独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

☆ほしい

文字の大きさ
102 / 243
第7章 おじさんと雨の日

第102話

しおりを挟む
雨は降ったり止んだりを繰り返している。パタパタと屋根を叩く音と、豆を焙煎する音が交互に耳に届いて、なんとなくリズムが取れる気がする。

朝から何杯めか分からないコーヒーを口にしながら、煙草を一本くわえる。今日のブレンドは、前に旅商人からもらった干し果物の皮を、葉に少し混ぜて仕上げたやつだ。燃やすと、わずかに酸味のある香りが広がる。これがまた、雨の日に合う。

「……やっぱり、湿気の日はこっちの葉だな」

灰皿の脇に火のついた一本を置いて、次の焙煎の準備に移る。豆は〈カルミナ豆〉と〈ミルカ豆〉を半々。室内焙煎器に火を入れて、じわじわと熱を通していく。

油断すると焦げるが、今はもう手が覚えてる。指先と鼻と耳で仕上がりを掴む。目に頼る必要はない。雨が作る生活のテンポに合わせれば、それだけで一日がすんなり進む。

「……そういや、あれも試してみるか」

奥の棚から取り出したのは、自作の熟成葉のひと束。雨の日用に燻した葉だ。燻材にはリムナ樹皮に加えて、試しに異国の黒茶も少し使った。茶葉の甘い渋みが、どう出るかは吸ってみなきゃ分からない。

一本、丁寧に巻いて火を入れた。

「……悪くない」

しっとりとした吸いごたえに、鼻から抜ける香りがやけに穏やかだ。茶葉の効能か、それとも気温のせいか。いずれにしても、これは今後の定番に加えてもいい。

外の雨は続いている。通りには人影がない。さっき来た行商人も、すでに村の宿の方へ向かったのか、戻ってくる気配はない。

けれど俺は、それが物足りないとも、寂しいとも思わない。

「……この音がいいんだよな」

焙煎器の中で豆が跳ねる音。遠くで鳥が鳴いて、雨が葉を打つ。煙が立ち上がる横で、本を手に取って読む時間。この空気に、余計なものはいらない。

棚から選んだのは、『植物と天候の相互作用』。農業向けの書だが、香草や葉の変質傾向が載ってる。煙草にも珈琲にも応用できるネタが多い。

ページを繰りながら、隣で湯が湧き始める。次の抽出に向けて、粉を挽く手も自然と動く。雨音に邪魔されず、逆に集中を後押ししてくれる。

「……おっと、温度、ちょっと高いな」

湯の温度を数度下げてから抽出する。今日は〈ミスカ蜜〉は使わず、素の苦味とコクだけで勝負する一杯。

カップに注ぐと、ふわりと湯気が立ちのぼる。

「うん。悪くない」

吸い込んだ煙と、飲み込んだ珈琲の香りが口の中で重なる。この感覚は、言葉じゃ説明できねぇ。だが、それがいい。

来客の鈴は鳴らない。誰かが来るかもしれないし、来ないかもしれない。

けど、それでもかまわない。

この場所、この時間、この味。

誰に見せるでも、売るでもない。

俺の手と舌と鼻だけが頼りの、“今日の正解”がここにある。

店の隅で乾燥を進める豆と、熟成中の葉。それらを記録するためのノートは、もう何冊目になるか分からない。けれど、どのページにも意味がある。俺にとっては、な。

「……雨がやんでも、やることは変わらねぇな」

コーヒーを飲み干して、タバコを揉み消す。

焙煎室の奥から、微かに鳴る乾いた音。豆がちょうど良い具合に弾けている合図。

椅子から腰を上げて、焙煎器の蓋をそっと開けた。

「……よし、仕上がった」

焼き上がった豆の香ばしさが鼻を突く。さっそく粗熱を取りながら、保存瓶に詰めていく。この瓶も、万能生成スキルで作った密閉仕様。湿気対策は完璧だ。

スキル使用:【万能生成】
生成対象:保存用・密閉瓶(吸湿フィルタ付)
効果:湿度制御/香気保持/長期保管安定

「この瓶があると助かるな。あとは、味がどれだけ持つか……実験だな」

カチリと蓋を閉じて、棚に並べた瞬間、また外の雨音が強くなる。

偶然か、タイミングか。

どっちでもいい。

今日もいい一日になりそうだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。

アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚… スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。 いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて… 気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。 愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。 生きていればいつかは幼馴染達とまた会える! 愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」 「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」 幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。 愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。 はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ! 食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。 侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。 「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」 気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。 いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。 料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!

書道が『神級』に昇格!?女神の失敗で異世界転移して竜皇女と商売してたら勇者!聖女!魔王!「次々と現れるので対応してたら世界を救ってました」

銀塊 メウ
ファンタジー
書道が大好き(強制)なごくごく普通の 一般高校生真田蒼字、しかし実際は家の 関係で、幽霊や妖怪を倒す陰陽師的な仕事 を裏でしていた。ある日のこと学校を 出たら目の前は薄暗い檻の中なんじゃ こりゃーと思っていると、女神(駄)が 現れ異世界に転移されていた。魔王を 倒してほしんですか?いえ違います。 失敗しちゃった。テヘ!ふざけんな! さっさと元の世界に帰せ‼ これは運悪く異世界に飛ばされた青年が 仲間のリル、レイチェルと楽しくほのぼの と商売をして暮らしているところで、 様々な事件に巻き込まれながらも、この 世界に来て手に入れたスキル『書道神級』 の力で無双し敵をバッタバッタと倒し 解決していく中で、魔王と勇者達の戦いに 巻き込まれ時にはカッコよく(モテる)、 時には面白く敵を倒して(笑える)いつの 間にか世界を救う話です。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

レベルアップは異世界がおすすめ!

まったりー
ファンタジー
レベルの上がらない世界にダンジョンが出現し、誰もが装備や技術を鍛えて攻略していました。 そんな中、異世界ではレベルが上がることを記憶で知っていた主人公は、手芸スキルと言う生産スキルで異世界に行ける手段を作り、自分たちだけレベルを上げてダンジョンに挑むお話です。

処理中です...