旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵―奇跡の時間―

向日葵の想い【十七】

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「わあ、見て下さい奥様、土筆つくしが出ていますよ」

「あら、本当。もう、春もそこなのね」

「卵とじに天ぷら、佃煮…奥様はどれがお好きですか?」

「あらあら。そうね、私は…」

 今日は暖かく天気も良いので、私はゆき君と買い物へと出て来ています。その帰りに、たまには寄り道しましょうと、河原まで来ました。
 今頃はおたえさんがゆかり様に、お暇のお話をしている事でしょう。
 お妙さんの娘さんの旦那様からのお便り…それは、初産で情緒不安定になっているから、母親であるお妙さんに側に居て欲しいとの内容の物でした。その数日後にお妙さんに娘さんから『私の事は気にしないで。旦那が勝手にごめんね。私が誰の娘だと思ってるの? 心配しないで』と電話がありました。
 お妙さんは『全く、心配性な旦那だね』と、笑っていましたが…それから考え込む事が多くなった気がします。きっと、娘さんの傍に居たいのでしょう。母親になる娘さんの力になりたいと思っているのでしょう。紫様は自分達の事は気にせず、娘さんの傍に居てやると良いと言っています。私も、口ではそう言いますけれど…。…けれど…紫様と縁を結んでから、ずっと傍に居てくれたお妙さんが居なくなるのは、どうしても悲しく切なくて。きっと、酷い、辛い笑顔を浮かべていると思います…ああ、何て情けないのかしら…。
 私と縁を結ぶ時に、お妙さんの負担を減らそうとした紫様が、若い方を雇われた事がありました。…まあ、あまり口にはしたくはないのですけれどね? 雇用主である紫様の妻の私に暴言を吐く等と、お妙さんが紫様に泣いて報告してくれた事、本当に嬉しかったわ。私は、何時もの事と、聞き流していたのだけれど。何時も気を遣ってくれて、優しくて、私が大人しくしていないと怒ってくれて。そんなお妙さんが居なくなるなんて…。
 …けれど、やはり、そんなお妙さんが居たら心強いのは間違いが無くて。だから、素直に『寂しくなるけれど、娘さんの力になってあげて欲しいわ』と、情けない笑顔で言ったら、お妙さんも仕方が無いと言う様に、肩を竦めて笑ったのでした。

「ほら、見て下さい、奥様。こんなに採れましたよ。佃煮にしましょうか。お妙さんに良く作り方を教わらなければなりません」

 そんな事を考えていたら、ゆき君が買い物籠一杯の土筆を見せて来ました。

「あらあら。何時の間に…あら、あれは摘まないのかしら?」

 いけないわ。余り考え事をしていたら、ゆき君に心配を掛けてしまうわね。
 口元に手をあてて、土筆が出ていた一帯を見たら、ポツンポツンと頭を覗かせている物が残っていました。

「あちらはまだ小さいので、大きくなるまではあのままです」

「あらあら。そうね。この陽気が続けば、直ぐに大きくなるわね」

 真面目な顔で小さな土筆を見るゆき君に、自然と笑みが溢れます。
 この暖かい日に、辛くなる事を考えていたら駄目よね。ゆき君が笑える様にしていないといけないわよね?

「はい。そうしましたらお妙さんと一緒に摘みたいと思いす。お妙さんは凄いです。僕、土筆が食べられるだなんて知りませんでした」

 あらあら。もしかして、それが狙いなのかしら? お孫さんが産まれる前に、お妙さんは娘さんの処へと言っていたけれど…ゆき君と土筆を摘む時間はあるわよね? 四月下旬から五月上旬の予定との話だったわよね? ああ、春が出逢いと別れの季節だなんて、誰が言ったのかしら?

「ふふ、そうね。私も、お妙さんに会うまでは知らなかったわ」

「奥様もですか? 僕と同じですね!」

「ええ。イナゴもね?」

「はああっ! 僕はあれは苦手です…我儘で贅沢だとは思いますし、作って下さったお妙さんには申し訳無いのですけれど…」

 しょんぼりと肩を落とすゆき君に『私もよ』と、笑います。
 本当に、家に来た頃と比べると、何て表情が豊かになったのかしら。それは、やはりお妙さんが居てくれたからで。お妙さんが孫に接する様に優しく、時に厳しくゆき君と過ごしてくれたから。きっと、お妙さんが居なかったら、まだゆき君の表情は固いままだったと思うわ。肩の力を抜いて良い場所なのだと、お妙さんが教えてくれたから…。
 …私も、そうして行かないと、ね?
 お妙さんの様には無理でしょうけれど。
 だから、私は少しだけ悪戯っぽく笑って、片手をお腹にあてます。
 
「ねえ、ゆき君? 寄り道したらお腹が空いてしまったの。このままだと倒れそうよ」

「それはいけません! 夕餉までは、まだまだ時間があります! そうです、お肉屋さんでころっけを買いましょう! 知っていますか? 揚げたてのころっけはとても美味しいのですよ。ほかほかでほくほくで、心がぽかぽかとして来るのです!」

「あらあら、それはとても楽しみだわ。ゆき君のお勧めのコロッケは何かしら?」

 丸い目を輝かせてお肉屋さんがある方角を指差して力説するゆき君が可愛らしくて、私はやはり頬を綻ばせてしまいます。

「うぅん…どれも美味しいので、難しい質問です…ですが…そうですね…」

 顎に拳をあててお肉屋さんを目指して歩き出すゆき君の隣に並んで、私はゆき君が語るお勧めのコロッケの話に耳を傾けていました。
 さわさわと吹く風は心地良く、もう冬はとうに過ぎ去ったのだと教えてくれる様でした。
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