22 / 116
身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される
二十話『彼女の幸せ』
しおりを挟む
翌日、海軍司令部に出勤した義孝は、朝から珍しく不機嫌だった。
どのくらい不機嫌だったかと言えば、部下はともかく、上官にまで伝わるほどに不機嫌だったのだ。
「異常事態だぞ」
中将が忠告に来た。
「何がでしょう?」
塩辛い梅干しでも食べたかのような顰め面の中将に、部長室に来ていた義孝は首を傾げる。
「様子が変だ」
「保守派の動きでしょうか」
「奴らの動きがおかしいのは、いつものことだろう。放っておけば好き放題に動いて、国の形まで変えてしまう」
「厄介ですね」
義孝が同感だと頷く。
「・・・そうではなく、動きがおかしいのは貴様のことだ、時東大佐!一体、どうしたというのだ?」
「はて、何のことでしょう」
義孝は首を傾げる。まったく身に覚えの無いことと言うようなその反応に、中将は海上で遠くの船影をまじまじと確かめるように目を細めた。
「とぼけるではないわ、まるで近海に敵影でも見つけたようにピリピリしとるではないか。貴様の珍しい怒気に、ここは敵地の船上かと部下どもが怯えとるわ!」
「それは、失礼いたしました」
義孝は理由を説明しようとしたがやめた。周囲の人間を自分の感情に巻き込むのは間違っている、それが分かっていながら、己を御せていない事に反省したのだ。
(この年になって、か?鍛錬不足だ)
だが、それとは対照的に、中将は深い溜息を、海外の要人を相手にするかのように、幅広の肩を竦めてみせた。
「本当にどうしたのだ、お前らしくもない。そういうのは儂の専売特許だぞ・・・悩んでいることがあるなら、しっかり話せ」
「心が乱れておりましたことは謝罪致します。以後、気をつけますので・・・・」
「待て待てぇ!そうではない、理由を訊いとるんだ」
「軍務についての悩みではありません。己の精神的な未熟さが招いたこと、中将のお時間を頂戴するまでもないかと」
「ほう、弱さか。では、軍人気合注入棒が必要か?」
軍人気合注入棒というのは、硬い樫の木で作られた、いわゆる『しごき』用のバット様の棒のことだ。軍内で、上官が新入りに対し、尻に叩きつける形で用いている。
躾や教育の一環だとされているが、過激な体罰であり、時に死者すら出ることもあった。
当然、進んで受けたい者などいない。しかし、中将の提案に義孝は淡々と返した。
「中将がそう判断されるのでしたら」
「いらんいらん!お前には冗談も通じんのか!陸で貴様に怪我をさせたら、儂が大臣等から責められるわ」
中将は顔の前で左右に手を振る。それから、ジロリと中将は義孝を睨む。ここに下士官が居れば、震え上がったことだろうと、義孝は頭の片隅で思った。
「・・・でだ、儂に二度も質問をさせるのか、時東」
上官に問われて黙っている訳にもいかない、義孝は渋々。不機嫌の理由について、説明することにした。
「・・・私の婚約者の琴です」
「うん?」
「想定していたこととは、何だか違うが――――あったのか」
疑問の声とともに、中将は眉を寄せた。
「昨日、男と一緒にいる姿を見てしまったものですから」
義孝は暗い表情で、そう言った。その話に中将はたいそう驚いたのだろう。「な」と目と口を大きく開けたまま、固まる。
「何だと。まさか、不貞か!」
「いえ、婚約もまだで」
「婚約前にとは大胆不敵!なんと不埒な!」
「お待ちください、中将。そうではありません」
「では何だというのか」
「婚約者が世話になっている薬屋の店主の男が、町中で婚約者に声をかけてきただけです。ただ、昔なじみだったみたいで」
義孝の説明に、中将は目をぱちくりさせた。
「昔なじみだと?それで、なぜ貴様が不機嫌に・・・」
「なぜ、ですか」
問われて、義孝は改めて考えた。認めるのには少々、抵抗があったが、原因はすでにハッキリしている。
「嫉妬、しているのだと思います」
「嫉妬・・・お前がか?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが、どうもそのようで」
