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向日葵の零れ話
出逢い・後編
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「実は…っ…!!」
と、旦那様が土下座をしたまま話す言葉に、私は驚きの連続でした。
曰く、逢瀬を重ねていた相手は同じ男であると。自分は女は愛せないと。
曰く、今日お会いになられた鞠子様とは偽装結婚になると。
曰く、それは鞠子様も承知の事だと。それが鞠子様の望みだと。
曰く、鞠子様も女を愛せないのなら尚更都合が良いと笑われていたと。
曰く、偶然、鞠子様の両親の立ち話を聞いてしまい、それに怒りを覚えたと。
「えぇと…頭を上げて下さい。旦那様が下の者に頭を下げる物ではありませんよ」
取り敢えずは居心地が悪いので、頭を上げて貰う事にします。
恐る恐ると云う様に頭を上げる旦那様が、何故か私に怒られて丸い身体を縮こませる亡き主人と重なりました。いえ、年齢的に息子ですかね?
「そんな情けない顔をしないで下さい。双方ともに合意の上なら何の問題もありませんし、他人の気持ちにどうこう言う権利なんて私にはありませんからね。何故、結婚しないのか不思議に思っていましたが、成程、納得です。それで、家政婦に男をなんて注文を付けていたのですね。娘の言葉を借りる訳ではありませんが、時代は変わり、動く物です。異国では、同性同士の結婚が認められている処もあると云う話ですからね。まあ、娘に結婚を勧めていた私が言うのもあれかも知れませんけど。別に私は子を産めとは言ってませんし。女一人よりは、守ってくれる男が居た方が心強いと云うだけで…」
「…いや…その、気持ち悪くは無いのか?」
つらつらと何処までも言葉を続けそうな私に、旦那様が片手で顔を隠し、もう片方の手を上げて制して来ました。
おや、つい。
っと、気持ち悪いとは?
「何がですか? 人を想う気持ちに、ケチをつける気はありませんし、後ろ指を指す気もありません。旦那様にお仕えして二年ですよ。その人となりは理解しているつもりです。馬鹿が付く程に真面目で誠実で、もう少し肩の力を抜いても、極楽に居るご両親は怒ったりはしないと思いますけどね。まあ、私はこれまで通りにお仕えして行きますし、わざわざ言いふらす様な事もしません。逆に私をそう見ていたのなら心外ですし、それでしたら辞めさせて戴いても構いませんが」
「あ、いや、すまん! お妙さんに辞められたら困る! お妙さんの作る飯の味は懐かしくて、本当に美味いんだ!」
「だから、男が簡単に頭を下げない!」
また勢い良く頭を畳みに押し付けそうな旦那様に、私も声を大にして言いました。
「何故だ! お妙さんに不快な思いをさせたのだ! 謝るのは当然だろう!? それよりも、先に気になる言葉があったのだが、男の家政婦をとはどう云う事だろうか!?」
「職員が言っていたんですよ! 女嫌いだから、男の家政婦を寄越せと!」
「はあ!? 俺は真っ当な者ならば、男でも構わんと言っただけで、男が良いとは言ってはいない!!」
………あそこの職員には、しっかりとした教育が必要ですね……。
まあ、そんな遣り取りを経て、無事に鞠子様をお迎えしました。
自分が居ない時に、奥様に何かあったら私一人では大変だからと、旦那様が若手の方を雇って下さったのですがね…まあ、奥様のお相手ですから、当然女な訳ですが…はっきり言って良いでしょうかね? いや、言いますけどね。最悪ですと。同じ女として恥ずかしくないのかと、滾々と説教したくなります。いや、実際に説教したら旦那様に泣きついてしまいましたけど。まあ、そこは旦那様ですから、しっかりと公平に話を聞いて暇を言い渡していましたけどね。奥様は『私は気にしないのですけれど…お妙さんの負担が軽くなるのなら、それに越した事はありませんのに』と、笑っていましたけどね。奥様が良くても、私が良くないのです。奥様も本当にお優しくて良い方ですのに。何故、奥様を侮辱する様な言葉が出るのか理解不能です。大体、雇用主の奥様ですよ? 雇われていると云う自覚があるのですか? それとも、今の若い子は皆、ああなのですか? ああ、歳のせいにはしたくはないのですが、愚痴っぽくなってしまいますね。
まあ、そんな事が続きまして、結局は奥様に何かありましたら、旦那様の御友人であります相楽様へと連絡を入れる事になりました。相楽様は一家揃って医師でありますし、治療院を開いていますからね。距離も近いですし。快く承諾して下さった相楽様の姿を見て、最初からこうしていれば良かったのにと思ったのは内緒ですよ?
