時き継幻想フララジカ

日奈 うさぎ

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第二十節「心よ強く在れ 事実を乗り越え 麗龍招参」

~2Rー池上の意地~

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 池上光一……彼は生粋のボクサーである。
 幼少期から慣れ親しみ、才能を開花させた彼は倉持に見初められ、ボクサーになるべく道を歩み始めた。
 それ故に歪んでしまった所もあったのだろう。
 だがそれも今となっては彼を伸ばす為のきっかけに過ぎなかったのかもしれない。

 藤咲勇という男に出会う為の……。



「っしゃあコイオラァ!!」

 池上の両拳が正面で突き合わされ、「パンッ」と軽い音が鳴ると共にけたたましい雄叫びが場内に響き渡った。



カァーン!!



 そして間髪入れず2ラウンド開始の合図が鳴り響き、それと同時に二人が前に足を踏み出していく。
 だがその時……池上が予想外の飛び込みで一気に距離を詰めた。

「うっ!?」

 突然の行動に反応した勇が動揺し、体を固め防御へと移る。
 その変化に気付くも池上は勢いに身を任せ怒涛の攻撃を始めた。



パンパンッ!!

パァーン!!



 ワンツーからの渾身の一撃。
 先程までの劣勢からとは思えない攻撃は更に続く。

 勇もその突然の変化に対応が遅れ、両腕を顔正面に並べ合わせ防御を貫いていた。



パァン!!

パァン!!



 怯みながらも正確に防御する勇に対して池上があの手この手を使い防御を崩そうとする。

 ガード外からの弧を描いたフック。
 防御の間を狙うストレート。
 腹部を狙ったボディブロー。

 さすがの勇であろうと、命力を伴わなければ常人となんら変わらない……この状況が続けば彼であろうと倒れるのは必至である。

 そんな状況を見ていた茶奈ですらも目を見開き彼の動向を心配する様子を見せていた。



 だが、そんな中で最も焦っていたのは誰でもない池上である。



―――なんなんだコイツはよォ!?―――



 そんな心の声が聞こえるのではないかという程に、攻撃のラッシュは続くが……そんな彼の攻撃を見続けていた倉持も、彼の感じる異変に気付き始めた。

「彼が……動いてない……!?」



 如何な屈強を自慢とするファイターであろうと、攻撃を受け続ければ怯む。

 怯むはずなのだ。

 その結果待つのは、身体の後退……。



 だが、それすらも見られない勇の身体。
 池上のラッシュが始まる時からリングマットに足を付け、その場から一切動いていない。

 まるで攻撃が通用していないかの様にも見え、ただひたすらに殻に籠り続けるが如き姿を見せつける勇。



 そして遂に……池上の腕が止まった。



「クソッ!?」



パァンッ!!



 最後の一撃と共にバックステップし距離を取る。
 同時に放った声は掠れ、肺の空気が既に残っていない事を物語っていた。

「ハァッ……ハァッ!!」



 人は力を篭める時、息を止める。
 そうする事で体の筋肉が引き締まり力が増すのだ。

 殴り続ければ、その間だけ息を止め続けなければいけない。

 肺活量が攻撃力・攻撃回数・攻撃速度の全てを握る。
 その間に雌雄が決しなければ……待つのは当然、攻撃者自身の酸欠による行動力の減衰。



 そしてそれは……逆襲の始まりでもあった。



 途端、攻撃的な気配が酸欠の池上の正面に大きく湧き上がる。
 赤く腫れた両腕を開き……鋭い眼光を向けた勇の顔が露わとなった。



ドンッ!!



 溜め込み続けた鬱憤を晴らすかの如く……勇の左足がマットを鳴らし大きな音を立て、その体が一気に池上の下へと向かって飛び出していった。

「おォおッ!?」



ギュギュギュッ!!



 マットとシューズが擦れる高い音が鳴り響き、その脚力の強さを物語る。

 勇が先程の池上の勢いすらも掠れる程の素早い動きで接近していく。
 それを池上が迎え撃つ様に足を止めて腕を構えた。



ヒュンッ!!



 池上の、襲い来る勇へ向けてのカウンター兼牽制の左拳による一発。
 だが……途端勇の直線的な前進の軌道がぐるりと歪んだ。

「なぁっ!?」

 突き出された拳の腕回りを回るような頭の動き……まるで残光の様に尾を引いたと錯覚する程の速さで、あっという間に勇の体が池上の右横へと「ギュンッ!!」と移動していたのだ。



―――マジかよ……!?―――



 その一瞬、昔の思い出がまるで走馬灯の様に脳裏に蘇る。



 二年前、調子に乗った自身が勇を殴ろうとした瞬間……同様に回り込まれ、KOされた時の事を。



―――あああァーーーーーー!!―――



 声に成らない叫びが脳裏に響き、忘れていたあの時の恐怖が、敗北感が一気に込み上げ池上の感情を支配する。



バグォンッ!!



