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第7章 おじさんと雨の日
第103話
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焙煎用の薪を割りながら、俺はぼんやり考えていた。
この天気が続く限り、外の畑はまともに使えない。ならば、今のうちに“雨でも使える空間”を徹底的に調整しておくのが正解だ。
雨天用の焙煎小屋は、俺がこの村に来て二年目に作った。最初は店の一角でやってたが、煙と熱気で店内がえらいことになった。それ以来、風抜けと湿気逃しを意識して、土壁と竹骨の屋根を使った専用の小屋を建てた。今じゃ俺の第二の主戦場だ。
「……よし、通気口の蓋、開けとくか」
室内の空気を巡らせるために設置した通気穴を、一枚ずつ開けていく。これを怠ると、熱気と煙で豆が渋くなる。乾かすどころか、湿気で蒸れて香りが死ぬからな。
「炭もこっちのが良さそうだな……」
今朝試した炭は、村南の広葉樹から取った〈グレーネの炭〉。これが驚くほど熱が均一で、しかも香りがまろやか。豆の香味を邪魔しない。昨日使った松炭はクセが強すぎて、どうにも合わなかった。
「万能生成、使用──炭型成器・広葉樹種【香抑制調整付き】」
スキル使用:【万能生成】
生成対象:広葉樹炭(香り抑制型)
効果:熱均一放出/残香抑制/煙量最小化
焙煎台の下に、ふっくらとした形の炭が並ぶ。見た目はいつもの黒炭だが、燃やすと温度が滑らかに上がる。煙も少なく、焙煎作業にはもってこい。
「さて、豆の乾燥法も試してみるか……」
目の前の天板に並べたのは、雨季前に仕入れたばかりの〈ミルカ豆〉と、発酵途中の〈ヤント豆〉。どちらも水分を多く含んでいて、乾燥には工夫が必要だ。
豆の下に敷いたのは、風通しの良い麻布。さらにその下に、木炭の粒を敷いてある。湿気を吸ってくれるし、ほんのりした温もりで内部までじんわり乾く。
そして何より大事なのが、屋根から垂らした“通気板”。雨で気圧が下がると空気の流れが滞るから、風を誘導する木板を傾けて配置している。これがあると無いとじゃ、豆の乾燥速度が段違いだ。
「このまま三時間……いや、四時間か?」
乾燥時間を見積もりながら、俺は棚の端に置いていた保存瓶の比較試験にも目を向けた。
ずらりと並ぶのは、素材も形状も異なる瓶たち。
・陶器瓶:中が暗く、香りが穏やかに変化する
・金属瓶(錫):外気を完全遮断、香りが閉じ込められる
・ガラス瓶(内黒塗り):視認性あり、香りはわずかに劣化
・複合瓶(陶×金属):万能生成で作った試作。香りと遮断性を両立
中に詰めたのは、先週焙煎した〈アールカ豆〉。どの瓶が風味を長持ちさせるか、試飲のタイミングをずらして比較する。これも地味だが、大事な仕事だ。
「今日は……陶器のやつを確認してみるか」
慎重に蓋を開け、スプーンでひと掬い。香りを嗅ぐ。
「おっ、柔らかい」
金属瓶の方が封じ込める力はあるが、陶器の微細な通気が“熟成”には向いている気がする。発酵系の豆とは相性がいい。やっぱり、保存ってのはただ封じ込めるだけじゃなくて、育てることでもある。
「抽出──中煎り、陶器瓶熟成、温度87度、湯量150ml、抽出時間1分45秒……」
カップに注いだ瞬間、焙煎小屋に豆の香りが広がる。
「……うん、やっぱり、こっちだな」
メモを取りながら、椅子に座り直す。足元には雨で少し湿った木床。火鉢にくべた炭が、時折パチッと弾ける音を立てる。
煙草を一本くわえ、指先で火をつける。
味と香りと、舌と鼻と手と耳。五感を全部使って、今の豆を味わう。
そこに、誰かが来ようが来まいが、関係ない。
来訪者は、たまに道が交わるだけの話。俺の時間が、誰かに奪われることはない。
