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向日葵―奇跡の時間―
向日葵の想い【十六】
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それから節分が来て。
『食べ物は投げてはいけません。こんなに小さなお豆でも当たると痛いのです』
と、ゆき君が目を伏せて言ったので、節分の豆撒きは止めて、代わりに鬼役の紫様を皆で擽り倒す事になりました。
ゆき君のその言葉は、節分の時にはゆき君が豆を投げ付けられていた経験から来る物だと窺う事が出来て、胸が苦しくなりました。その鬱憤を晴らすかの様に、つい、紫様を擽り倒してしまいましたわ。
ゆき君から贈られた便箋を使った、そんな節分の折を綴った私の文への叔父様からのお返事が先日届きまして、丁寧に折られた便箋を開きましたら『ははは! 楽しそうで何よりだ。その時の紫君を是非見たかった物だ』と、書かれていました。お妙さんに写真機を渡して、撮って貰っていましたので、後で写真を送りましょう。『申し訳ございません』と、口にしながら真面目な顔で紫様の脇腹を擽るゆき君の姿は、中々貴重な一枚だと思います。笑うのを堪えて悶える紫様の姿もですけれど。
そんなゆき君がお庭で洗濯物を干すのを、私は茶の間でお茶を飲みながら見ています。
「…雪緒坊ちゃん、また少し背が伸びたみたいですね」
「え?」
私から少し離れた場所で縫い物をしていたお妙さんが言う言葉に、私は改めてお庭にいるゆき君を見ました。
「洗濯物を干す時に、背伸びをするのは同じですが、ほら、踵が、こう…」
と、お妙さんが右手を上げたり下げたりしています。
「あらあら? …そう言われれば…もう少し足の裏が見えていた様な…?」
「ゆっくりとではありますけれど…気付けば成長している物です」
「そうね…」
目を細めてゆき君を見るお妙さんに、私の目も自然と細くなります。
後もう少しで、ゆき君が来てから一年になるのね。本当に時間が経つのって、過ぎてしまえばあっと云う間だわ。こんな風に日々を過ごして時が過ぎて行って、ゆき君が大人になって…何時かはここを出て行くのかしら…?
「…お嫁さんを迎えて行ってしまうのだわ…」
寂しいわ…。
「奥様、奥様、そんな先の事を思って遠い目をしないで下さいまし」
「あら、だってもう少しでゆき君が来て一年よ? 時が過ぎるのは早いわ。きっと、ゆき君が大人になるのなんて直ぐよ。そうしたら、きっと想う人が出来て、結婚して出て行ってしまうのよ。いいえ、そうならなくても、外へ働きに出る様になったら、きっと出て行ってしまうのだわ。ああ、寂しいわ。ゆき君が家に来たお嫁さんなら良かったのに。そうしたのなら、ゆき君が出て行く事は無いのに。私もお妙さんの様に、何枚でもおしめを縫うのに…」
「奥様ぁ…」
頬に手をあてて、ちらりとお妙さんの手にある縫い掛けのおしめに目をやれば、お妙さんは情けない声を上げました。
そのおしめは、お妙さんの娘さんの赤ちゃんの物です。『何枚あっても困る物じゃない。必要がなくなれば雑巾にするだけ』と、古い着物を崩して縫っています。この時のお妙さんは、本当に優しい笑顔を浮かべていて、それを見ている私も、また、自然と笑顔が溢れます。
「お妙さん、お手紙が届いています」
「ああ、ありがとう、雪緒」
空になった洗濯籠を持ったゆき君が縁側から上がって来て、お妙さんに手紙を渡します。
「ゆき君、ご苦労様。冷えたでしょう? 今、温かいお茶を煎れるわね」
「あ、自分で煎れます。奥様とお妙さんのお茶が温くなっている様ですので、煎れ直しますね」
「ゆ~き~君?」
「はひ!?」
