204 / 243
第16章 おじさんと旅芸人の少女
第205話
しおりを挟む
広場に足を踏み入れたとき、すでに食事会は始まっていた。
祭りとまではいかないが、村にしては珍しい規模の賑わい。
テーブルがいくつも並び、その上には山盛りの料理と酒瓶、果物が彩りよく並べられていた。
獣肉のローストや根菜の煮込み、パンにチーズ、簡易の焙煎酒まである。
空を見上げると、夕暮れの残光が淡く空を染め、ちょうど火を灯す頃合いだった。
焚き火が二カ所ほどに分けて組まれており、その明かりに照らされて、旅芸人の一座と村人たちが混じって談笑している。
遠目に見るだけでも、一座のメンバーと村の人間の見分けがほとんどつかないほど、空気が打ち解けていた。
「よぉ、来てくれたか」
旅芸人の父親が片手を上げて近づいてきた。
肩にワインの皮袋をぶら下げ、頬がほんのり赤い。
既に数杯は入っている様子だった。
「君が来てくれて、うちの連中も喜んでる」
「まあ、珈琲や煙草の世話になったってだけじゃなく……この村に馴染むには、君の店があったからだ、ってさ」
笑って、皮袋をこちらに差し出してくる。
俺はそれを断り、代わりに焙煎酒の小瓶を受け取った。
軽く一口だけ含んで、視線を広場に戻す。
子どもたちは焚き火の周りを走り回り、大人たちは手を叩いて笑っていた。
「こういうのは、悪くないだろう?」
父親が隣でつぶやいた。
俺は特に返さず、また酒を啜る。
喧噪の中に、ひときわ小さな気配があった。
焚き火の陰。
トレシーだった。
親や仲間たちのそばにいるが、どこか所在なさげに指を絡めていた。
目線は皆の輪の内側を見つめながら、その一歩外に立っている。
近づいていっても、彼女は驚かなかった。
「こんばんは……」
掠れた声で挨拶をし、すぐ目を逸らす。
「楽しいか?」
「……うん、たのしい、けど……」
トレシーは焚き火の揺らぎを見つめたまま、言葉を探すように唇を動かした。
「……やっぱり、わたし、あの店に……いたいな、って思って」
「ずっと、そこにいたいわけじゃないけど……でも、まだ、いたくて……」
「でも……」
言い淀んで、俯く。
彼女の視線の先には、一座の仲間たちがいる。
道化の男が即興の小芝居を始めていて、観客が次々に笑い声を上げていた。
「みんなと一緒にいるのも……わたし、きらいじゃないの」
「みんな、優しいし……わたしのこと、気にかけてくれてるし……」
「だけど、なんだろ……」
「音を出すってことが……たぶん、ひとりで静かな場所じゃないと、できない気がして……」
「わたしの音って……別に誰かに“見せる”ためじゃなくて……ただ、そこにいるための……」
焚き火の揺らぎに、彼女の言葉が飲み込まれていった。
俺は何も言わない。
ただ、煙草を取り出し、一本だけ火をつける。
灰を落としながら、彼女の吐息がまた揺れるのを待つ。
「……でも、だからって、みんなと離れたくないし……」
「わたし、やっぱり、わがままなんだな……」
「どっちも、ほしいなんて」
「贅沢、だよね……」
「……それで、なんか、苦しい」
誰かにわかってほしいような、でもわかってほしくないような、そんな声音だった。
俺は黙って、焚き火に煙を吹いた。
煙が空に溶けていく。
トレシーはその煙を目で追って、また静かに視線を落とす。
「……でも、今日は、みんなと過ごす」
「それで、いいって思う」
「……明日、でちゃうから」
そこまで言って、彼女は少しだけ笑った。
ほんのわずかにだけ、頬の力が抜けていた。
そんなとき、広場の中央で小太鼓が叩かれた。
音が一つ、また一つと重なっていく。
それが合図だった。
余興の始まりだ。
芸人のひとりが高く跳ねて、観客の前に躍り出る。
続けて別の若い男が笛を吹き、もう一人が即興の歌を放つ。
観客が拍手をし、子どもたちが歓声を上げる。
人々が輪になって、その真ん中で次々に芸が披露されていく。
滑稽な芝居。
軽業。
即興の掛け合い。
それを囲んで笑う村人たち。
時折、客の一人が引っ張り出され、輪の中で見よう見まねの踊りを披露させられる。
拍手と笑い声が、夜空に舞い上がる。
酒の香りと料理の匂いが混じって、広場を満たしていた。
俺は煙草をもう一本火をつけた。
祭りとまではいかないが、村にしては珍しい規模の賑わい。
テーブルがいくつも並び、その上には山盛りの料理と酒瓶、果物が彩りよく並べられていた。
獣肉のローストや根菜の煮込み、パンにチーズ、簡易の焙煎酒まである。
空を見上げると、夕暮れの残光が淡く空を染め、ちょうど火を灯す頃合いだった。
