無自覚人たらしマシュマロ令嬢、王宮で崇拝される ――見た目はぽっちゃり、中身は只者じゃない !

恋せよ恋

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失踪したはずの王弟

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 ステファニーが王宮に上がってから、数日。
 
 オラニエ侯爵邸では、一人の男が限界を迎えていた。

「もう耐えられん! 僕のマシュマロ姫ステファニーが、今この瞬間も、冷酷な王宮のしきたりに涙し、痩せこけてしまっているかもしれないんだぞ!?」
 叫んだのは、ステファニーの兄、サイラスである。

 彼は父ローレンツに似た整った容姿を持ちながらも、今はその顔を苦悶に歪め、荷物を詰めたカバンを握りしめていた。

「サイラス、落ち着きなさい。ステファニーは週末には戻ると約束したでしょう」
 母イザベルがなだめるが、サイラスの耳には届かない。

「週末まであと三日もある! 三日です!? 三日あれば、マシュマロは乾燥して萎んでしまう! 僕は今すぐ、追加の最高級バターと、僕の愛を届けたいのです!」
 サイラスはそのまま、止める使用人たちをなぎ倒すような勢いで馬車に飛び乗り、王宮へと爆走した。

 ――そして現在。

 王宮の面会室で、サイラスは目の前の光景に、言葉を失っていた。

「あら、サイラスお兄様。そんなに汗をかいて、どうされましたの?」

 そこにいたのは、痩せこけるどころか、ツヤツヤと輝く玉の肌で、優雅に新作のフォンダンショコラを頬張る妹・ステファニーの姿だった。

「マ、マシュマロちゃん……!? 君、なんだか……来る前より、さらに『もちもち』になっていないかい?」

「ええ!だって、王宮のパティシエ・ディーンの腕が素晴らしくて。わたくし、つい応援(試食)に力が入ってしまいますの」

 サイラスは膝から崩れ落ちた。

 心配で夜も眠れず、目の下にクマを作って駆けつけた自分とは対照的に、妹は完全に王宮を「攻略」していた。

「……よかった。本当に、虐められて窓際で空を見上げていたわけじゃないんだね……」
「失礼ですわ、お兄様。わたくし、ちゃんとお仕事もしていますのよ」

 ステファニーは、サイラスにだけ聞こえるような小声で付け加えた。
「……お父様から頼まれていたへの物資も、ちゃんとエメリーたちが届けてくれましたわ。
 お兄様が持ってきてくださったこの追加のバターも、きっとお役に立ちますわね」
 サイラスは、ハッとして表情を引き締めた。

 彼は妹を溺愛する一方で、父ローレンツから「ある方への支援」の実務を任されている有能な跡継ぎでもある。

「……そうか。なら、僕がわざわざ『妹が恋しくて公務が手につかない阿呆な兄』をここまで来た甲斐もあったというものだ」

「あら、演じていらしたの?」
「……八割は本気だがね」

 サイラスは、周囲に潜む「王妃の目」や「伯爵の耳」を警戒しながら、ステファニーに持参したバスケットを差し出した。

 その底には、の健康を回復させるための、オラニエ侯爵家秘伝の滋養強壮剤が隠されている。

「ステファニー。……無理はしなくていい。何かあれば、僕がこの王宮を更地にしてでも君を連れ戻すからね」
「ふふ、お兄様ったら。更地にする前に、まずはこのフォンダンショコラを召し上がって。とっても心が落ち着きますわよ?」

 ステファニーが差し出したフォンダンショコラを一口食べた瞬間、サイラスの刺々しいオーラは、一瞬で「とろけるような桃色」へと浄化された。

(……ああ、やっぱり妹は、この国の誰よりも尊い……)

 サイラスは確信した。
 妹を救いに来たつもりが、救われているのは自分の方なのだと。

「――というわけで、僕は今日からこの王宮に泊まり込むことに決めた。異論は認めない!」

 サイラスの宣言に、応接間にいた一同が凍りついた。エメリーが思わず声を上げた。
 
「サイラス様、いくらなんでもそれは……。ここは王宮ですよ?」

「分かっている! だからこそ、我が家の至宝を、こんな海千山千の狸どもが棲む魔窟に一人で置いておけるわけがないだろう! 幸い、ステファニーの家族には王家からの滞在許可証が発行されていたはずだ。その権利を今、この瞬間に行使する!」

 彼は懐から、今回王妃から賜っていた「いつでもステファニーに面会できるように」という名目の許可証を突きつけた。サイラスの気迫に押され、護衛のニコラスは「……週末までですよ」と折れるしかなかった。早急に、王妃への報告がなされた。

 こうして、サイラスという「最強の盾」を手に入れたステファニーは、その日の夜、ついに動いた。

「お兄様、準備はよろしくて?」
「ああ。……ステファニー、僕から離れるんじゃないよ。……エリオ、エメリー、周辺の警戒を」

 月が雲に隠れた深夜。
 一行は、地下の物置にある隠し通路の先へと足を踏み入れた。

 そこは、王宮の古い地図からも抹消された、かつての「離宮」へと続く道だった。
 冷たく湿った空気の中、ステファニーのアメジストの瞳だけが、暗闇を透かして「オーラ」を追いかける。

