子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第3章 極悪上司と運動会

2.西山さんとの食事リターンズ

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翌日、出勤したら京塚主任から、封筒を渡された。

「これは……?」

「弁当の経費だ。
余ったらもらってくれ」

ぶんぶんと勢いよく首を横に振って、それを彼に押し返す。

「私が好きで作るんです。
だから、そんな気遣いは」

「材料費にさらに、光熱費だってかかる。
それに、手間だって」

さらに彼が、私へとそれを押しつけた。

「じゃ、じゃあ、材料費だけここから、使わせていただきます。
他はほんと、気にしないでください」

「しかし……」

じっと、レンズ越しに彼の目を見つめる。

「その分で杏里ちゃんに、運動会を頑張ったご褒美のお菓子でも買ってあげてください。
それじゃ、ダメですか」

「わかった」

ようやく、京塚主任が頷いてくれてほっとした。

お弁当のことはいろいろ心配もあるが、仕事に集中する。

「星谷、携帯」

終業間際、京塚主任がなにを言っているのかわからなかった。

「連絡先、交換しとかないと困るだろうが」

「あ、そうですね」

携帯を出して、LINEと電話番号を交換した。

……京塚主任の連絡先、ゲット。

なんて思ってないとも。
全く。

「なんかあったらいつでも連絡してくれ」

「わかりました」

まもなく終業時間になり、テキパキと彼はパソコンの電源を落とした。

「俺ができることならなんでもするし」

「もう!
京塚主任は両親ふたり分の仕事をひとりでしなきゃいけないんですから、お弁当くらい安心して任せてください!」

「頼もしいな」

手が伸びてきて、くしゃくしゃと柔らかく私の髪を撫でる。

「……あの」

「ん?
……ああ、すまん。
子供の、癖で」

眼鏡の弦のかかる耳の先端を赤く染め、ぼりぼりと彼は首の後ろを掻いた。

「じゃあ、日曜、頼んだ」

「はい、お任せください!」

保育園のお迎えが気になるのか、そのまま彼は駆けていった。

「星谷さん、もう終わる?」

西山さんに声をかけられ、我に返った。

「あっ、はい!
もう終わります」

「オレ、あと三十分くらいかかりそうだから、待っててもらえる?
ごめんね」

片手であやまってくる西山さんへ、笑顔を向ける。

「いいですよ。
お気になさらずに」

「ごめんねー」

詫びながら西山さんは席へ戻っていった。
私もパソコンへ向かい直し、やりかけの仕事を片付ける。

……京塚主任が、私のあたまを。

さっきのことを思いだし、途端にぱふん、と顔から熱が出た。
いやいや、あれは子供と間違えてだし。
他意はないし。
なんて考えながらも、手の感触がいつまでたっても忘れられなかった。

待っている間、昨日、ブクマしたレシピサイトを見ながら何度もシミュレーションをする。

……大丈夫だよね、これで。

不安はあるが、当日になってみないとわからない。

「お待たせ。
じゃ、行こうか」

「あ、はい」

西山さんに声をかけられ、見ていた携帯を閉じて立ち上がる。
今日、彼が連れてきてくれたのは、宣言どおりお洒落なイタリアンバルだった。

「こういう店、初めてで緊張する。
いつもいつもこの間みたいな、安い居酒屋とかだから」

おしぼりで手を拭きながら、つい周囲を見渡してしまっている西山さんにくすりと小さく笑いが漏れる。

「なに飲む?」

今日はテーブル席で差し向かいなので、身体が触れる心配はしなくていいのはいい。

「そうですね……」

「あー、ビールもあるけど、やっぱりワインがメインなのかー。
オレ、ワインって飲んだことがないんだよね」

へへっ、と恥ずかしそうに西山さんが笑う。
それは可愛いとは思うが、それだけだった。

「試してみます?
白だったら飲みやすいですし」

「そうだね……。
試してみるか!」

注文が決まり、軽く手を上げて彼は店員を呼んだ。

「この白ワインと、シーザーサラダ。
それにマルゲリータ。
以上で」

まるで練習でもしていたかのように、滑らかに彼が注文をする。

「意外と手慣れてるんですね」

「全然、全然!」

両手を前に出し、西山さんは激しく振った。

「めっちゃテンパってるって!
でも、星谷さんにいいとこ、見せたいだろ」

ちらっ、と彼が上目で私をうかがう。

「そう、なんですね」

笑みを作ってそれに、答えておいた。
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