義孝は、思考を整理していくように淡々と説明していく。
「婚約者とその男が、親しげに話していることが気に入らなかったのでしょう。周囲の者に悟られてしまうほど感情の抑制が利かないのも、初めて覚えた嫉妬に翻弄されているのだろうと思いました」
嫉妬するなど、まるで子供みたいだ。昔なじみだという同じ年頃の男と一緒にいた花を見て、自分のような年嵩の男よりもお似合いではないかと感じてしまった。
年の差など、最初から分かっていたというのに。なのに、たった一度目にした光景で、心が揺らいでしまった。自分などではなく、若い男と添い遂げる未来―――それを模したかのように、現実で若い男と並び立つ花の姿を見て、義孝は改めて考えてしまったのだ。
花にとって、その方が幸せなのではないのだろうか。自分よりも、その若い男と生きた方が、彼女にとって良いのではないだろうか。
(私は、年を取りすぎた)
内心、義孝は溜息を吐いた。
どのくらい不機嫌だったかと言えば、部下はともかく、上官にまで伝わるほどに不機嫌だったのだ。
「異常事態だぞ」
中将が忠告に来た。
「何がでしょう?」
塩辛い梅干しでも食べたかのような顰め面の中将に、部長室に来ていた義孝は首を傾げる。
「様子が変だ」
「保守派の動きでしょうか」
「奴らの動きがおかしいのは、いつものことだろう。放っておけば好き放題に動いて、国の形まで変えてしまう」
「厄介ですね」
義孝が同感だと頷く。
「・・・そうではなく、動きがおかしいのは貴様のことだ、時東大佐!一体、どうしたというのだ?」
「はて、何のことでしょう」
義孝は首を傾げる。まったく身に覚えの無いことと言うようなその反応に、中将は海上で遠くの船影をまじまじと確かめるように目を細めた。
「とぼけるではないわ、まるで近海に敵影でも見つけたようにピリピリしとるではないか。貴様の珍しい怒気に、ここは敵地の船上かと部下どもが怯えとるわ!」
「それは、失礼いたしました」
義孝は理由を説明しようとしたがやめた。周囲の人間を自分の感情に巻き込むのは間違っている、それが分かっていながら、己を御せていない事に反省したのだ。
(この年になって、か?鍛錬不足だ)
だが、それとは対照的に、中将は深い溜息を、海外の要人を相手にするかのように、幅広の肩を竦めてみせた。
「本当にどうしたのだ、お前らしくもない。そういうのは儂の専売特許だぞ・・・悩んでいることがあるなら、しっかり話せ」
「心が乱れておりましたことは謝罪致します。以後、気をつけますので・・・・」
「待て待てぇ!そうではない、理由を訊いとるんだ」
「軍務についての悩みではありません。己の精神的な未熟さが招いたこと、中将のお時間を頂戴するまでもないかと」
「ほう、弱さか。では、軍人気合注入棒が必要か?」
軍人気合注入棒というのは、硬い樫の木で作られた、いわゆる『しごき』用のバット様の棒のことだ。軍内で、上官が新入りに対し、尻に叩きつける形で用いている。
躾や教育の一環だとされているが、過激な体罰であり、時に死者すら出ることもあった。
当然、進んで受けたい者などいない。しかし、中将の提案に義孝は淡々と返した。
「中将がそう判断されるのでしたら」
「いらんいらん!お前には冗談も通じんのか!陸で貴様に怪我をさせたら、儂が大臣等から責められるわ」
中将は顔の前で左右に手を振る。それから、ジロリと中将は義孝を睨む。ここに下士官が居れば、震え上がったことだろうと、義孝は頭の片隅で思った。
「・・・でだ、儂に二度も質問をさせるのか、時東」
上官に問われて黙っている訳にもいかない、義孝は渋々。不機嫌の理由について、説明することにした。
「・・・私の婚約者の琴です」
「うん?」
「想定していたこととは、何だか違うが――――あったのか」
疑問の声とともに、中将は眉を寄せた。
「昨日、男と一緒にいる姿を見てしまったものですから」
義孝は暗い表情で、そう言った。その話に中将はたいそう驚いたのだろう。「な」と目と口を大きく開けたまま、固まる。
「何だと。まさか、不貞か!」
「いえ、婚約もまだで」
「婚約前にとは大胆不敵!なんと不埒な!」
「お待ちください、中将。そうではありません」