雨は続いてる。だが、火も湯も、俺の手も止まらない。
「さて、次の瓶は……金属瓶の方だな」
この天気が続く限り、外の畑はまともに使えない。ならば、今のうちに“雨でも使える空間”を徹底的に調整しておくのが正解だ。
雨天用の焙煎小屋は、俺がこの村に来て二年目に作った。最初は店の一角でやってたが、煙と熱気で店内がえらいことになった。それ以来、風抜けと湿気逃しを意識して、土壁と竹骨の屋根を使った専用の小屋を建てた。今じゃ俺の第二の主戦場だ。
「……よし、通気口の蓋、開けとくか」
室内の空気を巡らせるために設置した通気穴を、一枚ずつ開けていく。これを怠ると、熱気と煙で豆が渋くなる。乾かすどころか、湿気で蒸れて香りが死ぬからな。
「炭もこっちのが良さそうだな……」
今朝試した炭は、村南の広葉樹から取った〈グレーネの炭〉。これが驚くほど熱が均一で、しかも香りがまろやか。豆の香味を邪魔しない。昨日使った松炭はクセが強すぎて、どうにも合わなかった。
「万能生成、使用──炭型成器・広葉樹種【香抑制調整付き】」
スキル使用:【万能生成】
生成対象:広葉樹炭(香り抑制型)
効果:熱均一放出/残香抑制/煙量最小化
焙煎台の下に、ふっくらとした形の炭が並ぶ。見た目はいつもの黒炭だが、燃やすと温度が滑らかに上がる。煙も少なく、焙煎作業にはもってこい。
「さて、豆の乾燥法も試してみるか……」
目の前の天板に並べたのは、雨季前に仕入れたばかりの〈ミルカ豆〉と、発酵途中の〈ヤント豆〉。どちらも水分を多く含んでいて、乾燥には工夫が必要だ。
豆の下に敷いたのは、風通しの良い麻布。さらにその下に、木炭の粒を敷いてある。湿気を吸ってくれるし、ほんのりした温もりで内部までじんわり乾く。
そして何より大事なのが、屋根から垂らした“通気板”。雨で気圧が下がると空気の流れが滞るから、風を誘導する木板を傾けて配置している。これがあると無いとじゃ、豆の乾燥速度が段違いだ。
「このまま三時間……いや、四時間か?」
乾燥時間を見積もりながら、俺は棚の端に置いていた保存瓶の比較試験にも目を向けた。
ずらりと並ぶのは、素材も形状も異なる瓶たち。
・陶器瓶:中が暗く、香りが穏やかに変化する
・金属瓶(錫):外気を完全遮断、香りが閉じ込められる
・ガラス瓶(内黒塗り):視認性あり、香りはわずかに劣化
・複合瓶(陶×金属):万能生成で作った試作。香りと遮断性を両立
中に詰めたのは、先週焙煎した〈アールカ豆〉。どの瓶が風味を長持ちさせるか、試飲のタイミングをずらして比較する。これも地味だが、大事な仕事だ。
「今日は……陶器のやつを確認してみるか」
慎重に蓋を開け、スプーンでひと掬い。香りを嗅ぐ。
「おっ、柔らかい」
金属瓶の方が封じ込める力はあるが、陶器の微細な通気が“熟成”には向いている気がする。発酵系の豆とは相性がいい。やっぱり、保存ってのはただ封じ込めるだけじゃなくて、育てることでもある。
「抽出──中煎り、陶器瓶熟成、温度87度、湯量150ml、抽出時間1分45秒……」
カップに注いだ瞬間、焙煎小屋に豆の香りが広がる。
「……うん、やっぱり、こっちだな」
メモを取りながら、椅子に座り直す。足元には雨で少し湿った木床。火鉢にくべた炭が、時折パチッと弾ける音を立てる。
煙草を一本くわえ、指先で火をつける。
味と香りと、舌と鼻と手と耳。五感を全部使って、今の豆を味わう。
そこに、誰かが来ようが来まいが、関係ない。
来訪者は、たまに道が交わるだけの話。俺の時間が、誰かに奪われることはない。
雨は続いてる。だが、火も湯も、俺の手も止まらない。
「さて、次の瓶は……金属瓶の方だな」
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