それから穏やかに日々は過ぎまして。時々旦那様から『夫婦らしく見えているだろうか』と相談されたりしまして『十分に仲睦まじく見えますよ』と答えたりしました。…まあ…事情を知っているだけに、夫婦と云うよりは…姉弟に見えてしまったりするのですけどね…これも内緒ですね。
そうして、雪緒と云う可愛い孫が出来まして。
本当に、楽しく幸せで賑やかな日々でしたね。
◇
「あら。あらあら?」
「どうされました? 奥様?」
茶の間にて奥様とお茶を飲んでいた時の事でした。
今、雪緒坊ちゃんは買い物へと出掛けています。
奥様が文通相手から届いた文を読んでいたのですが、突然発せられた驚きの声に私は首を傾げました。
「ああ、ごめんなさいね、いきなり。いえね、私ったら無意識に文にゆき君の事をお嫁さんと書いていたらしいの。お嫁さんとはゆき君の事かと書かれていまして…あらあら」
あらあらって…そんな嬉しそうに頬を緩めて…。
まあ、そんな奥様を見て居たら、私も自然と口元が緩んでしまうのですけどね。
以前、奥様が口にされた様に、私も雪緒坊ちゃんがここから居なくなるのは寂しいと思っていますから。
居なくなる私が言うのもなんですけどね…。
ですけれど…本当にそうなれば良いと思ってしまうのですよ。
それを願うのは夢物語のようですけれどね。
旦那様と奥様と雪緒坊ちゃんと、三人で幸せになって欲しいと思うのです。
本当の家族以上に、家族であって欲しいと願ってしまうのです。
運命の赤い糸と、思った事がありましたか。
旦那様と奥様、雪緒坊ちゃん。三人は出逢うべくして出逢った…そう思うのです。
沢山の複雑に絡み合った糸を丁寧に解いて手繰り寄せて、そうして結ばれるべくして結ばれた縁。
三人を見ていると、そう思ってしまうのですよね。
そこに加わる事が出来た私は幸せ者だと。
こう思うのは、私がやはり歳だから…ですかね?
まあ、良いでしょう。
こうして夢を見るのは自由ですからね。
頬を緩ませたまま文を読み進める奥様に、私もまた微笑んで、少し温くなったお茶を口に含んだのでした。
刻一刻と近付いて来る別れの日までは、家族の一員として過ごさせて下さいねと思いながら。
去るその日には、笑顔でと胸に刻んで。
――――――――――――――――――――――――――――――――
それから○年後(『~それから~【雪】もう一度』参照)、夢が現実になる、と(笑)
と、旦那様が土下座をしたまま話す言葉に、私は驚きの連続でした。
曰く、逢瀬を重ねていた相手は同じ男であると。自分は女は愛せないと。
曰く、今日お会いになられた鞠子様とは偽装結婚になると。
曰く、それは鞠子様も承知の事だと。それが鞠子様の望みだと。
曰く、鞠子様も女を愛せないのなら尚更都合が良いと笑われていたと。
曰く、偶然、鞠子様の両親の立ち話を聞いてしまい、それに怒りを覚えたと。
「えぇと…頭を上げて下さい。旦那様が下の者に頭を下げる物ではありませんよ」
取り敢えずは居心地が悪いので、頭を上げて貰う事にします。
恐る恐ると云う様に頭を上げる旦那様が、何故か私に怒られて丸い身体を縮こませる亡き主人と重なりました。いえ、年齢的に息子ですかね?
「そんな情けない顔をしないで下さい。双方ともに合意の上なら何の問題もありませんし、他人の気持ちにどうこう言う権利なんて私にはありませんからね。何故、結婚しないのか不思議に思っていましたが、成程、納得です。それで、家政婦に男をなんて注文を付けていたのですね。娘の言葉を借りる訳ではありませんが、時代は変わり、動く物です。異国では、同性同士の結婚が認められている処もあると云う話ですからね。まあ、娘に結婚を勧めていた私が言うのもあれかも知れませんけど。別に私は子を産めとは言ってませんし。女一人よりは、守ってくれる男が居た方が心強いと云うだけで…」
「…いや…その、気持ち悪くは無いのか?」
つらつらと何処までも言葉を続けそうな私に、旦那様が片手で顔を隠し、もう片方の手を上げて制して来ました。
おや、つい。
っと、気持ち悪いとは?