焚き火が二カ所ほどに分けて組まれており、その明かりに照らされて、旅芸人の一座と村人たちが混じって談笑している。
遠目に見るだけでも、一座のメンバーと村の人間の見分けがほとんどつかないほど、空気が打ち解けていた。
「よぉ、来てくれたか」
旅芸人の父親が片手を上げて近づいてきた。
肩にワインの皮袋をぶら下げ、頬がほんのり赤い。
既に数杯は入っている様子だった。
「君が来てくれて、うちの連中も喜んでる」
「まあ、珈琲や煙草の世話になったってだけじゃなく……この村に馴染むには、君の店があったからだ、ってさ」
笑って、皮袋をこちらに差し出してくる。
俺はそれを断り、代わりに焙煎酒の小瓶を受け取った。
軽く一口だけ含んで、視線を広場に戻す。
子どもたちは焚き火の周りを走り回り、大人たちは手を叩いて笑っていた。
「こういうのは、悪くないだろう?」
父親が隣でつぶやいた。
俺は特に返さず、また酒を啜る。
喧噪の中に、ひときわ小さな気配があった。
焚き火の陰。
トレシーだった。
親や仲間たちのそばにいるが、どこか所在なさげに指を絡めていた。
目線は皆の輪の内側を見つめながら、その一歩外に立っている。
近づいていっても、彼女は驚かなかった。
「こんばんは……」
掠れた声で挨拶をし、すぐ目を逸らす。
「楽しいか?」
「……うん、たのしい、けど……」
トレシーは焚き火の揺らぎを見つめたまま、言葉を探すように唇を動かした。
「……やっぱり、わたし、あの店に……いたいな、って思って」
「ずっと、そこにいたいわけじゃないけど……でも、まだ、いたくて……」
「でも……」
言い淀んで、俯く。
彼女の視線の先には、一座の仲間たちがいる。
道化の男が即興の小芝居を始めていて、観客が次々に笑い声を上げていた。
「みんなと一緒にいるのも……わたし、きらいじゃないの」
「みんな、優しいし……わたしのこと、気にかけてくれてるし……」
「だけど、なんだろ……」
「音を出すってことが……たぶん、ひとりで静かな場所じゃないと、できない気がして……」
「わたしの音って……別に誰かに“見せる”ためじゃなくて……ただ、そこにいるための……」
焚き火の揺らぎに、彼女の言葉が飲み込まれていった。
俺は何も言わない。
ただ、煙草を取り出し、一本だけ火をつける。
灰を落としながら、彼女の吐息がまた揺れるのを待つ。
「……でも、だからって、みんなと離れたくないし……」
「わたし、やっぱり、わがままなんだな……」
「どっちも、ほしいなんて」
「贅沢、だよね……」
「……それで、なんか、苦しい」
誰かにわかってほしいような、でもわかってほしくないような、そんな声音だった。
俺は黙って、焚き火に煙を吹いた。
煙が空に溶けていく。
トレシーはその煙を目で追って、また静かに視線を落とす。
「……でも、今日は、みんなと過ごす」
「それで、いいって思う」
「……明日、でちゃうから」
そこまで言って、彼女は少しだけ笑った。
ほんのわずかにだけ、頬の力が抜けていた。
そんなとき、広場の中央で小太鼓が叩かれた。
音が一つ、また一つと重なっていく。
それが合図だった。
余興の始まりだ。
芸人のひとりが高く跳ねて、観客の前に躍り出る。
続けて別の若い男が笛を吹き、もう一人が即興の歌を放つ。
観客が拍手をし、子どもたちが歓声を上げる。
人々が輪になって、その真ん中で次々に芸が披露されていく。
滑稽な芝居。
軽業。
即興の掛け合い。
それを囲んで笑う村人たち。
時折、客の一人が引っ張り出され、輪の中で見よう見まねの踊りを披露させられる。
拍手と笑い声が、夜空に舞い上がる。
酒の香りと料理の匂いが混じって、広場を満たしていた。
俺は煙草をもう一本火をつけた。
3
あなたにおすすめの小説
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
異世界転移魔方陣をネットオークションで買って行ってみたら、日本に帰れなくなった件。
蛇崩 通
ファンタジー
ネットオークションに、異世界転移魔方陣が出品されていた。
三千円で。
二枚入り。
手製のガイドブック『異世界の歩き方』付き。
ガイドブックには、異世界会話集も収録。
出品商品の説明文には、「魔力が充分にあれば、異世界に行けます」とあった。
おもしろそうなので、買ってみた。
使ってみた。
帰れなくなった。日本に。
魔力切れのようだ。
しかたがないので、異世界で魔法の勉強をすることにした。
それなのに……
気がついたら、魔王軍と戦うことに。
はたして、日本に無事戻れるのか?
