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第3章 極悪上司と運動会
1.極悪上司の悩み
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「……はぁーっ」
パソコンの画面を見ていた京塚主任が、物憂げにため息を吐き出す。
「……ねえ。
あれ、なんだと思います?」
「……さあ?
星谷さんにわかんないことがオレにわかると思う?」
書類を持ってきた西山さんとこそこそと話す。
てか西山さん、私よりあなたの方が、京塚主任との付き合いが長いと思うんですが?
「……はぁーっ」
またため息をつき、凝り固まっていたであろう肩を、彼がこきこきと回したところで目があった。
「……あ゛?」
「ひぃっ!」
ひさしぶりに「殺すぞ、ごらぁっ!」って目で睨まれ、西山さんとふたりで竦み上がった。
画面の見過ぎの疲れ目だと、いつもよりもさらに凄味が増しているだけに、その気がなくても怖すぎる。
「西山ぁ」
「ハ、ハイッ!」
「オマエ、こんなところで油売ってる暇があんのか?
今日締め切りの決裁書、まだ出してねぇのに」
――あ゛あ゛ん?
なんてチンピラ並のダメ押しも聞こえてきそうだけど、気づかないフリ。
「ス、スミマセン!
すぐに出します!」
瞬間移動でもしたかの勢いで西山さんは自分の席に着いてキーを打ちだした。
……ご愁傷様。
なんとなく、八つ当たりな気がしないでもない。
ここ数日、京塚主任はこんな調子で、もう何人もが西山さんのように被害を受けていた。
「どーすっかな……。
……はぁーっ」
また、特大のため息が京塚主任の口から吐き出される。
それは、週末が近づくにつれて濃く、重くなっていっていた。
「……」
小さく深呼吸し、思い切って口を開く。
「あ、あの」
「あ゛?」
無意識でしょうが、睨むの、やめてほしい……。
慣れてきたけど、それでも怖いよー。
……なんて言ってられない、この状況では。
「どうか、したんですか……?」
きっと、なにかあるからこそこんなにずっと思い悩んでいるのだ。
それを、私ごときが解決できるとは思わない。
それでも、話すだけでも気持ちが楽になる、ってこともあるわけで。
「あー……。
日曜、杏里の運動会なんだ」
はぁっ、とまた、彼の口からため息が落ちる。
「そ、それは、晴れたらいいですね……」
それ以外に、なんの心配があると?
それとも、もしかしてあれか!?
私と一緒で運動神経ゼロ、かけっこで最下位決定、とか?
私も運動会が近づくと、父がいろいろ指導してくれてたしなー。
もしかしたら父も、私のいないところではこんな感じだったのかもしれない。
「あ、あの。
足が遅くったって……」
「弁当、どうしよう……」
「弁当!?」
私の場合を話してフォローしようとしたのに、全く違う原因が出てきて驚いた。
「あ?
足がどうしたんだ?
杏里は俺に似て俊足だからな。
当然、一番に決まってる」
めっちゃ、どや顔された。
薄々気づいてはいたが、彼はかなりの親馬鹿らしい。
「ただ、弁当がな……」
はぁーっ、と再び、彼がため息をつく。
もうそろそろ、彼がついたため息で雲ができて局地的に雨が降りそうだ。
「お弁当がどうしたんですか?」
「……去年作った弁当が散々で、杏里に恥ずかしい思いをさせたんだ……」
「ああ……」
なんとなく、わかる。
毎日あの、冷食がほとんどを占めている、彼のお弁当を見ていたら。
「友達に自慢できる弁当を作ってやりたいが、俺は料理、苦手だし……」
ずっとパソコンを睨んでなにをしているのかと思っていたけれど、料理の検索をしていたんだ。
喜ぶお弁当を作ってあげたくて。
「あ、あの」
「あ?」
「も、もしよろしければ、私がお弁当を作りましょうか……?」
言った途端に、全身がぽかぽかと熱くなる。
我ながら、大胆な提案だとは思う。
けれど、京塚主任が困っているなら、お役に立ちたい。
「本当か!?」
身を乗り出してきた彼が、両手で私の手を掴む。
「星谷の弁当、いつもカラフルで可愛いもんな!
あれなら、杏里も喜んでくれると思う!」
ぐいっ、と彼の顔が近づいてきて、若干、背中が仰け反った。
そこまで喜んでくれているのは嬉しいけど。
「だと、いいんですけど……」
「助かった!
星谷、サンキューな」
笑った京塚主任の口もとから、白い八重歯がこぼれる。
こんな顔見せられたら、頑張っちゃうよ、私。
……とはいえ。
今日は木曜で、運動会は日曜日。
もう、日にちがないわけで。
帰って携帯でレシピサイトを開き、作成例を調べていく。
「メニューを決めて、明日にあらかた買い出しして、土曜に下ごしらえ……。
え、私はお昼に間に合えばいいけど、普通はもっと早起きなの!?」
改めて、母は偉大だと痛感した。
こんな大変なこと、幼稚園から中学まで、十年以上やっていたなんて。
「あー……。
明日、西山さんと食事の約束してるんだった……」
あの食事から二週間ほどたった。
『今度はバッチリ調べたから、楽しみにしてて』
なんて西山さんは言っていた。
「うー、断るの、悪いよな……」
しかしながら、明日は買い物をして帰りたい。
でも、西山さんの気持ちを考えたら大変申し訳なく……。
「……土曜日、早く起きて買い出しに行こう……」
もう、それしか考えつかない。
それよりも早く、メニューを決めてしまおう!!
