独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第7章 おじさんと雨の日

第104話

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豆が弾ける音がした。

焙煎器の中で跳ねるその音に、ふと耳が止まった。ポン、ポン……と、不規則に響く中に妙な違和感がある。いや、違和感というより──妙に合っている。

「……ん?」

雨だ。

屋根を叩く雨音と、豆の爆ぜる音。それが、かすかに重なっていた。金属を打つ音、木を叩く音、濡れた葉の上を流れる音。外から届く無数の水音と、俺の焙煎器から上がる音とが、交互に混ざりあって、一定のリズムを刻んでいる。

耳が勝手に、音を拾い始める。

高音と中音。乾いた響きと、濡れた叩き音。

「……これは、もしかして──」

俺は焙煎器の火を、ほんのわずかに調整した。温度が変わると、豆の爆ぜる音も変化する。だが、それは気温や水分量だけじゃない。

雨の音と、どう絡むか。

「……音で、焙煎の状態を聴き分ける……ってのは、ありかもしれねぇな」

たしかに、普段は視覚と嗅覚で豆の焼け具合を測ってる。色と香り、煙の立ち方で判断するのが基本だ。

でも、音が混じることで、もう一段上の“タイミング”が見えてきた。

雨と豆のハーモニー。

おかしな話だが、この組み合わせだからこそ分かる、焼きの“深み”がある。

「こりゃ、いっそ専用ブレンド作るか……」

決まった。

雨用の、耳で焼く深煎りブレンド。

名付けて──『アメモリ・ロースト』

湿気に負けない苦味。重さがありながら、後味に渋さが残らない仕上げ。焚き火よりも落ち着いていて、布団よりも重くない。そんなバランスを狙う。

まずは豆の選定だ。

「主軸はミルカ豆……これがベース」

この豆は水分を多く含むが、焙煎で芯まで火を通すと甘みが引き立つ。深煎り向けだ。

「次に香り……湿気でも飛ばねぇ奴がいい。クロノ果皮、少量ブレンド」

クロノは乾燥させると樹脂系の香りが出る。あれが鼻に残ると、煙草と合わせても負けない。さらに……

「隠しに、メルナ葉の粉末。これで余韻に、ひとつ溜めを作る」

これは熟成葉を細かく砕いたもので、加熱すると深い土の香りが広がる。人を選ぶが、雨の空気には合う。

配合を決め、豆を焙煎器へ。温度は高め、だが一気に焼かない。

低音から立ち上げて、雨の音と重なる瞬間──豆が跳ねるタイミングで、火を落とす。

「……今だ」

焙煎器の蓋を閉じる直前、雨音と同じリズムで最後のポップ音が鳴った。

──耳で焼いた。

豆を冷ます間も、耳が冴えている。まるで音に味があるみてぇだ。

抽出は中細挽き。湯温は88度。量は一杯分ぴったり。

カップに注ぐと、重厚な香りが室内を満たす。

「アメモリ・ロースト──初回テスト」

一口飲む。

舌に残る苦味。喉を通るあたりで、ほんの一瞬の香りの爆発。鼻に抜けた後、ふたたび戻ってくる土の匂い。

「ああ、これは……」

コートを羽織ったままの来客が入ってきて、これを出したら、何も言わずに黙って飲むだろうな。何かを語る必要もない。そういうコーヒーになった。

焙煎の音を聴きながら焼いた、雨の日の一杯。

火を消し、椅子に腰を下ろす。タバコに火をつける。

煙と混ざる『アメモリ・ロースト』の後味が、胃の奥で小さく弾けた。

「……面白ぇもんだな」

これでまた、雨の日が少しだけ、楽しみになった。
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