私が立ち上がって、軽くゆき君の額に人差し指をあてれば、ゆき君はカチカチに固まってしまいました。
「洗濯籠をお風呂場に置いて戻って来るまで、私とお妙さんにお茶を我慢しろと言うのかしら?」
「い、いいえ、その様な意味では…」
「ゆき君が、洗濯籠を置きに行っている間に、私がお茶を煎れるわ。そうしたら待つ必要が無いもの。皆で温かいお茶を飲みましょう? いいわね?」
「は、はひ!」
慌ててお風呂場に籠を置きに行くゆき君の背中を見送っていたら、クスクスとした笑い声が聞こえて来ました。
振り返れば、手紙を口元にあててお妙さんが優しく目を細めています。
「ほんに、慌てる雪緒坊ちゃんは愛らしいです」
「…困らせたい訳では無いのだけど…こうでもしないと、私にお茶を煎れさせてくれないのだもの…」
少し拗ねた物言いになってしまった私を見て、お妙さんが『そんな奥様も可愛らしいです』と、笑います。
あら、嫌だわ。とうの立った私が可愛いだなんて。
「…あれ…?」
「お妙さん? どうかしたの?」
お茶の葉を新しい物にしましょうと急須を手にした時、お妙さんの困惑した様な声が届きました。
「あ、いえ…。娘からかと思ったら…その旦那からでした…」
「…え…?」
お妙さんの言葉に、何故か胸の奥がざわつきます。
「ああ、いえ、急ぎなら電話がありますからね。大した事では無いと思いますよ。先日送ったお包みや、おしめのお礼かも知れませんて。きっと娘に言われたんでしょう」
それが顔に出てしまったのでしょう。お妙さんが慌てて、頬を緩めて肩を竦めて見せました。
「あ、え、そうね。娘さんのお尻に敷かれているのでしたっけ?」
私も、手にした急須をトンと指先で突いて笑顔を浮かべます。
「誰に似たのか、気の強い娘ですから」
「あらあら」
そう笑いながらも、何故か胸に浮かんだ不安は広がって行くのでした。
『食べ物は投げてはいけません。こんなに小さなお豆でも当たると痛いのです』
と、ゆき君が目を伏せて言ったので、節分の豆撒きは止めて、代わりに鬼役の紫様を皆で擽り倒す事になりました。
ゆき君のその言葉は、節分の時にはゆき君が豆を投げ付けられていた経験から来る物だと窺う事が出来て、胸が苦しくなりました。その鬱憤を晴らすかの様に、つい、紫様を擽り倒してしまいましたわ。
ゆき君から贈られた便箋を使った、そんな節分の折を綴った私の文への叔父様からのお返事が先日届きまして、丁寧に折られた便箋を開きましたら『ははは! 楽しそうで何よりだ。その時の紫君を是非見たかった物だ』と、書かれていました。お妙さんに写真機を渡して、撮って貰っていましたので、後で写真を送りましょう。『申し訳ございません』と、口にしながら真面目な顔で紫様の脇腹を擽るゆき君の姿は、中々貴重な一枚だと思います。笑うのを堪えて悶える紫様の姿もですけれど。
そんなゆき君がお庭で洗濯物を干すのを、私は茶の間でお茶を飲みながら見ています。
「…雪緒坊ちゃん、また少し背が伸びたみたいですね」
「え?」
私から少し離れた場所で縫い物をしていたお妙さんが言う言葉に、私は改めてお庭にいるゆき君を見ました。
「洗濯物を干す時に、背伸びをするのは同じですが、ほら、踵が、こう…」
と、お妙さんが右手を上げたり下げたりしています。
「あらあら? …そう言われれば…もう少し足の裏が見えていた様な…?」
「ゆっくりとではありますけれど…気付けば成長している物です」
「そうね…」
目を細めてゆき君を見るお妙さんに、私の目も自然と細くなります。
後もう少しで、ゆき君が来てから一年になるのね。本当に時間が経つのって、過ぎてしまえばあっと云う間だわ。こんな風に日々を過ごして時が過ぎて行って、ゆき君が大人になって…何時かはここを出て行くのかしら…?
