【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)

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第10話 ガラスの靴と夜明けの約束

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ダンスの熱気と、人々の熱っぽい視線。
その全てから逃れるように、レオン様は私の手を引き、ホールの喧騒を後にしてくれた。
私たちは、大理石の廊下を抜け、月明かりが差し込む大きなガラスの扉を開ける。
そこは、王宮の広大な庭園を見下ろせる、静かなバルコニーだった。

「……すぅ」

ひんやりとした夜風が、火照った私の頬を優しく撫でていく。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに、ここには静寂と、優しい月の光、そして花の香りだけが満ちていた。
下を見下ろせば、幾何学模様に刈り込まれた庭園が、魔法の光でライトアップされていて、まるで宝石箱をひっくり返したみたいにキラキラと輝いている。
「すごい……綺麗……」
思わず呟くと、隣に立つレオン様が、ふっと息を吐くのが聞こえた。
「お前の方が、綺麗だ」
「―――っ!」
(い、今のって、どういう意味!?)
ドキッ、と心臓が跳ねて、彼の顔を見られない。
だって、そんな、あまりにもストレートな言葉。私が知っている“氷の王子”様からは、想像もつかないセリフだったから。
心臓がうるさくて、夜風の音も、虫の音も、何も聞こえなくなってしまう。
って、なんで私が彼のことで、こんなに、こんなに……!

「いちご」
また、彼は私の名前を呼んだ。
その声は、さっきよりもっと真剣で、私はおそるおそる顔を上げた。
月明かりに照らされた彼のサファイアの瞳が、まっすぐに私を射抜いている。その瞳の奥には、私が今まで見たこともないような、熱くて、切実な光が宿っていた。
「今夜は、驚かせてすまなかった。……それに、巻き込んでしまった」
「い、いえ! そんなこと……」
「いや、事実だ。俺の勝手で、お前を矢面に立たせた」
彼は、ゆっくりと私に一歩近づいた。
ふわっと、彼の冷たくて澄んだ香りがして、私の心臓がまた一つ、大きく鳴る。
「だが、後悔はしていない。あれが、俺の答えだからだ」
「答え……?」
「ああ。俺はもう、家の言いなりになるのも、偽りの力に怯えるのもやめた。俺は、俺の意志で、俺の未来を選ぶ」
彼は、そっと私の両手を取った。彼の大きな手に、私の小さな手がすっぽりと包まれる。その温かさが、じんわりと私の心にまで染み込んでくるようだった。

「そのためには、お前が必要だ、いちご」

(え……?)
「お前がいなければ、俺は本当の自分を見つけられなかった。一生、氷の殻に閉じこもったまま、孤独に溺れていたはずだ。お前の作る優しい魔法と、お前のその太陽みたいな真っ直ぐさが、俺の凍てついた心を溶かしてくれたんだ」
彼の言葉一つ一つが、甘い魔法みたいに、私の心に降り積もっていく。
「だから……これからも、俺の隣にいてほしい」
それは、命令でも、取引でもない。
彼の、心からの、少しだけ不器用な、精一杯の“お願い”だった。
嬉しくて、幸せで、胸がいっぱいになって、視界が滲む。
「私……」
私も、あなたが好きです。
そう言いたいのに、涙が邪魔をして、言葉にならない。
そんな私の気持ちを、彼は全部わかっているみたいに、優しく微笑んだ。

「返事は、急がない。だが、俺の未来には、常にお前がいる。それだけは、覚えておいてくれ」
「……っ、はい……!」
私は、涙でぐしゃぐしゃの顔のまま、それでも力いっぱい頷いた。
「私も……私も、あなたの隣に、いたいです……!」
やっとのことで、そう伝えるのが精一杯だった。
私の答えを聞いて、彼は、本当に嬉しそうに、安心したように、目を細めた。
そして、私の手を引いて、そっとその腕の中に、優しく閉じ込めた。
彼の胸に顔をうずめると、トクン、トクン、と、私と同じくらい速い、彼の心臓の音が聞こえてきた。
ああ、この人も、緊張してくれてたんだ。
そう思ったら、愛おしくて、たまらなくなった。