「では何だというのか」
「婚約者が世話になっている薬屋の店主の男が、町中で婚約者に声をかけてきただけです。ただ、昔なじみだったみたいで」
義孝の説明に、中将は目をぱちくりさせた。
「昔なじみだと?それで、なぜ貴様が不機嫌に・・・」
「なぜ、ですか」
問われて、義孝は改めて考えた。認めるのには少々、抵抗があったが、原因はすでにハッキリしている。
「嫉妬、しているのだと思います」
「嫉妬・・・お前がか?」
「ええ、お恥ずかしい限りですが、どうもそのようで」
義孝は、思考を整理していくように淡々と説明していく。
「婚約者とその男が、親しげに話していることが気に入らなかったのでしょう。周囲の者に悟られてしまうほど感情の抑制が利かないのも、初めて覚えた嫉妬に翻弄されているのだろうと思いました」
嫉妬するなど、まるで子供みたいだ。昔なじみだという同じ年頃の男と一緒にいた花を見て、自分のような年嵩の男よりもお似合いではないかと感じてしまった。
年の差など、最初から分かっていたというのに。なのに、たった一度目にした光景で、心が揺らいでしまった。自分などではなく、若い男と添い遂げる未来―――それを模したかのように、現実で若い男と並び立つ花の姿を見て、義孝は改めて考えてしまったのだ。
花にとって、その方が幸せなのではないのだろうか。自分よりも、その若い男と生きた方が、彼女にとって良いのではないだろうか。
(私は、年を取りすぎた)
内心、義孝は溜息を吐いた。
202
あなたにおすすめの小説
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
好感度0になるまで終われません。
チョコパイ
恋愛
土屋千鶴子(享年98歳)
子供や孫、ひ孫に囲まれての大往生。
愛され続けて4度目の転生。
そろそろ……愛されるのに疲れたのですが…
登場人物の好感度0にならない限り終わらない溺愛の日々。
5度目の転生先は娘が遊んでいた乙女ゲームの世界。
いつもと違う展開に今度こそ永久の眠りにつける。
そう信じ、好きなことを、好きなようにやりたい放題…
自覚なし愛され公女と執着一途皇太子のすれ違いラブロマンス。
王宮の万能メイド、偏屈魔術師を餌付けする
葉山あおい
恋愛
王宮で働く勤続八年のメイド、エレナ・フォスター。仕事は完璧だが愛想がない彼女は、いつしか「鉄の女」と呼ばれ恐れられていた。
そんな彼女に下された辞令は、王宮の敷地内にありながら「魔窟」と呼ばれる『北の塔』の専属メイドになること。そこの主である宮廷魔術師団長・シルヴィス・クローデルは、稀代の天才ながら極度の人嫌い&生活能力ゼロの偏屈男だった!
ゴミ屋敷と化した塔をピカピカに掃除し、栄養失調寸前の彼に絶品の手料理を振る舞うエレナ。黄金色のオムレツ、とろける煮込みハンバーグ、特製カツサンド……。美味しいご飯で餌付けされた魔術師様は、次第にエレナへの独占欲を露わにし始めて――?
意地悪な聖女や侯爵夫人のいびりも、完璧なスキルで華麗に返り討ち。平民出身のメイドが、身分差を乗り越えて幸せな花嫁になるまでの、美味しくて甘いシンデレラストーリー。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?
すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。
ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。
要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」
そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。
要「今日はやたら素直だな・・・。」
美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」
いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる