【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

文字の大きさ
9 / 20

第9話 王子様とのファーストワルツ

しおりを挟む
私の手を取り、優雅に一礼するレオン様。
その完璧な王子様の振る舞いに、会場中の誰もが息をのんでいた。
鳴り響く、甘くて壮大なワルツの調べ。それはまるで、これから始まる私たちのための、祝福のファンファーレのようだった。
「……行けるか?」
私の耳元で、彼が囁く。その声に含まれた、ほんの少しの心配と、絶対的な信頼。
私は、こくりと頷いた。
「……はい!」
レオン様に導かれるまま、私はホールの中心へと、その第一歩を踏み出した。
一歩、また一歩。
彼のリードは、驚くほど滑らかで、ダンスなんて習ったこともない私の体を、まるで羽のように軽く、優雅に操っていく。
くるり、とターンをすれば、レオン様の魔法で生み出されたドレスの裾が、夜空の星屑を撒き散らすみたいに、キラキラと輝きながら広がった。
(すごい……夢みたい……)
周りの景色が、目まぐるしく流れていく。
着飾った貴族たちの、驚きと、嫉妬と、好奇の入り混じった顔、顔、顔。
その視線が怖くて、体が縮こまりそうになる。でも、そのたびに、私の腰に添えられた彼の力強い腕と、私をまっすぐに見つめるサファイアの瞳が、「大丈夫だ」と語りかけてくれる気がした。

だんだんと、周りの雑音が遠くなっていく。
シャンデリアのきらめきも、人々の囁き声も、何もかもが聞こえなくなって、この広いホールに、私とレオン様、二人きりしかいないみたいだった。
「……なぜ、俺の力が変わったのか、不思議に思っているか?」
踊りながら、彼が静かに口を開いた。
「お前が作った、あの琥珀糖。あれに込められていた『静寂の月桂葉』とかいうハーブ。あれが、俺の魔力の根源に作用したらしい」
「根源……?」
「ああ。ヴァイスハイト家に代々伝わる魔力は、本来、今日お前が見たような、光属性の『聖なる魔力』なんだそうだ。だが、その力はあまりに強大で、制御が難しい。下手に扱えば、術者自身を内側から焼き尽くしてしまう危険な力でもある」
だから、と彼は続けた。
「一族の長老たちは、俺が生まれた時から、その力が完全に覚醒しないよう、抑制する魔法をかけていた。俺が苦しんでいた魔力不全は、病などじゃない。無理やり押さえつけられた力が、俺の体の中で反発し、暴走していただけだったんだ」
(そんな……じゃあ、ずっと……)
「お前が、その蓋を外してくれた。お前の作る優しい魔法菓子が、俺の荒れ狂う魔力を、本来の穏やかな姿へと導いてくれたんだ。お前がいなければ、俺は一生、偽りの力に苦しみ続けるところだった」
彼の瞳が、感謝と、そしてそれ以上の、熱い想いを込めて私を見つめる。
心臓が、きゅんと甘く締め付けられた。
「私……私は、ただ、あなたの力になりたかっただけで……」
「それが、何よりの力になった。……ありがとう、いちご」
(―――っ!)
今、確かに彼は私の名前を呼んだ。
甘く、優しく。
もう、私の思考は完全にショートして、ただ彼の胸に顔をうずめることしかできなかった。

やがて、ワルツの曲が終わり、私たちは優雅な一礼でダンスを終えた。
その瞬間、割れんばかりの拍手が、ホールに響き渡った。
それは、ヴァイスハイト家の次期当主への称賛と、そして、彼の隣に立つ、名もなき私への、驚きと戸惑いが入り混じった拍手だった。
呆然と立ち尽くす私に、彼はそっと手を差し伸べる。
「立てるか?」
「は、はい……」
その手を取ろうとした、その時だった。

「……素晴らしいダンスでしたわね、レオン様。そして、そちらの『製菓科』の方も」
私たちの前に、再びロゼリア様が立ちはだかった。
その顔からは、さっきまでの激情は消え、完璧な貴族令嬢の微笑みが貼り付けられている。でも、そのエメラルドの瞳の奥は、凍てつくように冷たかった。
「ですが、レオン様。あなたはヴァイスハイト家の次期当主。そのような、どこの馬の骨とも知れない娘をパートナーにするなど、一族への裏切り行為ですわ。お考え直しなさい」
「断る」
レオン様は、きっぱりと言い放った。
「俺のパートナーは、俺が決める。家の指図も、お前の指図も受けるつもりはない。彼女は、俺が選んだ、たった一人の女性だ」
たった一人の、女性。
その言葉が、私の心の中で、キラキラと輝く宝石みたいに響き渡る。
「なっ……! あなた、正気ですの!?」
「ああ、正気だ。今までの俺が、どうかしていただけだ」
レオン様は、そう言って、ロゼリア様から視線を外すと、私の手を取り、再び歩き出した。
「行くぞ、いちご」
「……はい!」
私は、今度こそ、迷わずに頷いた。
背後で、ロゼリア様が悔しそうに唇を噛む気配がした。彼女の完璧なプライドが、音を立てて崩れていくのが、私にだってわかった。
(ごめんなさい、ロゼリア様。でも、この手だけは、もう離したくないの)

私たちは、再び注目の的になりながら、ホールの喧騒を抜けていく。
これで、もう大丈夫。もう、何も怖くない。
そう、思ったはずだった。

ホールの隅。大理石の柱の影。
そこに立つ、一人の初老の男の、鋭い視線に気づくまでは。
彼は、貴族の中でもひときわ豪奢な衣装をまとい、その手にした杖には、不気味な紫色の宝石が埋め込まれていた。
彼は、決して私たちに敵意を向けるわけではない。
ただ、まるで獲物を品定めするかのように、ねっとりとした目で、レオン様から溢れる聖なる魔力の残滓を、そして、その隣にいる私を、じっと、じっと観察していた。
その瞳は、私が今まで出会った誰とも違う、底なしの闇を湛えていた。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
(だ、誰……?)
私の視線に気づいたのか、男は、口の端を吊り上げて、にやりと笑った気がした。

その男が、後に私たちの運命を大きく揺るがすことになる、王宮魔法顧問、アルビオン公爵その人であることを、この時の私はまだ、知る由もなかった。
今はただ、レオン様に繋がれた手の温かさと、これから始まる新しい物語への期待に、胸をときめかせているだけだった。
氷の王子の心を溶かしたシンデレラの物語は、甘いワルツの調べと共に、次なる舞台へと、その幕を開けようとしていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

楓乃めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

処理中です...