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第18章 おじさんとじいさん
第225話
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夜、店を閉めて外に出ると、村の中心からにぎやかな音が響いていた。
祭の宴会だ。年に数度あるかないかの大騒ぎ。焚き火を囲み、樽酒を並べ、獣肉を焼き、歌をうたう。
俺がたどり着いたころには、すでに村の男たちが数人、酔い潰れて倒れていた。
そしてその中心、焚き火の真横にどっかりと座り、頬も赤らめずに杯を重ねているのが、件のじいさんだった。
「おお、レンジどの。いい月じゃのう」
「ずいぶん、賑やかだな」
「この村の酒も、なかなか悪くない。ぬる燗で旨味が立つ」
空の盃をくるりと回しながら、じいさんはまったくの平常運転だった。目はしっかり開いているし、言葉に濁りもない。
その隣で若者たちが赤ら顔で、ぐったりと倒れていく。
「おかしい……じいさんの盃、五つ目だぞ……」
「さっきから飲みっぱなしじゃないか……」
「なのに顔色一つ変わらない……」
そんな声があちこちで聞こえてきた。
誰かが「魔法じゃないか」とささやいたが、じいさんは笑って手を振った。
「違う違う。わしはただ、酔わん体質なだけじゃよ」
「ほんとうかよ……」
「酔う前に、酒の味のほうが脳に染みるんじゃ」
「それ……余計にすごくないですか……」
俺はそのやり取りを聞きながら、焚き火のそばに腰を下ろした。
「それだけ飲んで、よく喋れるな」
「喋りたくなるのじゃよ、歳を取ると」
「そういうもんか」
「まあ……誰かに聞いてほしくなる、というより、誰かの話を聞いてやりたくなる」
そう言って盃を満たし、近くに座っていた若者に向き直る。
「おぬし、さっきから浮かぬ顔をしておるな」
「え? いや、そんな……」
「女のことか?」
「……う」
「ほれみい」
じいさんはにやりと笑って酒を差し出し、そのまま話を聞き始めた。
どうやら、想い人に告白できず、相手はもう町に出てしまったらしい。
「間に合わなかったのではなく、動かなかったのじゃな」
「……はい」
「ならば次は動け。人の気持ちより先に、自分の足を前に出せば、後悔もせぬ」
「……なんか、沁みるなあ……」
そう言って若者は、また一杯飲んで倒れた。
それを皮切りに、次々と相談者が現れる。
「親父の跡を継ぐか、違う道に進むか……」
「好きな子が、別の男と歩いてるのを見てしまって……」
「羊が俺の言うこと聞かないんですけど……」
じいさんは、どれも顔をしかめることなく、むしろ楽しげに頷きながら聞いていた。
「継ぐべきか迷うときは、継がなくてもいい」
「目の前で見たものだけが真実とは限らぬぞ」
「羊はな、命令よりも歌を聞くとよい。鼻歌でも構わん。調子が合えば動く」
妙に含蓄があるのかないのか、絶妙な助言の数々に、村人たちは次第に感心しはじめた。
気づけば、焚き火の周囲は、じいさんを中心とした輪になっていた。
「……こりゃ、下手な神父より頼られてるな」
俺がそう言うと、隣で酒を舐めていた村長が笑った。
「酔わずに話せるってのが一番すごいんだよ。普通なら、この時間にはぐだぐだだ」
「俺が飲んだら三杯で終わりだ」
「わしも五杯で寝る」
じいさんはそんな話を聞いても顔色一つ変えず、淡々と杯を重ねていた。
その指先は震えず、目は涼しげに宙を見ていた。
「飲んでも、削れないものを持っておるのじゃろうな」
誰かがそう言ったとき、じいさんは静かに答えた。
「ただ、体質じゃよ。魔法で内臓を冷やしておるわけでも、解毒しておるわけでもない。ただ、昔から酔わんのじゃ」
「じゃあ、どれだけ飲んでも?」
「眠くなるだけでの。理性は落ちぬ」
「すげえ……」
酒豪という言葉では追いつかない。それがこの夜の結論だった。
