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向日葵の零れ話
出逢い・中編
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「東雲妙さんです。経験は無いですが、家事はお手の物ですよ」
職員の方に案内されて、その屋敷に連れて行かれたのは翌日の事でした。
私を迎える為に急遽お休みを取られたとの事で申し訳なく思います。
昨夜は旅館を紹介して貰い、そこへ宿泊しました。旅館なんて何十年か振りに利用しましたよ。
「…高梨だ。宜しく頼む」
「はい、東雲妙です。お世話になります」
にこりともせずに挨拶をする相手に、私は形ばかりの笑みを浮かべて頭を下げました。
目が細く鋭いと職員の方に聞いていましたが、長い前髪はそれを気にしての事でしょうか?
何だか勿体無い気もしますね。背も高く体格も姿勢も良いのだから、しっかりと顔を出せば嫁の一人や二人ぐらい直ぐだと思うのですけどね? まだ若いから自由を満喫したいと言った処なのですかね? まあ、それは置いといて。直ぐに追い出されない様にしたいものです。
「…その…俺をどう思う?」
「へい?」
茶の間に通されお茶を出して貰い、それに口を付けた処でいきなりその様な質問をされてしまい、私は間の抜けた声を出してしまいました。いえ、志望の動機とか、私が出奔して来た事は職員の方に伝え、それは高梨様にも伝わっている筈ですので、それの確認をされるのかと思っていたのです。
「ああ、いや、失礼。…その…これまでに来た者は…俺に媚びを売って来たから…その、東雲さんからはそう云った感じが見られないから…つい…」
「…ああ、成程。これまでクビにされた方は、あわよくば身内になりたいと…そう云った行動が見られた…そう云う事ですかね?」
「ああ…」
湯呑みを手に、視線を彷徨わせる姿は何だか可愛らしいですね。
朱雀のお仕事は危険が伴う代わりに、給金が高いとの話ですからね。
しかし、まあ、職員の方も酷い物ですね。人を見て紹介しないと駄目でしょうに。
それとも、職の相談をしに来た方に押されてしまった、とか?
気弱そうな方ばかりでしたからねえ、有り得なくは無いかも知れませんね。
「生憎と私は亡くなった主人の様に恰幅の良い男が好みなので、顎や腹に肉の無い高梨様は対象外ですので安心して下さい。それに、そうだとしても、息子よりも年下の相手にそんな感情等持ち合わせる事もありません」
「…そうか…」
私がきっぱりと笑顔で言ったら、高梨様はほっとした様に僅かに口元を緩めました。
おや。笑うとまた印象が変わりますね。随分と優しい雰囲気になります。
「では、私も良いでしょうか? 出奔して来た事はご承知の事と思いますが、それについて何かあると思うのですが…」
「ああ。馬鹿正直に理由を話したな…っと、失礼。東雲さんは…」
おやまあ。先程も思いましたが、随分と素直に謝罪を口にされますね?
まだ若いからですかね?
「ああ、楽に話して下さいな。畏まったのは苦手なので。あと、東雲では無く、妙で良いですよ。言い難いでしょう? 皆、お妙さんと呼ぶので、その様に」
「そ、そうか…。いや、思い切りのある女性だと思った。娘さんを追い出すのでは無く、自分が出て来るとはなと。突き放した様に見えて、優しさがあるのが良いと思った。居場所を残して来たのだからな」
その言葉に思わず私は眩暈を覚えて、片手で額を押さえてしまいました。
「…あんのう…そう云う事はあまり口にしない方が良いですよ…」
つい、少しだけ素が出てしまいます。
「ん?」
「…いえ…同性相手には構わないと思いますが…異性…まあ、若い娘には言わない方が良いです。勘違いされてしまいますよ?」
「は…」
私の言葉に、高梨様は目を丸くして口元を押さえてしまいました。
…ああ…これまでにも無自覚にそうして来たのですね?
それじゃあ、相手が期待してしまっても仕方が無いですね。
いえね、人の良い処を見て褒めるのは良い事なんですけどね?
