旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【十四】

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 ゴーン…ゴーン…とした音が遠くから微かに聞こえて来ます。
 今日は一年の終わりの日です。
 ストーブの柔らかな熱が灯る茶の間には私、ゆき君、ゆかり様が居ます。また、そのストーブの上には、大きなお鍋があります。その中身は荒く擦り下ろした大根、人参と、大豆に鮭の頭、油揚げを酒粕と塩で味付けした物です。見た目は少々不細工なのですが、冬の郷土料理でとても美味しいのです。お酒のおつまみに紫様が好んで食べます。温かな白いご飯に掛けて食べても美味しいです。

「…あの…これは何の音なのでしょうか…この様に夜遅くに、皆様に御迷惑だと思うのですが…」

「これは破魔の鐘の音だ」

 何処か落ち着かない様子のゆき君に、紫様が簡潔に説明しました。
 …簡潔すぎやしないかしら…?

「はま?」

「神社で毎年大晦日の夜に鐘を撞くのよ。この一年で溜まった邪気を払うの」

「じゃき…」

 首を傾げるゆき君にそう補足したら、ゆき君は益々首を傾げてしまいました。心なしか身体も傾いている様に見えます。
 あらあら、座布団から落ちてしまいそうよ?

「さあさあ、お蕎麦が出来ましたよ。鐘の音が止む前に食べましょう」

 そんな心配をしていたら、台所からお盆を手にしたお妙さんが現れました。お盆の上にある四つの丼は、お妙さん特製の年越し蕎麦です。これを戴きませんと、一年が終わらないのです。

「ああっ。申し訳ございません。僕とした事が…ふが…」

「良いから座っていろ。今夜から少なくとも三日間は休めと言っただろうが」

 慌てて立ち上がろうとするゆき君を、紫様がその可愛らしい鼻を摘まんで止めます。
 …隣に並んで座ったのは、この為だったのかしら…。

「そうは言われましても、落ち着きません…お妙さんは動いていますのに、僕だけ何もしないだなんて…」

「昼間に沢山動いたじゃないか。鬼おろしで大根と人参、大変だったろ。それに、これは毎年私が好きでやってる事だからね。幾ら雪緒ゆきおでも譲れんて」

 お妙さんが目を細めて笑いながら、卓袱台に丼を並べて行きます。
 お妙さんが口にした様に、日中は明日からの三日間をゆったりと過ごす為に御節料理を作っていたのです。初めて作る大量の料理に、ゆき君はひたすら目を丸くしていました。お昼前にはみくちゃんが大量の伊達巻きを持って来て、ゆき君を喜ばせていました。私とゆき君とお妙さんにみくちゃんが台所に籠っている間、紫様は何度も様子を見に来ていました。
 紫様こそ、ゆっくりと休んだ方が良いと思うのですけれど。去年は新月でお勤めに出ていまして、お正月は文字通り寝正月だったのですから。

「まあ、全員揃ったな」

 お蕎麦を配り終えたお妙さんが、ゆき君の隣に座った処で紫様が口を開きます。

「今年も一年付き合ってくれて感謝する。来年もまた世話を掛けるかも知れんが、呆れずに付き合って欲しい」

 そう言って胡座を掻いた膝の上にそれぞれの手を置いて頭を下げる紫様に、私もお妙さんも肩を竦めて笑います。
 お世話になっているのは、どちらの方なのかしら? 毎年、毎年、本当に律儀ね。

「はっ!? いえ、お世話になっていますのは僕の方でして。この様に暖かな場所で新たな一年を迎える事が出来るとは夢にも思っていませんで…ふが…」

 頭を下げる紫様の横で、ゆき君が畳に三つ指を付いて頭を下げるものだから、ほら、また、紫様に鼻を摘ままれてしまいましたわ。

「そんなのは良いから、そら、食え。お妙さんの打った蕎麦は絶品だぞ。年に一回しか食えないんだからな」

「ふわわわわ…その様に貴重な物を僕なんかが戴いて宜しいのでしょうか…誕生日に続きまして、また、僕なんかがこの様な卓に…ふが…」

 …紫様…その内にゆき君の鼻が曲がってしまうと思うの…。
 でも…楽しそうだから良いのかしら…?
 本当に本当に…ゆき君の将来が心配だわ。ゆき君を想って、その鼻を摘まんでくれる人が現れると良いのだけど…。…そうね…ゆき君には、年上の人が良いわよね? 暖かくて、大きな愛情を持った人が良いわ。それを押し付けたりしない人が良いわ。静かにゆき君の成長を見守ってくれる人…あら…? 

 私の目に、優しく目を細めながら、恐る恐るお蕎麦に箸を付けるゆき君を見守る人が映ります。

 …あら…?

 その人はフッと軽く口角を上げてから、自分も箸を手に…。

 …あらあら…?
 
『…私は、女性を愛せないのです…』

 ……………………………………あら…?
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