しばらく、私たちはそうして、ただ静かに、お互いの存在を確かめ合っていた。
でも、その甘い時間は、永遠には続かない。
「……だが、いちご」
ふと、彼が真剣な声で、私の名前を呼んだ。
「俺の隣にいるということは、これから、お前を危険なことに巻き込んでしまうかもしれない」
「危険なこと……?」
「俺の『聖なる魔力』が覚醒したことで、おそらく、ヴァイスハイト家も、この国も、大きく揺れることになる。この力を支持し、利用しようとする者。そして、危険視し、封じようとする者……。今夜、会場にいた連中の中にも、そういう輩が大勢いた」
私は、さっき柱の影で見た、あの不気味な男のことを思い出していた。
アルビオン公爵、と呼ばれていた、あの男。
「特に、王宮魔法顧問のアルビオン公爵……あいつは、古代魔法の研究にのめり込んでいる危険な男だ。俺の力を、ただ黙って見ているとは思えん」
彼の声に、険しい響きが混じる。
「俺は、戦わなければならない。家のしがらみとも、王宮の闇とも。それは、決して楽な道じゃない。それでも……お前は、俺と一緒にいてくれるか?」
それは、私の覚悟を問う、真剣な質問だった。
私は、彼の胸から顔を上げ、まっすぐにその瞳を見つめ返した。
「はい。もちろんです」
迷いは、一切なかった。
「私は、落ちこぼれの製菓科です。すごい魔法は使えません。でも、私の作る魔法菓子で、あなたのことを、ずっとずっと、支えさせてください。それが、私の戦い方です」
私の答えに、彼は一瞬だけ驚いたように目を見開き、そして、たまらなく愛おしいものを見るような目で、私の頬をそっと撫でた。
「……お前は、本当に、強いな」

その時だった。
私の体を包んでいた、夜空のドレスが、キラキラと淡い光を放ち始めたのは。
「あ……!」
足元から、スカートの裾から、ドレスが少しずつ光の粒子に変わって、夜風に溶けるように消えていく。
それは、魔法が解けていく合図。
シンデレラの夜が、終わる合図。
「……残念だ。もう少し、見ていたかったが」
レオン様が、名残惜しそうに呟く。
光の粒子が、私たちの周りをキラキラと舞い踊る。それは、まるで夢の終わりのようで、少しだけ切なかったけど、不思議と悲しくはなかった。
やがて、光が完全に消え去ると、私の体は、元の見慣れた製菓科の制服に戻っていた。
手には、王都で買ってくれた、ガラスの髪飾り。
胸元には、彼に抱きしめられた時の、温かい記憶。
もう、私は、ただの製菓科の生徒じゃない。
彼の隣に立つと、決めたんだから。

「さあ、帰るぞ。夜が明ける」
レオン様に手を引かれ、私たちは再び、秘密の通路へと向かった。
学園へと続く、扉の前で。
彼は、私の手を離すと、真剣な顔で向き直った。
「いちご。約束する」
その声は、力強くて、揺るぎない覚悟に満ちていた。
「家の問題も、王宮の連中も、俺が全て片付ける。そして、必ず、お前を正式に迎えに行く。誰にも文句は言わせない。だから……それまで、待っていてくれ」
「……はい。待っています」
「いい子だ」
彼はそう言って、私の額に、そっと、優しいキスを落とした。
「―――っ!」
あまりの衝撃に、私はカッと顔が熱くなり、固まってしまう。
そんな私を見て、彼は満足そうに、意地悪く笑った。
「……また、な」
そう言い残して、彼は夜会の喧騒の中へと戻っていく。
私は、一人、その場に立ち尽くし、燃えるように熱い額を押さえることしかできなかった。

(ずるい……ずるすぎる……!)
心臓は、もうめちゃくちゃ。
でも、そのめちゃくちゃな鼓動が、最高に幸せだと叫んでいた。
私は、一人学園への道を戻りながら、何度も何度も、彼の言葉と、額に残る感触を反芻していた。

その頃。
一人、王宮に残ったレオン様の元に、一体のゴーレムが静かに現れた。
それは、ヴァイスハイト家の紋章が刻まれた、公爵家からの使いだった。
ゴーレムの口から、感情のない、合成音声が響き渡る。

『レオン様。公爵様が、至急お戻りになるよう、お命じです。今宵の件、詳しくご説明を、と――』

レオンは、厳しい表情で、ぎりと拳を握りしめた。
甘い約束の時間の終わり。
そして、厳しい現実との戦いの始まりを、彼は静かに受け止めていた。
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