独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第18章 おじさんとじいさん

第226話

昼下がり、焙煎を終えた俺が煙草に火をつけようとしていたときだった。

村の中央広場から、甲高い泣き声が響いた。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ……!」

聞き覚えのある子どもの声だ。慌てて覗いてみると、男の子がひとり、地面にへたり込んで泣きじゃくっていた。

その足元には、粉々に砕けた陶器の破片が広がっていた。

土の匂いがする。あれは──村の祭壇に置かれていた供物壺だ。

数十年前に焼かれたもので、村の春祭りや雨乞いのたびに使われる、いわば象徴のような存在。飾り気はないが、古い風合いと焼き締めの美しさがあった。

周囲の大人たちは一様に固まり、誰も何も言えずにいた。

そんな中、ローブの裾を引きずりながら、じいさんがのそのそと現れた。

「……割ったのか?」

泣いていた少年が顔を上げ、しゃくりあげながら頷いた。

「お、落ちそうだったから……支えようとしたら……!」

じいさんは壺の破片をちらりと見て、少年の頭をぽんと軽く叩いた。

「まあ、よい。割れるものは、割れるときに割れる」

それから、しゃがみ込んで、破片に向き直った。

両手は膝の上、杖すら使わず、ただ静かにこう言った。

「……割れる前の音を、思い出せ」

誰かに語りかけるような、あるいは、ものそのものに向けたような声だった。

空気が止まった。

音というにはあまりに小さく、かすかに風が揺れたような気配。

次の瞬間、地面に散らばった破片が、カタン、と音を立てて震えた。

続いてもうひとつ。さらにひとつ。

まるで無数の細い糸が空中に張られ、それに引かれるようにして、破片たちはひとつ、またひとつと宙を舞いはじめた。

目を疑うような静けさの中、壺の断片はゆっくりと空中で交わり、吸い寄せられるように組み合わされていく。

誰の手も加えず、力も加えず。

まるで“元に戻ろう”という意志を持っているかのように。

破片の繋ぎ目には、微かな光がにじみ、やがてその痕跡すら消えた。

一分も経たぬうちに、そこには、壊れる前と寸分違わぬ壺が、静かに地面に佇んでいた。

誰も、声を出せなかった。

ただ、呆然と見つめている。

じいさんは壺にそっと手を添え、軽く撫でた。

「……土にも、記憶はある」

それだけを言って、また少年の頭をぽんと叩いた。

「割ったことを、忘れるでないぞ。元に戻ったからとて、壊れなかったわけではない。壺が優しいだけじゃ」

少年は何も言えず、ただこくこくと頷いた。

その顔は、まだ涙で濡れていたが、どこか、決意に満ちていた。

俺は煙草を吸いながら、その光景を見ていた。

魔法だ。

だが、それは力づくの魔法じゃない。

時間を逆行させたわけでも、物質を変化させたわけでもない。

壺が壺であったという“記憶”をたどり、その縫い目を引き寄せるだけ。

それができるやつは、少ない。いや、普通はそんな発想すらない。

記憶は人に宿ると思われているが、このじいさんは、それが物にもあると知っている。

それが当然のように口をついて出てくるところに、年季の違いを感じる。

壺は静かに元の場所へ戻され、祭壇の上に置かれた。

村の人々は、その修復に魔法の痕跡がまったく残らないことを、ただ黙って受け入れた。

夕方、じいさんはふらりと店にやって来て、カウンターに腰を下ろした。

「さっきの壺、また祭に使えるじゃろう」

「ああ。元通りだ」

「記憶ってのは、なかなか便利じゃの」

「修復に使うやつは初めて見た」

「道具の記憶を辿るのは、魔法の中でも古いやり方じゃ。わしが教わったのは、森の奥の精霊たちからよ」

「信じるやつは少なそうだな」

「信じさせようとは思わん」

「それでいい」

じいさんはふっと笑い、煙草を一本取った。
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