私の様に『悪い気はしない』で済めば良いですけどね?
相手を見て言った方が良いですよ。
これまでに何人の方を泣かせて来たのでしょうかね?
まあ、兎にも角にも。この感じでしたら追い出されると云う事は無いでしょう。一安心です。
◇
「ああ、お妙さん。今夜は飯は必要無い。風呂も好きに入って、帰りを待たなくて良い」
「はい、解りました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
私が高梨家にお世話になり始めて二年が過ぎました。
月に一度か二度かのこの遣り取りも何回目になるでしょうか?
カラカラと戸の閉まる音がして、私は下げた頭を上げて頬に手をあてます。
こんな風に逢瀬を重ねているのだから、早く結婚してしまえば良いのに、と。
相手方に焦らされているのか、旦那様が焦らしているのか、果たしてどちらなのでしょうかね?
と、思っていたのですけどね。
「はい? 縁談を受ける? えぇと…上役の方に勧められて断れなかったとか云う…今日お会いになられた方とですか?」
茶の間にて、夕餉の品を並べていた時の事です。
旦那様が話された言葉に、私は目を瞬かせてしまいました。
「…ああ、相手は身体が弱くてな…その、お妙さんには手間を掛けさせると思うが…」
「いえ、別にそれは構いませんけど…あんのう…逢瀬を重ねられていた方は…?」
寝耳に水と言いますか、青天の霹靂と言いますか…結婚されるなら、逢瀬を重ねている方と、と思っていました。それなのに、今日の今日で、ですか? 何ですか? その方とは運命の赤い糸とでも結ばれていたとかですか? そんな浪漫があるのですか?
「…いや、その…すまんっ!!」
「へあっ!?」
座布団から下りて、いきなり畳に額を押し付けた旦那様に、私はびっくり仰天です。
いえ、これまでに旦那様が頭を下げる事は何度かありましたけど、土下座は初めてです。
男が土下座をするだなんて、亡くなった主人以来振りに見ましたよ。
職員の方に案内されて、その屋敷に連れて行かれたのは翌日の事でした。
私を迎える為に急遽お休みを取られたとの事で申し訳なく思います。
昨夜は旅館を紹介して貰い、そこへ宿泊しました。旅館なんて何十年か振りに利用しましたよ。
「…高梨だ。宜しく頼む」
「はい、東雲妙です。お世話になります」
にこりともせずに挨拶をする相手に、私は形ばかりの笑みを浮かべて頭を下げました。
目が細く鋭いと職員の方に聞いていましたが、長い前髪はそれを気にしての事でしょうか?
何だか勿体無い気もしますね。背も高く体格も姿勢も良いのだから、しっかりと顔を出せば嫁の一人や二人ぐらい直ぐだと思うのですけどね? まだ若いから自由を満喫したいと言った処なのですかね? まあ、それは置いといて。直ぐに追い出されない様にしたいものです。
「…その…俺をどう思う?」
「へい?」
茶の間に通されお茶を出して貰い、それに口を付けた処でいきなりその様な質問をされてしまい、私は間の抜けた声を出してしまいました。いえ、志望の動機とか、私が出奔して来た事は職員の方に伝え、それは高梨様にも伝わっている筈ですので、それの確認をされるのかと思っていたのです。
「ああ、いや、失礼。…その…これまでに来た者は…俺に媚びを売って来たから…その、東雲さんからはそう云った感じが見られないから…つい…」
「…ああ、成程。これまでクビにされた方は、あわよくば身内になりたいと…そう云った行動が見られた…そう云う事ですかね?」
「ああ…」
湯呑みを手に、視線を彷徨わせる姿は何だか可愛らしいですね。
朱雀のお仕事は危険が伴う代わりに、給金が高いとの話ですからね。
しかし、まあ、職員の方も酷い物ですね。人を見て紹介しないと駄目でしょうに。
それとも、職の相談をしに来た方に押されてしまった、とか?
