気だとお聞きしていますから、問題は無いと思われますが。
 あの日蝕の日は、どの様に過ごされていたのでしょうか?

「おー! ゆきおー! こっちだぞー!」

 病院の門の前に立つ星様が僕に向かって手を振っています。下ろされている手には、紙袋があります。お見舞いの品でしょうか?

「星様、おはようございます。お早いですね」

 足早に星様の元へと行きまして、僕はそう声を掛けました。十分前に着く様にお屋敷を出て来ましたのに、まさか、僕より先に来ていましたとは。

「へへっ。りんたろや、るりこに会うの久しぶりだからな! 楽しみで、早くに目が覚めた!」

 そう楽しみだと笑う星様に釣られて、僕の頬も緩みます。

「あー。雪緒君に星君、早いー! 私が一番乗りだと思ったのにー!」

「あ、おはようございます。…る…りこさ、ま…?」

 背後から掛かりました声に振り向きましたら。

「あ、驚いた? えへへ。こっちのが動きやすいから」

 瑠璃子様は、まるで悪戯が成功したようなお顔で笑いながら、くるりと身を翻して見せました。
 長い三つ編みの御髪は、お休みに入る前と同じなのですが。
 身に着けて居ますのが、着物では無くて。夏の空の青さを思わせる色の一枚の膝下までしかない短い丈の…ええと…。

「ワンピースよ。似合う?」

 肩に掛かった御髪を片手で払いまして瑠璃子様が言う言葉に、僕と星様がこくこくと頷きます。

「えへへ、ありがとう。お花、先生喜ぶかなあ?」

 そう言いながら、もう片方の手に持っていました花束を僕達に掲げて見せます。
 真っ白なお花や、鮮やかな橙色、青や黄色と様々なお花の束です。生憎と僕はお花には詳しくはありませんので、どれがどの様なお名前なのかは解りませんが、見ていて飽きないので、とても良いと思います。

「ん! 色んな色があって良いぞ! ん? るりこ、背、伸びた? おいら達よりでかい? ずるいぞ!」

 星様が、瑠璃子様の目の前まで寄りまして、その頭の上に手を翳してご自分の頭の上とを行ったり来たりさせています。

「んん? あ、ブーツのせいかな? ほら、踵がね。高いの」

 瑠璃子様は、とん、と、地面に爪先を立てて踵を見せて来ます。その高さは拳を縦に一つ分ぐらいはあるでしょうか?

「ふわあ…」

「…ぶーつ…ずるいぞ…」

「…お子様か…お前ら…」

 瑠璃子様のぶうつを羨ましそうに見ていた僕達の耳に、呆れた様な低い声が届きました。

「倫太郎様、おはようございます。倫太郎様も瑠璃子様もお変わりない様で…」

「おう、おはよ。堅苦しい挨拶は要らねーから。ほら、先生のとこ行こうぜ? 雪緒は親父さんはどうなんだ?」

 僕の挨拶を片手で制しながら、少し日に焼けた様な倫太郎様が肩を竦めて笑います。

「あ、はい。だ、父上様は、少々お灸を据えられまして、今は大人しくされています」

「ぶっ、何だそりゃ。あ、先生にどら焼き買って来たんだけど、食べ物の差し入れって大丈夫なのかな?」

「あ。僕も気になりまして確認をしましたら、問題無いそうですよ」

「ありゃ。甘い物だらけだな。おいら、プリン作って来たんだ。みんなの分もあるから、せんせーといっしょに食べような!」

「ぷりん?」

 ぷりんが何なのかは解りませんが、星様がお作りになられる物に間違いはございません。
 とても楽しみです。
 僕達は休み中どう過ごして居たか、あの日蝕の日はどうだったとか、そんな話をしながら菅原先生の病室を目指したのでした。
 そうして、嬉しそうに出迎えて下さった菅原先生と、星様がお作りになられたぷりんを食べながら、色々なお話をしました。
 瑠璃子様が、薙刀を手にあやかしと戦いましたとのお話しには僕もびっくりしましたが、菅原先生も『相葉は大人しい子だと思っていた…』と、目を丸くされていました。
 そうして『まだ、先の話なんだけど』と、菅原先生が話して下さった内容に、また驚きました。
 "学び舎"の名称が"学校"へと変わり、"義務教育"になるとの事です。通う為に掛かる費用も、国から補填されるとの事で、個人の負担がかなり減るそうです。今回の日蝕の事を風化させてはならない、歪み無く語り継いで行かなければならない。そう云う事らしいです。菅原先生も、そのまま"学校"へとお勤めされるとの事です。安心しました。
 そして、星様の『親父殿と同じ仕事をする』と云う言葉に、瑠璃子様が『私も!』と言い出しまして、また僕達は驚きました。そんな中で倫太郎様が『今の先生の話を聞いて、講師…いや、教師を目指す』と、言いました。自分は、星様や瑠璃子様の様に、刀も薙刀も振り回せない。けど、語る事は出来るから、と。

「ゆきおは?」

 そんな流れですから、自然と星様が僕に聞いて来ても不思議ではありません。

「…僕は…」

 僕も、星様や瑠璃子様の様に、手に武器を持って戦うだなんて考えられません。
 仮に、それを手にしたとしても、立ち向かう勇気等ありません。
 そんな僕に出来る事。
 旦那様がお怪我をされてから、ずっと思っていた事。
 お怪我のお手当ならば、僕にも出来る筈です。
 旦那様のお手当をされる相楽様の手の動きを、僕はずっと目で追っていました。
 あれ程に素早く的確に出来る様になりたい。そう思いました。
 相楽様から、こつ等をお聞きしたりしました。
 誰よりも早くに、旦那様のお怪我を癒してあげたい。
 ですから。

「…僕は…お医者様になりたいです…。…出来れば…その…治療隊…でしたか? 菅原先生の元へと駆け付けて下さったのは? …そうなりたいです…」

 そうです。
 そうすれば、誰よりも早くに旦那様のお手当が出来ます。
 そうしたら、旦那様はお喜びになる筈です。
 そうなれば、僕はあんな風に守られる事もなく、胸を張って旦那様のお隣に立てる筈です。
 僕なりに、僕の出来る範囲で、旦那様をお守り出来る筈です。

「…ん? ん~? うーん…? まあ、立派な志だと思うが…相葉も、杜川も、高梨も、親御さんとよおく話せよ?」

 そう思いましたのに、菅原先生は腕を組んで曖昧に笑っていました。
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