翌朝、広場には倒れた男たちがあちこちに転がっていた。
じいさんだけが、焚き火のあとを掃除しながら、「よく燃えたのう」と呟いていた。
祭の宴会だ。年に数度あるかないかの大騒ぎ。焚き火を囲み、樽酒を並べ、獣肉を焼き、歌をうたう。
俺がたどり着いたころには、すでに村の男たちが数人、酔い潰れて倒れていた。
そしてその中心、焚き火の真横にどっかりと座り、頬も赤らめずに杯を重ねているのが、件のじいさんだった。
「おお、レンジどの。いい月じゃのう」
「ずいぶん、賑やかだな」
「この村の酒も、なかなか悪くない。ぬる燗で旨味が立つ」
空の盃をくるりと回しながら、じいさんはまったくの平常運転だった。目はしっかり開いているし、言葉に濁りもない。
その隣で若者たちが赤ら顔で、ぐったりと倒れていく。
「おかしい……じいさんの盃、五つ目だぞ……」
「さっきから飲みっぱなしじゃないか……」
「なのに顔色一つ変わらない……」
そんな声があちこちで聞こえてきた。
誰かが「魔法じゃないか」とささやいたが、じいさんは笑って手を振った。
「違う違う。わしはただ、酔わん体質なだけじゃよ」
「ほんとうかよ……」
「酔う前に、酒の味のほうが脳に染みるんじゃ」
「それ……余計にすごくないですか……」
俺はそのやり取りを聞きながら、焚き火のそばに腰を下ろした。
「それだけ飲んで、よく喋れるな」
「喋りたくなるのじゃよ、歳を取ると」
「そういうもんか」
「まあ……誰かに聞いてほしくなる、というより、誰かの話を聞いてやりたくなる」
そう言って盃を満たし、近くに座っていた若者に向き直る。
「おぬし、さっきから浮かぬ顔をしておるな」
「え? いや、そんな……」
「女のことか?」
「……う」
「ほれみい」
じいさんはにやりと笑って酒を差し出し、そのまま話を聞き始めた。
どうやら、想い人に告白できず、相手はもう町に出てしまったらしい。
「間に合わなかったのではなく、動かなかったのじゃな」
「……はい」
「ならば次は動け。人の気持ちより先に、自分の足を前に出せば、後悔もせぬ」
「……なんか、沁みるなあ……」
そう言って若者は、また一杯飲んで倒れた。
それを皮切りに、次々と相談者が現れる。
「親父の跡を継ぐか、違う道に進むか……」
「好きな子が、別の男と歩いてるのを見てしまって……」
「羊が俺の言うこと聞かないんですけど……」
じいさんは、どれも顔をしかめることなく、むしろ楽しげに頷きながら聞いていた。
「継ぐべきか迷うときは、継がなくてもいい」
「目の前で見たものだけが真実とは限らぬぞ」
「羊はな、命令よりも歌を聞くとよい。鼻歌でも構わん。調子が合えば動く」
妙に含蓄があるのかないのか、絶妙な助言の数々に、村人たちは次第に感心しはじめた。
気づけば、焚き火の周囲は、じいさんを中心とした輪になっていた。
「……こりゃ、下手な神父より頼られてるな」
俺がそう言うと、隣で酒を舐めていた村長が笑った。
「酔わずに話せるってのが一番すごいんだよ。普通なら、この時間にはぐだぐだだ」
「俺が飲んだら三杯で終わりだ」
「わしも五杯で寝る」
じいさんはそんな話を聞いても顔色一つ変えず、淡々と杯を重ねていた。
その指先は震えず、目は涼しげに宙を見ていた。
「飲んでも、削れないものを持っておるのじゃろうな」
誰かがそう言ったとき、じいさんは静かに答えた。
「ただ、体質じゃよ。魔法で内臓を冷やしておるわけでも、解毒しておるわけでもない。ただ、昔から酔わんのじゃ」
「じゃあ、どれだけ飲んでも?」
「眠くなるだけでの。理性は落ちぬ」
「すげえ……」
酒豪という言葉では追いつかない。それがこの夜の結論だった。
翌朝、広場には倒れた男たちがあちこちに転がっていた。
じいさんだけが、焚き火のあとを掃除しながら、「よく燃えたのう」と呟いていた。
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