「何がですか? 人を想う気持ちに、ケチをつける気はありませんし、後ろ指を指す気もありません。旦那様にお仕えして二年ですよ。その人となりは理解しているつもりです。馬鹿が付く程に真面目で誠実で、もう少し肩の力を抜いても、極楽に居るご両親は怒ったりはしないと思いますけどね。まあ、私はこれまで通りにお仕えして行きますし、わざわざ言いふらす様な事もしません。逆に私をそう見ていたのなら心外ですし、それでしたら辞めさせて戴いても構いませんが」
「あ、いや、すまん! お妙さんに辞められたら困る! お妙さんの作る飯の味は懐かしくて、本当に美味いんだ!」
「だから、男が簡単に頭を下げない!」
また勢い良く頭を畳みに押し付けそうな旦那様に、私も声を大にして言いました。
「何故だ! お妙さんに不快な思いをさせたのだ! 謝るのは当然だろう!? それよりも、先に気になる言葉があったのだが、男の家政婦をとはどう云う事だろうか!?」
「職員が言っていたんですよ! 女嫌いだから、男の家政婦を寄越せと!」
「はあ!? 俺は真っ当な者ならば、男でも構わんと言っただけで、男が良いとは言ってはいない!!」
………あそこの職員には、しっかりとした教育が必要ですね……。
まあ、そんな遣り取りを経て、無事に鞠子様をお迎えしました。
自分が居ない時に、奥様に何かあったら私一人では大変だからと、旦那様が若手の方を雇って下さったのですがね…まあ、奥様のお相手ですから、当然女な訳ですが…はっきり言って良いでしょうかね? いや、言いますけどね。最悪ですと。同じ女として恥ずかしくないのかと、滾々と説教したくなります。いや、実際に説教したら旦那様に泣きついてしまいましたけど。まあ、そこは旦那様ですから、しっかりと公平に話を聞いて暇を言い渡していましたけどね。奥様は『私は気にしないのですけれど…お妙さんの負担が軽くなるのなら、それに越した事はありませんのに』と、笑っていましたけどね。奥様が良くても、私が良くないのです。奥様も本当にお優しくて良い方ですのに。何故、奥様を侮辱する様な言葉が出るのか理解不能です。大体、雇用主の奥様ですよ? 雇われていると云う自覚があるのですか? それとも、今の若い子は皆、ああなのですか? ああ、歳のせいにはしたくはないのですが、愚痴っぽくなってしまいますね。
まあ、そんな事が続きまして、結局は奥様に何かありましたら、旦那様の御友人であります相楽様へと連絡を入れる事になりました。相楽様は一家揃って医師でありますし、治療院を開いていますからね。距離も近いですし。快く承諾して下さった相楽様の姿を見て、最初からこうしていれば良かったのにと思ったのは内緒ですよ?
それから穏やかに日々は過ぎまして。時々旦那様から『夫婦らしく見えているだろうか』と相談されたりしまして『十分に仲睦まじく見えますよ』と答えたりしました。…まあ…事情を知っているだけに、夫婦と云うよりは…姉弟に見えてしまったりするのですけどね…これも内緒ですね。
そうして、雪緒と云う可愛い孫が出来まして。
本当に、楽しく幸せで賑やかな日々でしたね。
◇
「あら。あらあら?」
「どうされました? 奥様?」
茶の間にて奥様とお茶を飲んでいた時の事でした。
今、雪緒坊ちゃんは買い物へと出掛けています。
奥様が文通相手から届いた文を読んでいたのですが、突然発せられた驚きの声に私は首を傾げました。
「ああ、ごめんなさいね、いきなり。いえね、私ったら無意識に文にゆき君の事をお嫁さんと書いていたらしいの。お嫁さんとはゆき君の事かと書かれていまして…あらあら」
あらあらって…そんな嬉しそうに頬を緩めて…。
まあ、そんな奥様を見て居たら、私も自然と口元が緩んでしまうのですけどね。
以前、奥様が口にされた様に、私も雪緒坊ちゃんがここから居なくなるのは寂しいと思っていますから。
居なくなる私が言うのもなんですけどね…。
ですけれど…本当にそうなれば良いと思ってしまうのですよ。
それを願うのは夢物語のようですけれどね。
旦那様と奥様と雪緒坊ちゃんと、三人で幸せになって欲しいと思うのです。
本当の家族以上に、家族であって欲しいと願ってしまうのです。
運命の赤い糸と、思った事がありましたか。
旦那様と奥様、雪緒坊ちゃん。三人は出逢うべくして出逢った…そう思うのです。
沢山の複雑に絡み合った糸を丁寧に解いて手繰り寄せて、そうして結ばれるべくして結ばれた縁。
三人を見ていると、そう思ってしまうのですよね。
そこに加わる事が出来た私は幸せ者だと。
こう思うのは、私がやはり歳だから…ですかね?
まあ、良いでしょう。
こうして夢を見るのは自由ですからね。
頬を緩ませたまま文を読み進める奥様に、私もまた微笑んで、少し温くなったお茶を口に含んだのでした。
刻一刻と近付いて来る別れの日までは、家族の一員として過ごさせて下さいねと思いながら。
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