独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第6章 おじさんと本の虫

第100話

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「──これで、全部です」

ユスティナが言葉を置いたとき、指先は古文書の最終頁の端にそっと触れていた。目を伏せる仕草が、どこか名残惜しさを帯びているのがわかる。

「最後の節、意味取れたか?」

湯気の立つカップを手に、俺は横目で問うた。

「……ええ、多分。最初は、“詞の眠り”が物理的な現象かと思っていたんですけど……違う。“記憶に留めず、感じたまま通過させる”という意図の表現かと」

「ほう」

「つまり……記録しないことに意味がある詩。読んで、忘れる。その行為自体が、魔術的な儀式」

「そっちに解釈が行き着いたか。鋭いな」

わざと淡々と呟いて、俺は口元をカップで隠した。あの節、途中でつまずきそうになっていたのは見ていたが、俺は何も言わなかった。いや──正確には、別の節を指すように見せかけて、その先にあるヒントだけをさらっと置いてやった。

あくまで、本人が自力で辿り着いたように。

「……長かったけど、読み終えられて、良かった」

珍しく彼女の口調に、わずかな感情が乗った。言葉の端が、すこしだけほころぶ。

「お疲れさん」

俺はそう言って、灰皿にタバコをもみ消す。

「この村の仕事も、今日までなんです」

「ああ。司書の派遣ってのは期間限定だって聞いてた」

ユスティナはコートの裾を整えながら、鞄に古文書をしまった。目元が少し寂しそうに見えるが、それを言葉にするような真似はしない。こいつにとって、それは必要のない感情の共有なんだろう。

「また、来ていいですか?」

「いつでもどうぞ」

俺は席を示して、何気なく答えた。

「お前の席、誰も座っちゃいねえ」

その一言で、ユスティナの頬がほんのわずか、紅潮したのが見えた気がした。



見送りはしない。俺のスタイルだ。

だが、扉を開けて出て行くとき、彼女は一度だけ振り返った。そして、小さな包みを、棚の上にそっと置いた。

「……お店への、贈り物です。個人的な推薦図書。どうか、珈琲とともに」

「受け取っておく」

それきり、ユスティナは足音も立てずに去っていった。



ひとしきり片付けが終わったあと、俺は残された包みを開けた。中には革装丁の分厚い本が一冊──『錬金詩文選集・第四巻』。読み手の解釈によって内容が変化する、“揺らぐ書”とも呼ばれるものだ。

「ほう……また、めんどくせえもん選んだな」

俺は苦笑しながら、カップを新たに満たし直した。

今日の一杯は、やや明るめの焙煎に、少量の〈花蜜豆〉を加えたブレンド。香りにやわらかな甘さを乗せて、読書向きに仕上げた。

煙草は、昨日試して悪くなかった〈グレントリム混合葉〉をもう一度巻いた。集中と解放を同時にくれる、妙にクセになる味。

コーヒーを一口、煙草を一吸い。

それから、本の一頁を、指先でめくった。

「……ふむ」

文章の構成は、昨日までの古文書とまったく異なる。言葉遊びに近い比喩が並び、形式が詩とも散文ともつかない。

「読み手の認識で内容が変わる……か」

つまり、“読む”のではなく“読まされる”書物。お前はどう読む?と試されてる気分だ。面白え。

煙をくゆらせ、杯を傾けながら、俺はしばらくその本に没頭した。
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