<第1章の主な内容>
王立魔法学園南校で授業を受けていたら、クラスまるごと徴兵されてしまった。
魔王軍が、王都まで迫ったからだ。
同じクラスは、女生徒ばかり。
毒薔薇姫、毒蛇姫、サソリ姫など、毒はあるけど魔法はからっきしの美少女ばかり。
ベテラン騎士も兵士たちも、あっという間にアース・ドラゴンに喰われてしまった。
しかたがない。ぼくが戦うか。
<第2章の主な内容>
救援要請が来た。南城壁を守る氷姫から。彼女は、王立魔法学園北校が誇る三大魔法剣姫の一人。氷結魔法剣を持つ魔法姫騎士だ。
さっそく救援に行くと、氷姫たち守備隊は、アース・ドラゴンの大軍に包囲され、絶体絶命の窮地だった。
どう救出する?
<第3章の主な内容>
南城壁第十六砦の屋上では、三大魔法剣姫が、そろい踏みをしていた。氷結魔法剣の使い手、氷姫。火炎魔法剣の炎姫。それに、雷鳴魔法剣の雷姫だ。
そこへ、魔王の娘にして、王都侵攻魔王軍の総司令官、炎龍王女がやって来た。三名の女魔族を率いて。交渉のためだ。だが、炎龍王女の要求内容は、常軌を逸していた。
交渉は、すぐに決裂。三大魔法剣姫と魔王の娘との激しいバトルが勃発する。
驚異的な再生能力を誇る女魔族たちに、三大魔法剣姫は苦戦するが……
<第4章の主な内容>
リリーシア王女が、魔王軍に拉致された。
明日の夜明けまでに王女を奪還しなければ、王都平民区の十万人の命が失われる。
なぜなら、兵力の減少に苦しむ王国騎士団は、王都外壁の放棄と、内壁への撤退を主張していた。それを拒否し、外壁での徹底抗戦を主張していたのが、臨時副司令官のリリーシア王女だったからだ。
三大魔法剣姫とトッキロたちは、王女を救出するため、深夜、魔王軍の野営陣地に侵入するが……
幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕だけ別な場所に飛ばされた先は異世界の不思議な無人島だった。
アノマロカリス
ファンタジー
よくある話の異世界召喚…
スマホのネット小説や漫画が好きな少年、洲河 愽(すが だん)。
いつもの様に幼馴染達と学校帰りの公園でくっちゃべっていると地面に突然魔法陣が現れて…
気付くと愽は1人だけ見渡す限り草原の中に突っ立っていた。
愽は幼馴染達を探す為に周囲を捜索してみたが、一緒に飛ばされていた筈の幼馴染達は居なかった。
生きていればいつかは幼馴染達とまた会える!
愽は希望を持って、この不思議な無人島でサバイバル生活を始めるのだった。
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕の授かったスキルは役に立つものなのかな?」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は幼馴染達よりも強いジョブを手に入れて無双する!」
「幼馴染達と一緒に異世界召喚、だけど僕は魔王から力を授かり人類に対して牙を剥く‼︎」
幼馴染達と一緒に異世界召喚の第四弾。
愽は幼馴染達と離れた場所でサバイバル生活を送るというパラレルストーリー。
はたして愽は、無事に幼馴染達と再会を果たせるのだろうか?
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件
さかーん
ファンタジー
魔王様、世界征服より晩ご飯ですよ!
食品メーカー勤務の平凡な社会人・橘陽人(たちばな はると)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。剣も魔法もない陽人が頼れるのは唯一の特技――料理の腕だけ。
侵略の真っ最中だった魔王ゼファーとその部下たちに、試しに料理を振る舞ったところ、まさかの大絶賛。
「なにこれ美味い!」「もう戦争どころじゃない!」
気づけば魔王軍は侵略作戦を完全放棄。陽人の料理に夢中になり、次々と餌付けされてしまった。
いつの間にか『魔王専属料理人』として雇われてしまった陽人は、料理の腕一本で人間世界と魔族の架け橋となってしまう――。
料理と異世界が織りなす、ほのぼのグルメ・ファンタジー開幕!
兄貴のお嫁さんは異世界のセクシー・エルフ! 巨乳の兄嫁にひと目惚れ!!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
ファンタジー
夏休み前、友朗は祖父の屋敷の留守を預かっていた。
その屋敷に兄貴と共に兄嫁が現れた。シェリーと言う名の巨乳の美少女エルフだった。
友朗はシェリーにひと目惚れしたが、もちろん兄嫁だ。好きだと告白する事は出来ない。
兄貴とシェリーが仲良くしているのを見ると友朗は嫉妬心が芽生えた。
そして兄貴が事故に遭い、両足を骨折し入院してしまった。
当分の間、友朗はセクシー・エルフのシェリーとふたりっきりで暮らすことになった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる