旦那様と僕

三冬月マヨ

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やがて

【九】旦那様はお馬鹿さん

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「旦那様はお馬鹿ちんさんですっ!! 行きましょう、せい様っ!!」

「おわっ!?」

 顔を赤くして、雪緒ゆきおは流れていた涙を拭い、星の腕を引いて部屋を出て行った。

「あらら~…。でも、怒った雪緒君も、雪緒君のままなんだね~。お馬鹿ちんさんだなんて~、可愛いなあ、もう~。は~、熱いねえ~、若いって良いね~」

 相楽さがらが暢気に何やら言っているが。
 俺は、ただ、雪緒の去って行く後ろ姿を、呆然と見送る事しか出来なかった。

 ◇

 雪緒達が菅原先生の見舞いに行った数日後、俺も彼の見舞いに病院を訪れて居た。
 当初は雪緒達と共にと思ったが、保護者が居ては話し難い事もあるだろうと思ったのだ。
 今日も雪緒は家で星と勉強をしている。菅原先生の見舞いに行った日から毎日だ。朝、十時頃に星がやって来て、昼には二人で仲良く台所に立つ。
 雪緒が星に教えたり、星が雪緒に教えたりしている。
 そんな二人の姿は見ていて微笑ましい物がある。
 そうして、十五時前に星は『また明日な!』と、帰って行く。
 そんな穏やかな日々が続いていた。
 が、一つ気になる事がある。
 勉強中は部屋に来るなと、念を押されたのは何故なのだろうか?
 解らない処があれば、教えてやれる事もあるかも知れないのに。
 自分達の力で何とかしたいと云う事なのだろうか?
 それにしても、少しぐらいは頼ってくれても良いのではないだろうか?
 解らなくとも、怒ったりはしないのに…多分…恐らく…。
 何時か離れて行く日が来ると思ってはいても、こんな風に距離を取られると、やはり寂しい物がある。
 それを願う気持ちがあるのに、未だ早いと、そう思ってしまう。
 未だ、この手の中に居て、守られて居て欲しいと思う。
 …何て我儘なのだろうな…。

「ああ、高梨さん。先日はありがとうございました」

 六人部屋の一番奥、窓際のベッドに菅原先生は居た。身体を起こして、俺に穏やかな笑顔を向けて来る。

「いえ、こちらこそ。改めて、あの時のお礼とお見舞いを。甘い物がお好きだと雪緒から聞きましたので。こちら、大福です」

 ベッドの側にある丸椅子に腰掛けて、紙袋に入った大福を渡した。その中には見舞金も忍ばせてある。

「やあ、嬉しいですね。大福とか売店では売ってなくて。この足ですから、外へ行くのも尻込みしてしまって」

 右手で頭を掻きながら、照れた様に菅原先生は笑う。

「…義足になるとの事ですが…」

「ああ、はい。時間が掛かるそうなので、今は松葉杖で歩く練習をしていますよ。動かさないと、右足の筋力が落ちてしまいますからね。幸い入院費やら何やらは国で出して戴けるそうですし、職の方も失う事が無くてほっとしています」

 あやかしに寄って被害にあった者達にも、程度に寄るが国から手当てが出る。
 菅原先生の場合は、その度合いから当面の生活費等も含まれるだろう。

「そうそう。昨日、杜川もりかわ君のお父さんが来たんですよ。高梨さんは杜川さんの甥っ子さ…」

「げほっ、ごほっ!!」

 何を吹き込んでいるんだ、あの親父はっ!!

「高梨さん!?」

「あ、いや、失礼を…。…その…彼は…司令は何と…?」

 思わず咽た俺に菅原先生が驚いて手を伸ばして来るが、左手で口を押さえている為、それを目で制する。
 片手しか使えないのは、本当に不便な物だ。

「あ、はい。あの日は息子の事でお礼を言えず申し訳無かったと。また、妖について思った事があれば、どんな事でも教えて欲しいと言われました」

 議事録にもあった、新月の時の様な狂暴化の事か?
 しかし、幾度も襲われているのならともかく、恐らくは初めてであろう菅原先生に聞くのは如何な物だろうか?
 それとも、他に何かあるのか?

