独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第7章 おじさんと雨の日

第101話

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雨が降ると、空気の味が変わる。どこかしら湿った土と若葉の匂いが混ざって、鼻の奥にじんわりと残る。嫌いじゃない。

「……また降ってきやがったな」

軒先で雨を眺めながら、手にしたカップを一口すする。今日のブレンドは中煎り。豆は二日前に干した〈シェラン草豆〉と、酸味の少ない低湿地原産の〈オルマ種〉を混ぜた。雨の日にちょうどいい丸みと、ちょっとした深さが舌に残る。

外はすっかり灰色の空だ。朝方には畑に出ようかと思ってたが、この降り方じゃ長靴が土に埋まるのがオチだろう。どうせ地面が水を吸ってる間は、種も蒔けねぇし雑草も抜けやしない。無理して泥にまみれるより、今は別のことに手をつけたほうが賢い。

俺は店の奥にある小部屋──加工兼保管スペースに向かった。湿気がこもらないよう、木枠の窓はいつも通気口を開けてある。そこに吊るしてあるのは、焙煎前の豆や乾燥中の煙草葉。今は、ちょうど試作中の「保存と熟成」の工程に取り掛かっている最中だ。

「さて……こいつの出番だな」

棚の奥から取り出したのは、自作の“熟成棚”。いや、棚って言っても、石板と木板を交互に重ねただけの代物だが、湿度管理にはちょうどいい。豆を寝かせるためのスペースを、季節ごとに変える必要があるってのは、実際に何度も失敗してから気づいた。

万能生成スキルを使えば、どんな状態の豆でも完璧に仕上げられる。けど──それだと、味に「揺らぎ」がない。

“今この瞬間、この天気、この湿度”で仕上がる一杯が欲しいんだよ、俺は。

「よし、次は燻しだな」

別の棚から、先月仕込んだ煙草葉の束を取り出す。火を入れるわけじゃない。燻すんだ。乾燥じゃなくて、熟成。時間と煙で、味を馴染ませていく。

火を使わずに煙を循環させるため、小型の風導管を設置した簡易燻製器にセットする。今回の燻材は、マーレ村の西に自生する〈リムナ樹皮〉。かすかに甘みがあり、煙に含ませると鼻に残る香りが柔らかくなる。雨の日にぴったりの、湿度に強い一品。

「……あとは、時間だな」

試作室から出ると、店の前の道を人影が通るのが見えた。肩に大きな荷を背負った行商人らしき男が、店先で立ち止まってこちらを見ていた。

「休んでくか?」

「ありがてぇ。ちと、ずぶ濡れでな」

中年男がマントを脱ぎながら入ってくる。見覚えのない顔だが、雰囲気からして常連の紹介か噂を聞いた口だろう。マーレ村は狭いが、外の流通には意外と広い繋がりがある。

「何が欲しい?」

「何かあったかいもんを。コーヒーってのがうまいって聞いたんでな」

「なら、これだ」

俺はさっきのブレンドに〈ミスカの蜜〉をひと垂らし加えて、口当たりを優しくした。旅の疲れには、甘味が効く。

「おお……香りが……鼻に残るな。雨の中、これ飲めるとは思わなかった」

「対価は?」

「これだな」

商人は袋の中から、干し果物を数種取り出した。見慣れない黒紫の実や、薄くスライスされた柚子皮。どれも保存が利く。乾燥技術もなかなかのもんだ。

「異国の果物か?」

「東の大陸から仕入れた。そっちじゃ、“煙と一緒に楽しむ果物”って言われてる」

「面白ぇな」

早速、試作用のノートにメモを取りながら受け取る。旅人が持ち帰る品は、たいてい一過性の物珍しさで終わるが、中にはブレンドの着想になるやつもある。

「煙草も少しばかり嗜むんでな。茶葉もあるぞ、発酵強めの黒茶」

「……なるほど」

茶か。煙草と合うような茶なら、それ自体が燻材になる可能性もある。

「悪くない取引だ」

「また寄らせてもらうよ。次は晴れてるといいな」

男は、あっけらかんと笑って出て行った。

店内に残った雨音と、カップの残り香が、妙に心地いい。

「さて……次は読書でもすっか」

棚の端に積んでおいた一冊を手に取り、椅子に腰を落ち着ける。焙煎の待ち時間は、文字を眺めて過ごすにはちょうどいい。

今日読むのは、『発酵と魔術の境界』──食と香りに関する古代錬金術の断片がまとめられた文献。何か新しいヒントが見つかるかもしれない。

ページをめくりながら、焙煎小屋から微かに届く煙の香りを鼻で捉える。

うん、雨の日ってのも、悪くない。
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