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第6章 おじさんと本の虫
第99話
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昼過ぎ。
ページを読み進めたユスティナが、ふと手を止めて小さく首を傾げた。
「この節、難解です。“禁じられたインクと、眠る頁は重ねられる”」
「ほう。墨の配合に関する記述ってことか?」
「その可能性もありますが……“眠る頁”というのが、比喩なのか物理的なものか、解釈が分かれます」
「眠る頁ってのは、空白のことかもな。記述があるようで見えねえページ……」
「……なるほど。つまり、インクが存在していても、目には見えない」
「そう。そういう手法なら、確かに“重ねる”という表現にも納得がいく」
ユスティナは、わずかに目を見開いた。
「それです」
「……って、俺の仮説だぞ?」
「でも、可能性は高いです。関連する資料に、“水銀由来の透明染料”を使用した記述があって……たしか、それも、重ね書きによる記憶封入を意図していたはず」
「へぇ……」
面白いな。
煙を吐きながら、俺は卓の隅にあった古びた帳面を取り出した。生成スキルを使って、自作の古紙に記述を試すための素材だ。
「試してみるか?」
「……えっ?」
「再現。お前が知ってる構文とインク、使ってみりゃいい」
ユスティナは、しばし沈黙したあと、うっすらと頷いた。
「……はい。やってみたいです」
◇
カップが空になるころには、ユスティナの手元には自作のインクが並び、生成した透明紙と筆が用意されていた。俺は煙草を巻き直しながら、その手元を見守る。
すうっと走る筆跡。何も書かれていないように見える紙の上で、確かに何かが“記されて”いった。
「……見えねえな」
「ええ。でも、記録はされています」
紙をランプの火にかざすと、ほんのりと文字の輪郭が浮かび上がった。
「おお。こりゃ、ちょっとした錬金術だな」
「知識の封印と伝達。古文書に多用されていた手法の一つかもしれません」
「面白えな」
紙を手に取り、光に透かしながら、煙を一口吸った。
知識を読むためだけじゃなく、こうやって“体験する”のも悪くない。
こいつとなら、しばらく文献遊びが続けられそうだ。
「……明日も来るか?」
「もちろんです」
ユスティナは鞄を抱え、腰を上げる。
「次は、第六章からです」
「席は空けとく」
小さく会釈し、黒衣の女はまた無言で去っていった。
煙草の先に残る火種を見つめながら、俺は今日も、また静かな午後に沈んでいく。
ページを読み進めたユスティナが、ふと手を止めて小さく首を傾げた。
「この節、難解です。“禁じられたインクと、眠る頁は重ねられる”」
「ほう。墨の配合に関する記述ってことか?」
「その可能性もありますが……“眠る頁”というのが、比喩なのか物理的なものか、解釈が分かれます」
「眠る頁ってのは、空白のことかもな。記述があるようで見えねえページ……」
「……なるほど。つまり、インクが存在していても、目には見えない」
「そう。そういう手法なら、確かに“重ねる”という表現にも納得がいく」
ユスティナは、わずかに目を見開いた。
「それです」
「……って、俺の仮説だぞ?」
「でも、可能性は高いです。関連する資料に、“水銀由来の透明染料”を使用した記述があって……たしか、それも、重ね書きによる記憶封入を意図していたはず」
「へぇ……」
面白いな。
煙を吐きながら、俺は卓の隅にあった古びた帳面を取り出した。生成スキルを使って、自作の古紙に記述を試すための素材だ。
「試してみるか?」
「……えっ?」
「再現。お前が知ってる構文とインク、使ってみりゃいい」
ユスティナは、しばし沈黙したあと、うっすらと頷いた。
「……はい。やってみたいです」
◇
カップが空になるころには、ユスティナの手元には自作のインクが並び、生成した透明紙と筆が用意されていた。俺は煙草を巻き直しながら、その手元を見守る。
すうっと走る筆跡。何も書かれていないように見える紙の上で、確かに何かが“記されて”いった。
「……見えねえな」
「ええ。でも、記録はされています」
紙をランプの火にかざすと、ほんのりと文字の輪郭が浮かび上がった。
「おお。こりゃ、ちょっとした錬金術だな」
「知識の封印と伝達。古文書に多用されていた手法の一つかもしれません」
「面白えな」
紙を手に取り、光に透かしながら、煙を一口吸った。
知識を読むためだけじゃなく、こうやって“体験する”のも悪くない。
こいつとなら、しばらく文献遊びが続けられそうだ。
「……明日も来るか?」
「もちろんです」
ユスティナは鞄を抱え、腰を上げる。
「次は、第六章からです」
「席は空けとく」
小さく会釈し、黒衣の女はまた無言で去っていった。
煙草の先に残る火種を見つめながら、俺は今日も、また静かな午後に沈んでいく。
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