「そう言えば、雪緒君から聞きましたか?」

「ああ、はい?」

 そんな事を思っていたせいか、菅原先生の言葉が良く聞き取れず、聞き返したのだが。

「そうですか。お聞きしましたか」

 どうやら、了承と取られたらしい。
 いや、何を?

「医師を目指すのは大変だと思いますが、雪緒君は勉強熱心ですし、覚えたら忘れませんし、何よりも高梨さんの怪我を誰よりも早くに治したいと言うのですから、可愛い…っと、失礼。お父さん思いの良い息子さんですね」

 …は…?
 医師…?
 雪緒が?
 何だそれは?
 俺は一言も聞いてはいないが?
 星と勉強しているのは、医師になる為?
 だが、それなら何故、俺に秘密にする?
 まさか、俺がお前には無理だと、馬鹿にするとでも思ったのか?
 そんな事がある筈が無いだろう?
 お前が望む事なら、叶えてやりたいと思う。
 出来るだけ手助けしてやりたいと思う。
 お前が望む事の邪魔等、俺がする筈も無いのに…。

「あ。治療隊に入りたいと、そう口にしていましてね」

 口を押さえて黙り込む俺が、雪緒を褒められて照れて居ると思ったのか、追い打ちを掛ける様に菅原先生がそれを口にした。

 …それか…っ…!

「…そう、ですか…」

 医師になりたいと語った時の雪緒を思い出しているのか、微笑ましいと目を細める菅原先生に、俺はただ静かに頷いた。
 それから、普段の学び舎での雪緒の様子を聞いたりして、病院を後にした。

 雪緒が医師を目指したいと云うのには、別に反対はしない。
 だが、治療隊なぞ論外だ。
 現場へは勿論、護衛となる者が付くが、だからと云って完全に安全だとは言い切れない。
 そんな危険な仕事を雪緒にさせる訳には行かない。
 生命の危機になぞ、晒せる筈も無い。
 雪緒は、その事に気付いていないのか?
 いや、気付いているからこその、閉め出しだ。
 反対されると解っているから、勉強中は近付くなと言ったのだ。
 それに、誰かの怪我では無くて、俺の怪我を治したい?
 俺だけを?
 それだけが理由ならば、尚更だ。
 それだけならば、尚更、雪緒を隊に入れる事等出来る筈が無い。
 そんな考えしか無いのであれば、俺は断固として認める訳には行かない。

「あ~。ゆかり君、丁度今~、君の家に…って、どうしたの~? 何か、怒ってない~?」

 家の近くまで来た時に、相楽に出会った。
 朝来た時に、午後から病院へ行くと、十五時前には戻ると話してあったから、頃合いを見て出て来たのだろう。

「…お前は知っていたのか?」

「ん~? 何を~?」

 俺の唐突な問いに、相楽は眼鏡の奥の目を丸めて軽く首を傾げた。
 病院で雪緒は、相楽と二人で話していた。
 尿瓶を手にしていた事から、排泄の話かと思っていたが…実際は、医師になるにはどうしたら良いのかと云う話だったのかも知れん。雪緒は、何時も相楽が俺を治療する様子を見ていた。それは、相楽が雪緒に"こうするのだ"と、教えていたのではないのか?

とぼけなくても良い。とにかく、雪緒と話さなければ」

「ちょ、ちょっと待ってよ。何で怒ってるの? 誰に怒ってるの? ねえ、まさか雪緒君? 何で? 惚けるって何さ?」

 相楽が慌てた様子で俺の左腕を掴んで来るが、俺は無言でそれを振り払い、玄関の戸へ手を掛けた。
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