「……見えたわ。あちらに、とても静かな、でも消え入りそうな『金色の光』がある……」

 その光に導かれ、たどり着いた一室。

 古びた寝台に、一人の痩せ細った男が横たわっていた。
 かつて「王宮の宝石」と称えられた、王弟コンスタンティン。

 その周囲には、正体不明の呪いによるものか、「不気味な黒色の澱(よどみ)」が、今もなお 首を絞めるようにまとわりついていた。

「コンスタンティン王弟殿下……」
 サイラスが跪き、その手を握る。

 王弟は薄く目を開け、かすれた声で呟いた。
「……サイラスか。……すまない、また、君たちの手を煩わせて……」

「滅相もございません! 王弟殿下を救わずして、何がオラニエ侯爵家でございましょうか!」

 かつて、父ローレンツが王弟殿下から受けた深い恩を胸に刻み、その思いを忠実に受け継いでいることが滲んでいた。

 その昔、祖父である前オラニエ侯爵が、敵対派閥の公爵家から不当な不正の嫌疑をかけられ、家族は窮地に立たされていた。その時、王弟コンスタンティンは祖父をかばい、オラニエ侯爵家を守るために公正な判断を下して嫌疑を晴らしてくれたのだ。
 もしあのとき王弟殿下が動いてくれなければ、オラニエ侯爵家は爵位を返上するしかなかったかもしれない。

 家族が大切にしてきた「王弟殿下に忠誠を」という誓いが、次期当主サイラスの行動を迷いなく突き動かす――まさに血と家訓に支えられた忠義であった。

 そのやり取りを背に、ステファニーがトコトコと歩み寄る。
 小さな手に抱えていたのは、サイラスが携えてきた滋養強壮剤と、王宮筆頭パティシエ・ディーンが腕によりをかけて作った、淡い色合いのジュレだった。

「殿下、初めまして。ステファニーと申しますわ」

 そう名乗ると、彼女はためらいもなく、コンスタンティンの枕元に腰を下ろした。
 そして――マシュマロのように柔らかな手で、そっと彼の額に触れる。

 その瞬間。

 部屋に満ちていた、淀んだ空気が、わずかに揺らいだ。

(……重い……けれど、これは“呪い”そのものじゃないわね)

 ステファニーの紫の瞳が、王弟の周囲に絡みつく黒い靄を捉える。
 それは深く、粘つき、長い年月をかけて体と心を蝕んできた痕跡――しかし、完全に根付いてはいない。

「大丈夫ですわ、王弟殿下」

 囁く声は、幼いながらも不思議と落ち着いていた。

「とてもお疲れなだけ。……ずっと、耐えてこられたのですね」

 その言葉に、コンスタンティンの指先が、かすかに震えた。

 ステファニーはジュレを小さな匙ですくい、滋養剤をほんの少し混ぜる。
 薬の匂いを甘さで包み隠す、計算された配分だった。

「ゆっくりで構いませんわ。一口だけ、召し上がってください」

 サイラスが息を詰めて見守る中、王弟は微かに頷き、唇を開いた。

 ――その一口が喉を通った瞬間。

 コンスタンティンの胸元にまとわりついていた黒が、ほんのわずか、色を薄める。

「……なんだか、温かい……な……。君は、まるで春の陽だまりのようだ……」

(……効いている。今は“回復への道”を示すだけで十分)

 ステファニーはそれ以上、踏み込まなかった。
 癒しは、力でねじ伏せるものではないと、彼女は知っている。

「今日は、ここまでですわ。コンスタンティン王弟殿下」
 そう言って微笑むと、彼女はそっと手を離した。

 重く閉じていた王弟の瞼は、先ほどよりも穏やかで、呼吸もわずかに深くなっている。

 ――呪いに苦しみ続けた王弟コンスタンティンは、この日、初めて「回復」という言葉を、現実のものとして迎えたのだった。

 サイラスはその様子に涙ぐみ、エリオとエメリーは影で静かに頭を下げる。

「……これで、お父様との約束が一つ果たせましたわ」
 ステファニーは微笑んだ。

 しかし、その瞳の奥には、新たな決意が宿っていた。

 王弟コンスタンティンをここまで追い詰めた「黒」の正体――それを、このまま野放しにするわけにはいかない。

「お兄様。王弟殿下が回復されたら、王宮を『更地』にする準備を始めましょうか」
「……ステファニー、その言葉、僕が言うよりずっと重みがあるね……」

 こうして、失踪したはずの王弟は、深夜の隠れ家で、人知れず、だが確かな希望とともに回復の兆しを取り戻していった。
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✨📚新連載スタート
【「義妹に譲れ」と言われたので、公爵家で幸せになります!】
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