その日は夜遅くまで、携帯片手にあーでもない、こーでもないと悩んでいた。
パソコンの画面を見ていた京塚主任が、物憂げにため息を吐き出す。
「……ねえ。
あれ、なんだと思います?」
「……さあ?
星谷さんにわかんないことがオレにわかると思う?」
書類を持ってきた西山さんとこそこそと話す。
てか西山さん、私よりあなたの方が、京塚主任との付き合いが長いと思うんですが?
「……はぁーっ」
またため息をつき、凝り固まっていたであろう肩を、彼がこきこきと回したところで目があった。
「……あ゛?」
「ひぃっ!」
ひさしぶりに「殺すぞ、ごらぁっ!」って目で睨まれ、西山さんとふたりで竦み上がった。
画面の見過ぎの疲れ目だと、いつもよりもさらに凄味が増しているだけに、その気がなくても怖すぎる。
「西山ぁ」
「ハ、ハイッ!」
「オマエ、こんなところで油売ってる暇があんのか?
今日締め切りの決裁書、まだ出してねぇのに」
――あ゛あ゛ん?
なんてチンピラ並のダメ押しも聞こえてきそうだけど、気づかないフリ。
「ス、スミマセン!
すぐに出します!」
瞬間移動でもしたかの勢いで西山さんは自分の席に着いてキーを打ちだした。
……ご愁傷様。
なんとなく、八つ当たりな気がしないでもない。
ここ数日、京塚主任はこんな調子で、もう何人もが西山さんのように被害を受けていた。
「どーすっかな……。
……はぁーっ」
また、特大のため息が京塚主任の口から吐き出される。
それは、週末が近づくにつれて濃く、重くなっていっていた。
「……」
小さく深呼吸し、思い切って口を開く。
「あ、あの」
「あ゛?」
無意識でしょうが、睨むの、やめてほしい……。
慣れてきたけど、それでも怖いよー。
……なんて言ってられない、この状況では。
「どうか、したんですか……?」
きっと、なにかあるからこそこんなにずっと思い悩んでいるのだ。
それを、私ごときが解決できるとは思わない。
それでも、話すだけでも気持ちが楽になる、ってこともあるわけで。
「あー……。
日曜、杏里の運動会なんだ」
はぁっ、とまた、彼の口からため息が落ちる。
「そ、それは、晴れたらいいですね……」
それ以外に、なんの心配があると?
それとも、もしかしてあれか!?
私と一緒で運動神経ゼロ、かけっこで最下位決定、とか?
私も運動会が近づくと、父がいろいろ指導してくれてたしなー。
もしかしたら父も、私のいないところではこんな感じだったのかもしれない。
「あ、あの。
足が遅くったって……」
「弁当、どうしよう……」
「弁当!?」
私の場合を話してフォローしようとしたのに、全く違う原因が出てきて驚いた。
「あ?
足がどうしたんだ?
杏里は俺に似て俊足だからな。
当然、一番に決まってる」
めっちゃ、どや顔された。
薄々気づいてはいたが、彼はかなりの親馬鹿らしい。
「ただ、弁当がな……」
はぁーっ、と再び、彼がため息をつく。
もうそろそろ、彼がついたため息で雲ができて局地的に雨が降りそうだ。
「お弁当がどうしたんですか?」
「……去年作った弁当が散々で、杏里に恥ずかしい思いをさせたんだ……」
「ああ……」
なんとなく、わかる。
毎日あの、冷食がほとんどを占めている、彼のお弁当を見ていたら。
「友達に自慢できる弁当を作ってやりたいが、俺は料理、苦手だし……」
ずっとパソコンを睨んでなにをしているのかと思っていたけれど、料理の検索をしていたんだ。
喜ぶお弁当を作ってあげたくて。
「あ、あの」
「あ?」
「も、もしよろしければ、私がお弁当を作りましょうか……?」
言った途端に、全身がぽかぽかと熱くなる。
我ながら、大胆な提案だとは思う。
けれど、京塚主任が困っているなら、お役に立ちたい。
「本当か!?」
身を乗り出してきた彼が、両手で私の手を掴む。
「星谷の弁当、いつもカラフルで可愛いもんな!
あれなら、杏里も喜んでくれると思う!」
ぐいっ、と彼の顔が近づいてきて、若干、背中が仰け反った。
そこまで喜んでくれているのは嬉しいけど。
「だと、いいんですけど……」
「助かった!
星谷、サンキューな」
笑った京塚主任の口もとから、白い八重歯がこぼれる。
こんな顔見せられたら、頑張っちゃうよ、私。
……とはいえ。
今日は木曜で、運動会は日曜日。
もう、日にちがないわけで。
帰って携帯でレシピサイトを開き、作成例を調べていく。
「メニューを決めて、明日にあらかた買い出しして、土曜に下ごしらえ……。
え、私はお昼に間に合えばいいけど、普通はもっと早起きなの!?」
改めて、母は偉大だと痛感した。
こんな大変なこと、幼稚園から中学まで、十年以上やっていたなんて。
「あー……。
明日、西山さんと食事の約束してるんだった……」
あの食事から二週間ほどたった。
『今度はバッチリ調べたから、楽しみにしてて』
なんて西山さんは言っていた。
「うー、断るの、悪いよな……」
しかしながら、明日は買い物をして帰りたい。
でも、西山さんの気持ちを考えたら大変申し訳なく……。
「……土曜日、早く起きて買い出しに行こう……」
もう、それしか考えつかない。
それよりも早く、メニューを決めてしまおう!!
その日は夜遅くまで、携帯片手にあーでもない、こーでもないと悩んでいた。
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