旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【十五】

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 …まあ、歳も離れていますし。ゆかり様にもゆき君にも、その様な想いは無いと思いますが。
 それに、ゆき君が…同性を想うのか…解りませんし…。
 …二人がそうなったら素敵だけれど…強制する物ではありませんものね…。
 …と、云うか、ゆき君と恋愛と云う物が結び付かないのだけれど…。
 …だけれど…。
 …夢を見るくらいは良いわよね?
 紫様なら…あの人なら…もしも、恋仲になったとしたのなら、絶対に周りの誹謗中傷から守って下さるでしょうから、何があっても安心出来るもの。
 …ああ、本当にそうなったのなら、どれだけ素敵な事でしょう…。

 ◇

「ほら、雪緒ゆきお

 年が明けた日の遅い朝、茶の間で四人でお節料理を堪能していましたら、紫様が着物の袖から白い封筒を出してゆき君へと渡しました。三が日は、誰であろうと皆で食卓を囲む物と、紫様が押し切りまして、戸惑いながらもゆき君はお妙さんの隣に座っています。今日は、そのゆき君の隣に私です。私とお妙さんの間に、ゆき君です。そのゆき君のほぼ正面に紫様ですね。流石に新年早々鼻摘まみは、ね? 一年の計は元旦にあり、ですから。

「…こちらは?」

 白い封筒を受け取ったゆき君が首を傾げます。

「お年だ…いや、餅代だ」

 …紫様…。
 お餅代は年越し前に渡す物です…。
 思わず額に手をあててしまいます…お妙さんの肩が小さく震えていますわ…。

「お餅代…あ、お餅を買ってくれば良いのですね。開いているお店があるかは不明ですが、ただいま行って参りま…ふが…」

「待て待てっ!! 餅代とは方便だ! 餅を買わねばならん物では無いっ!! これは…ああ、毎年、この日に出る特別給金だ!」

 真面目な顔をして頷いたゆき君が立ち上がろうとするのを、身を乗り出した紫様がゆき君の鼻を摘まんで止めます。
 …この配置の意味って…。
 …紫様…本当に鼻を摘まむのが好きなのね…。
 …今年は鼻摘まみに始まって鼻摘まみに終わるのかしら…。

「…特別給金…」

「ああ、お妙さんにも渡してある。皆、これで欲しい物を買わなければいけない決まりがある。そうだろう、お妙さん?」

「へぃっ!?」

 …………………………紫様……そんな真面目な顔で嘘を言わないで下さい…。
 ああ、お妙さんには本当に年越し前にお餅代を渡していますけれど。…確かに、お年玉…特別なお小遣いなんて言ったら、ゆき君は受け取りませんけど…。…ゆき君が、これまでに何か自分の為に買ったと云う事も本当にありませんでしたけど…。…けど…いきなり話を向けられたお妙さんが気の毒ですわ…。

「これは毎年の決まりなのですか?」

「へ、あ、あああああ、あ、う、ん。そう、そう! 三が日が明けたら店もぼちぼち開くし、ばあちゃんと買い物に行こうなぁ、雪緒!」

 真面目な顔でお妙さんを見上げるゆき君に、お妙さんは目を泳がせながらも、そう笑ったのでした。
 流石お妙さんですわ。
 あら? 二人でお買い物? それって、ゆき君の初デートになるのかしら? あらあら?

「…お買い物…」

 白い封筒を両手で持って、それをじっと見詰めながら呟くゆき君は、やっぱり可愛いわねと思いながらも、少々呆れを含んだ目で紫様を見ましたら、紫様は申し訳なさそうに顔の前で片手を立てたのでした。

 ◇

「え、私に?」

 それから数日後、茶の間にてお妙さんとお買い物に出掛けたゆき君から、私は綺麗に包装された長方形の包みを渡されました。
 お妙さんは私とゆき君にお茶を出した後、台所に籠もっています。

「はい。奥様はお便りを書くのがお好きですから、便箋と封筒と、あと万年筆です」

「あらあら、お餅代で? ありがとう、嬉しいわ。他には何か買ったのかしら?」

「はい。お妙さんはお腰の具合が宜しくないので、こるせっとを。あ、あと、お汁粉が美味しかったので、もう一度作って欲しくてあんこを。旦那様にはお酒と盃を買って来ました。お勤めからお帰りになりましたら渡したいと思います」

 いえ…私が聞きたかったのは、誰に何を買ったとかでは無くて…。
 って、あんこ? お汁粉? そう云えば、甘い匂いが漂って来ていますわね?

「…えぇと…ゆき君の物は? ゆき君は自分の欲しい物は買わなかったのかしら?」

 …あんこは…欲しい物に入るのかしら…?

「僕、ですか?」

 きょとんと目を丸くして軽く首を傾げた後に、ゆき君は続けます。
 
「僕が欲しい物は総て揃っていますから、必要ありません。綺麗な着物も、草履も足袋も、暖かいお部屋にお風呂に…お食事…これ以上、何を望む必要があるのでしょうか?」

「…ゆき君…」

 無表情に近い真面目な顔でそれを告げられて、私は胸が痛みました。
 無欲…そう言えば聞こえが良いのかも知れません…けれど…。ここに来るまでの暮らしが、ゆき君をそうさせたのだと思うと、とてもやりきれなくて…。…我慢を我慢だと思えないのだと…そう思えてしまって…。

「…あの…御迷惑でしたか…?」

 申し訳無さそうに肩を落として、俯いてしまいそうなゆき君に、私は軽く肩を竦めて口元を綻ばせます。
 ごめんなさいね? そんな顔をさせたかった訳じゃないのよ?

「いいえ。迷惑だなんて事は無いわ。嬉しいのは本当よ。…ただ、少し…ゆき君に贅沢を覚えて欲しい…そう思っただけよ…」

 お年玉なんて、子供達はここぞとばかりに自分の欲しい物を買うと思うのだけれど…ゆき君は、そうではないのね…。…そう思う事も…ないのね…? …ああ、でも…こんな風に私達に必要だと思う物を選ぶ…そんな心はあるのだわ…。…本当に…優しい子ね…。…紫様へのお酒は…どうかと思うけれど…。

「贅沢なら、もう沢山しています。ここに、こうして居られる事。これ以上の贅沢はありません」

「…ありがとう…」

 少しだけ眉を下げて、少しだけ口元を綻ばせるゆき君に、私は震える唇を着物の袖で隠して、そう返すだけで一杯でした。

「何故、奥様がお礼を口にされるのでしょうか? お礼を述べますのは…」

「ほらほら、お汁粉が出来たよ。雪緒が買ってくれたあんこだからね、この間のより美味しいさね。っと、腰が…」

 ゆき君の言葉を遮って、台所に続く戸からお椀を乗せたお盆を持ったお妙さんが顔を覗かせました。その目は微かに赤く染まっています。

「ああ! お声を掛けて下されば、僕が運びましたのに!」

 お妙さんが片手を腰に回したのを見て、ゆき君が慌てて立ち上がり、お盆を受け取ります。
 ゆき君が私に背中を向けたその隙に、私はそっと目尻を拭いました。そんな私を見たお妙さんが、静かに微笑んだので、私も小さく笑います。

 …それなら…。
 ここに居る事が贅沢だと言うのなら。
 こんな日々が贅沢だと言うのなら。
 辛くない笑顔を。
 幸せな笑顔を。
 贅沢な笑顔をゆき君に贈りましょう。
 ずっと、ずっと。
 私は笑顔でいましょう。
 ゆき君が呆れてしまうくらいに。
 何時か、ゆき君も同じく贅沢な笑顔を浮かべる日まで。
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