旦那様と僕

三冬月マヨ

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向日葵の零れ話

出逢い・前編

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「…そうか…」

 と、旦那様が小さくではありますが寂しそうに頷きました。

「…はい」

 と、私も小さく静かに頷きます。
 不肖の私の娘が子を授かり、それに不安を覚えているとの事。娘から心配は無いと電話はありましたが、あの娘の事ですから、強がりなのは間違いありません。弱さを見せるのは恥だと、そう思っているのでしょう。女ですから、世間から軽く、嘗めて見られてしまう。女が居なければ、母が居なければ、子は産まれないのに、何とも理不尽な世の中です。

「…確か、喧嘩して出て来たのだったな。手紙なり電話なりで和解したと聞いてはいたが…これは、良い機会なのだろうな」

「まっ! 覚えていらしたんですか、そんな昔の事を! 人が悪いですよ!!」

 顎に指をあてて、からかう様に私を見る旦那様に、私は思わず声を荒げてしまいます。

「ははっ、すまん。悪気は無い」

「もうっ! …ふふっ…!」

 頭の後ろを軽く掻いて頭を軽く下げる旦那様に、私は軽く頬を膨らませてみました。が、直ぐに噴き出してしまいます。本当に、この方は不思議な方です。私よりも立場が上なのに、男なのに、自分に非があれば、こうして直ぐに頭を下げてくれます。それは、この旦那様の御友人方にも言える事で。類は友を呼ぶと言いますが、本当にその通りだと思いますね。

 私、東雲しののめたえは、この高梨家で住み込みの家政婦をしています。
 高梨ゆかり様、それがこの家の主の名前です。
 長年お仕えさせて戴きましたが、娘の妊娠を機に去る時が来てしまいました。
 鞠子まりこ様と云う、優しい奥方様に、雪緒ゆきおと云う可愛い孫。本当に楽しい日々でした。まだまだお傍に居たい物ですが、実の娘が気になるのも事実です。
 女は立場が弱いのだから、結婚して旦那に守って貰えと言う私に対して、娘は『時代は変わる物。母さんだって父さんが亡くなってから、女手一つで、立派に私達を育ててくれたじゃない』と、縁談を持ち掛けても首を縦に振りませんでした。美人とは言い難いですが、愛嬌があり…まあ、無くても良いのですが…誰に似たのか、度胸だけは一人前で。そんな娘に私は『それなら、一人で何もかもやってみなさい!』と、勢いのままに出奔してしまったのです。いやはや、お恥ずかしい限りです。幾つかの着替えと幾日かは泊れるだけの所持金を風呂敷に包み、汽車に乗りこの街へと来ました。これだけ大きな街ならば、働き口ぐらい幾らでもあるだろうと。我ながら無謀だと思いますが、こうでも無ければ女手一つで子供を育てる事等出来なかったでしょうね。
 駅を出て、直ぐに交番がありまして。仕事の斡旋所の場所を聞きました。
 田舎から出て来たのが丸わかりだったのでしょう。ご丁寧にその場所まで案内して下さり『良い処が見つかると良いな』と、笑って下さいました。

「給金は安くても良いから、住み込みで、ねえ…う~ん…。…ここは身元保証人が必要だし…」

「娘には頼れません」

 勿論、他の子に頼るつもりもありません。
『一人でやれ』と啖呵を切って出て来たのです。それを自分で覆す等、どうして出来ましょうか。

「うううううぅぅうぅぅん…」

 悩ませてしまってすみませんね。
 そう都合の良い場所等ありませんよね。
 ここで見つからなければ、温泉地にでも行きましょうか。ああ云う処の旅館で働く人間は訳ありの者が多いと聞きますし、身元保証人等不要でしょうからね。ただ、あやかしとの遭遇の頻度が上がってしまいますが。

「あ。問題ありだが…あそこなら募集要項に、身元保証人とかの制約は無かった筈だぞ」

 私の目の前で頭を悩ませる職員とは別の方が、後ろから助け船を出してくれました。

「ああ…あそこか…」

 私に対応してくれている職員の方が、両手を頭の中に入れてぐしゃぐしゃと掻き回し始めました。

「…問題とは?」

 その背後に居る方に軽く首を傾げて聞いてみます。
 直ぐに暴力を振るうとか、罵倒を浴びせるとか、でしょうか?

「…ああ、うん。女性が嫌いらしくて…これまでに三人紹介してるんだが、全部数日も経たない内にクビになった。しまいにゃ男の家政婦は居ないのかと言い出す始末だ。丁稚奉公とか、今時居るかってんだ」

「おやまあ」

「まあ、そいつの職は悪くないし、勤めた期間の給金は払われているからなあ…」

 目を丸くする私に、職員の方は腕を組んでうんうんと頷いています。

「どの様な職に就いている方なのですか?」

「朱雀だよ。歳は二十一だったか、二十二だったかな? 若いから、若い子の方が話が合うだろうと思ったんだけどなあ」

 おやまあ。朱雀の方でしたら、確かに勤め先としては何の問題も無いですね。給金の未払い等ある筈もありません。しかし、確かにそれ程の若い方なら、若い子をと勧めるのも納得ではありますが。逆に若過ぎて困ってしまったのでは? お若いのでしたら、色々とあるでしょうしね。女がお嫌いなのでは無くて、恐らくはそちらで困ってしまっているのでは?

「そちらを紹介して貰えますか? 一日でクビになっても文句は言いませんので」

 私は、もう五十を過ぎていますからね。
 そう云った若さに引き摺られる事はありません。
 ニコニコと微笑む私に、職員の方は『そう言うのなら…』と、相手先に連絡を入れてくれたのでした。
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