「…お嫁さんを迎えて行ってしまうのだわ…」
寂しいわ…。
「奥様、奥様、そんな先の事を思って遠い目をしないで下さいまし」
「あら、だってもう少しでゆき君が来て一年よ? 時が過ぎるのは早いわ。きっと、ゆき君が大人になるのなんて直ぐよ。そうしたら、きっと想う人が出来て、結婚して出て行ってしまうのよ。いいえ、そうならなくても、外へ働きに出る様になったら、きっと出て行ってしまうのだわ。ああ、寂しいわ。ゆき君が家に来たお嫁さんなら良かったのに。そうしたのなら、ゆき君が出て行く事は無いのに。私もお妙さんの様に、何枚でもおしめを縫うのに…」
「奥様ぁ…」
頬に手をあてて、ちらりとお妙さんの手にある縫い掛けのおしめに目をやれば、お妙さんは情けない声を上げました。
そのおしめは、お妙さんの娘さんの赤ちゃんの物です。『何枚あっても困る物じゃない。必要がなくなれば雑巾にするだけ』と、古い着物を崩して縫っています。この時のお妙さんは、本当に優しい笑顔を浮かべていて、それを見ている私も、また、自然と笑顔が溢れます。
「お妙さん、お手紙が届いています」
「ああ、ありがとう、雪緒」
空になった洗濯籠を持ったゆき君が縁側から上がって来て、お妙さんに手紙を渡します。
「ゆき君、ご苦労様。冷えたでしょう? 今、温かいお茶を煎れるわね」
「あ、自分で煎れます。奥様とお妙さんのお茶が温くなっている様ですので、煎れ直しますね」
「ゆ~き~君?」
「はひ!?」
私が立ち上がって、軽くゆき君の額に人差し指をあてれば、ゆき君はカチカチに固まってしまいました。
「洗濯籠をお風呂場に置いて戻って来るまで、私とお妙さんにお茶を我慢しろと言うのかしら?」
「い、いいえ、その様な意味では…」
「ゆき君が、洗濯籠を置きに行っている間に、私がお茶を煎れるわ。そうしたら待つ必要が無いもの。皆で温かいお茶を飲みましょう? いいわね?」
「は、はひ!」
慌ててお風呂場に籠を置きに行くゆき君の背中を見送っていたら、クスクスとした笑い声が聞こえて来ました。
振り返れば、手紙を口元にあててお妙さんが優しく目を細めています。
「ほんに、慌てる雪緒坊ちゃんは愛らしいです」
「…困らせたい訳では無いのだけど…こうでもしないと、私にお茶を煎れさせてくれないのだもの…」
少し拗ねた物言いになってしまった私を見て、お妙さんが『そんな奥様も可愛らしいです』と、笑います。
あら、嫌だわ。とうの立った私が可愛いだなんて。
「…あれ…?」
「お妙さん? どうかしたの?」
お茶の葉を新しい物にしましょうと急須を手にした時、お妙さんの困惑した様な声が届きました。
「あ、いえ…。娘からかと思ったら…その旦那からでした…」
「…え…?」
お妙さんの言葉に、何故か胸の奥がざわつきます。
「ああ、いえ、急ぎなら電話がありますからね。大した事では無いと思いますよ。先日送ったお包みや、おしめのお礼かも知れませんて。きっと娘に言われたんでしょう」
それが顔に出てしまったのでしょう。お妙さんが慌てて、頬を緩めて肩を竦めて見せました。
「あ、え、そうね。娘さんのお尻に敷かれているのでしたっけ?」
私も、手にした急須をトンと指先で突いて笑顔を浮かべます。
「誰に似たのか、気の強い娘ですから」
「あらあら」
そう笑いながらも、何故か胸に浮かんだ不安は広がって行くのでした。
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