 大きな衝撃音……それと同時に池上の側腹部へと大きな衝撃が走る。
 池上の体が腹部から大きく反れ、真横へと大きく跳ね上がった。



 ……が、その側腹部には彼の肘が構えられており、見舞われた強力な一撃をかろうじて防いでいた。
 しかしその顔は大きく歪み、ガード上からのダメージの貫通を物語る。

 それ程までの強烈な衝撃。

 跳ね上げられた池上の体がロープへとぶつかり勢いが止まる。
 その足は既にマットへと着いており……膝にはまだ力は残っているのだろう、僅かに膝を屈め力を溜め込んでいた。



 その瞬間、圧倒的な存在感が彼に圧し掛かるかの如く襲い掛かる。



 勇の猛追……そしてその勢いに乗せた渾身の右ストレート。



 常人であればその一瞬はまさに瞬きのそれに等しい間。



―――おぁぁーーーーーー!?―――



 その一瞬が全てを決めた……誰しもがそう悟った。





 だが、池上の頭部を狙った勇の右拳が突き刺さろうとした瞬間……池上の頭がぐらりと引く。
 僅かに頬を掠り、彼の顔スレスレを通り抜けた剛腕が空しい空音を鳴り響かせた。



バグォンッ!!



「ッ!?」

 そして間髪入れず響く衝撃音。
 なんと勇の顎が高く跳ね上がっていたのだ。



 それは池上の渾身のカウンター。
 自身の上体を仰け反らせ勇の一撃を躱した拍子に……その振り子の勢いを利用したアッパーカットを彼の顎へと振り抜いていたのである。

 足、膝、太もも、腰、背筋それぞれの力の入れ具合、勇の勢いの反動、そして振り子の原理……それらが全てベストに近い形で籠ったその一撃は、撃ち放った当人ですらも驚く程に理想の一撃であった。



「勇さんッ!?」
「おおおッ!?」

 ギャラリーの叫び声が響く中……勇の体が後ろに跳ね上がり……そして勢いのまま倒れこんだ。



バタァーン!!



 仰向けに倒れたまま勇は微動だにしない……意識が飛んだのか、それとも困惑しているのか。
 見開いたままの目はピクリとも動いていなかった。

「おおっとっと……ワンッ!! ツーッ!!」

 唖然としていた倉持が思い出したかの様に試合の時間を測る時計を止めると即座にカウントを始め、僅かに遅めではあるが数字を刻んでいく。

「……ファイブッ!! シックス!!」
「立つな、立つんじゃねぇ~……」

 ロープに肩を預けた池上がぼそりと呟きながら勇の動向を見守る。

「セブンッ!!」

 その声が挙がった瞬間「ビクンッ」と勇の体が跳ね上がり、慌てた様に腕を動かし自身の状態をマットを探る様に確かめ始める。
 そしてすぐさま自身が倒れている事に気が付いたのだろう……マットに手を突き、すぐに体を立ち上がらせた。

 だが既に体を支える膝はガクガクと笑い揺れている……頭へのダメージが響いている証拠である。

「だ、大丈夫か? やれるか?」

 カウントを止め、倉持が勇にそう声を掛けると……勇もそれに応答し頷いた。

「や、やれます……!!」
「よしっ!!」

 そう応えが返ってきたことを確認すると、倉持はすぐさま時計のスイッチを押す。



 途端鳴り響く「カァーン!!」という音。
 2ラウンド終了の鐘である。



 立ち上がった勇へ追撃を加えようとする池上であったが、一歩を踏み出した所でその勢いは止まり……ゆっくりと最寄りのコーナーへと歩いていった。

 勇は意識が僅かに朦朧としているのだろう、取り留めた意識の中でようやく自身のコーナーへ戻るとゆっくりマットに尻餅を突いた。

「勇さん大丈夫ですか!?」
「あ、ああ……多分……」

 背をポストに預け、グローブを顔に擦りつける。
 頭に響く「ガンガン」という感覚が、なんとも出来ない彼の心を焦らせていた。

「あーくっそ……グローブ外してぇ……」
「止めた方がいいんじゃ」
「いや、いいよ……なんかこのままやられっぱなしじゃ癪に障る」

 だが依然として彼の闘争心は変わらず……むしろ高揚し、怒りにも近い感情が彼の中に湧き上がっていた。

 心配する茶奈を他所に……意識をはっきりと取り戻した勇はゆっくり立ち上がり、対面に居る池上の姿を見つめる。

「こんなに苦戦するのって、いつぐらいぶりだろうな」



 幾度と無く死地へ赴いた勇ではあるが、ここ最近はそれと言う程苦戦を強いられた事は無かった。

 言う程の猛者と手を合わせた事があまり無いという事もあるのだろうが、真剣勝負という上での戦いであれば……戦いそのものに卓越した勇が苦戦する道理は現時点に至りほぼ無いに等しい。

 もっとも、剣聖相手の様に圧倒的差での敗北であれば先日経験したばかりではあるが。



 思いがけぬ出来事を後に逆襲に滾る勇の心……そんな彼を前にした池上は余裕では無いものの、満足にも似た笑みを浮かべてロープに肩を預けていた。

 しかしその額には大粒の汗が流れ、肩が大きく揺れ動いている。
 未だ2ラウンドであるにも拘らず、その消耗の激しさを体全体で表していた。

「今の一撃、どうだった?」
「バッチリだった……練習が生きてるんだと思うわ」

 先程のアッパーカットは次の対戦相手を想定した切り札だったのだろう。
 土壇場ではあったが上手く噛み合った事に手応えを感じた様だ。

「そうか、成果が実感出来たのは良い事だ……後は彼に胸を借りるつもりで挑んで来い」

  そう言われると、相槌を打つ事も無く池上が立ち上がる。

「まるで俺が藤咲に負ける様な言い方ッスね……俺ァ取りに行きますよ」
「わかった……すまんな、つい弱気になっちまってた。 勝ってこいコウ、昔の雪辱を晴らす為にな」
「オウ」



 滾る闘志を胸に秘め……互いの視線が重なり合う。

 そして今……最終ラウンドの幕が上がろうとしていた。


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