気弱そうな方ばかりでしたからねえ、有り得なくは無いかも知れませんね。
「生憎と私は亡くなった主人の様に恰幅の良い男が好みなので、顎や腹に肉の無い高梨様は対象外ですので安心して下さい。それに、そうだとしても、息子よりも年下の相手にそんな感情等持ち合わせる事もありません」
「…そうか…」
私がきっぱりと笑顔で言ったら、高梨様はほっとした様に僅かに口元を緩めました。
おや。笑うとまた印象が変わりますね。随分と優しい雰囲気になります。
「では、私も良いでしょうか? 出奔して来た事はご承知の事と思いますが、それについて何かあると思うのですが…」
「ああ。馬鹿正直に理由を話したな…っと、失礼。東雲さんは…」
おやまあ。先程も思いましたが、随分と素直に謝罪を口にされますね?
まだ若いからですかね?
「ああ、楽に話して下さいな。畏まったのは苦手なので。あと、東雲では無く、妙で良いですよ。言い難いでしょう? 皆、お妙さんと呼ぶので、その様に」
「そ、そうか…。いや、思い切りのある女性だと思った。娘さんを追い出すのでは無く、自分が出て来るとはなと。突き放した様に見えて、優しさがあるのが良いと思った。居場所を残して来たのだからな」
その言葉に思わず私は眩暈を覚えて、片手で額を押さえてしまいました。
「…あんのう…そう云う事はあまり口にしない方が良いですよ…」
つい、少しだけ素が出てしまいます。
「ん?」
「…いえ…同性相手には構わないと思いますが…異性…まあ、若い娘には言わない方が良いです。勘違いされてしまいますよ?」
「は…」
私の言葉に、高梨様は目を丸くして口元を押さえてしまいました。
…ああ…これまでにも無自覚にそうして来たのですね?
それじゃあ、相手が期待してしまっても仕方が無いですね。
いえね、人の良い処を見て褒めるのは良い事なんですけどね?
私の様に『悪い気はしない』で済めば良いですけどね?
相手を見て言った方が良いですよ。
これまでに何人の方を泣かせて来たのでしょうかね?
まあ、兎にも角にも。この感じでしたら追い出されると云う事は無いでしょう。一安心です。
◇
「ああ、お妙さん。今夜は飯は必要無い。風呂も好きに入って、帰りを待たなくて良い」
「はい、解りました。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
私が高梨家にお世話になり始めて二年が過ぎました。
月に一度か二度かのこの遣り取りも何回目になるでしょうか?
カラカラと戸の閉まる音がして、私は下げた頭を上げて頬に手をあてます。
こんな風に逢瀬を重ねているのだから、早く結婚してしまえば良いのに、と。
相手方に焦らされているのか、旦那様が焦らしているのか、果たしてどちらなのでしょうかね?
と、思っていたのですけどね。
「はい? 縁談を受ける? えぇと…上役の方に勧められて断れなかったとか云う…今日お会いになられた方とですか?」
茶の間にて、夕餉の品を並べていた時の事です。
旦那様が話された言葉に、私は目を瞬かせてしまいました。
「…ああ、相手は身体が弱くてな…その、お妙さんには手間を掛けさせると思うが…」
「いえ、別にそれは構いませんけど…あんのう…逢瀬を重ねられていた方は…?」
寝耳に水と言いますか、青天の霹靂と言いますか…結婚されるなら、逢瀬を重ねている方と、と思っていました。それなのに、今日の今日で、ですか? 何ですか? その方とは運命の赤い糸とでも結ばれていたとかですか? そんな浪漫があるのですか?
「…いや、その…すまんっ!!」
「へあっ!?」
座布団から下りて、いきなり畳に額を押し付けた旦那様に、私はびっくり仰天です。
いえ、これまでに旦那様が頭を下げる事は何度かありましたけど、土下座は初めてです。
男が土下座をするだなんて、亡くなった主人以来振りに見ましたよ。
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